第25話

 丁度演劇部の劇をやっている最中だった。こんなにレベルの高い演技の後に紙芝居をしても人が集まってくれるのか不安になってくる。


 でもここまで積み重ねてきたんだ、あとは出しきるだけ。余計な心配したってしょうがない。


「そろそろ始まるね」

「ああ」

「声、震えてるね」

「ごめん、怖くてしょうがないんだ……。でも始まるまでにはいつも通りの俺に戻るからあと少しだけ」

「わかった。私も東雲さんもみんなついてるから」


 みんながついてるからこそ無様なとこは見せられないんだよ。

 大丈夫だ。落ち着け。みんなが俺を信じて来てくれてんのに俺が信じれなくてどうすんだよ。


「少しは落ち着いた?」

「いつもの俺と違うかな?」

「ううん、違わない」


 丁度劇が終わり、俺達の番が訪れた。一世一代の大勝負、その幕開けだ。


「父さんが怖くて仕方なかったもんにケジメつけてくるよ」


 そんな言葉をそっと口にだしてみた。なんだか今も傍で俺のことを見てくれてるような気がしたから。


「皆さんこんにちは。二年の斗賀久遠と」

「同じく二年の鳴川凛祢です。今日はここで二人で紙芝居をさせてください」

「そしてどうか、最後まで見届けてください」


 壇上に上がり、始める前の挨拶を済ませた。不思議と始まる前のような緊張もなく、すらすらと自分の口から言葉が紡がれていく。


 人と同じように過ごしてきた僕には人には言えないような秘密があるんだ。


 そう、僕は所謂狼男、人狼と呼ばれる種族だった。だから小さいときから父さんには口を酸っぱくしていわれた。だれにも言うなって。


 あるとき、公園で泣いている女の子を見つけた。


「大丈夫? どうしたの?」

「あのね、傘がなくて帰れなくなっちゃって」

「じゃあこれあげる。これで帰れるでしょ?」


 女の子はそれでも納得がいかないのか僕にこう尋ねた。


「それじゃあなたが濡れちゃうよ」


 なんとなく僕はこの子なら信用できるような気がしたんだ。


「僕は狼に変われるから大丈夫。こんな風に濡れても身体を震わせればすぐに乾くんだ」


 だから僕の秘密を打ち明けた。言えたら途端に気持ちが軽くなった。本当はだれかに僕のことを知って欲しくて辛かったから。


 人とは違う僕を彼女は受け入れてくれたんだ。それが僕にとっての喜びだった。

  その子と仲良くなって毎日毎日一緒に遊んだ。僕の秘密を知っている家族以外の唯一の人間だった。


 でも永遠なんてありえないから。父さんの都合で僕達は離れ離れになった。

 彼女の気持ちも知らずに僕は彼女を傷付けた。


 それから大きくなって僕達は再会した。でも僕はずるくて酷いやつだから、すっかり彼女のことを忘れてたんだ。


 それなのに彼女はいつも僕に力を貸してくれた。僕の目的の為に一生懸命知恵を貸してくれた。

 あるときを境に僕は全てを思いだした。むかし、別れ際に約束してたんだ。


 僕の口から零れたある言葉が全ての始まりだった。


「本当の僕を認めてくれる人が増えたら嬉しいんだろうな」

「また会ったときはその夢二人で叶えようよ」

「絶対約束!」


 そんな約束をたしかに交わしていた。僕は忘れて彼女は覚えてた。僕のことも約束のことも。それから僕達に仲間が増えた。


  一緒に夢を追いかけてくれる仲間だ。いつしか僕だけの願いがみんなのものになっていた。


 一人じゃ叶わないような夢でもみんながいたからここまで来れた。

 気付けばそこにはみんなで手を取り合って笑う僕の描いた未来があった。


「最後を除いてこれは俺達の実話です。最後の頁を皆と飾りたくて俺は今日ここに立っています」

「あなた達の胸にこの気持ちが届くことを願っています」


 凛祢と共に深々とお辞儀をして紙芝居をしまう。

 予想通り俺達の発言が会場の人達の動揺を誘った。


「え、実話ってことは斗賀が人狼ってこと?」

「そういう演出だろ」

「演出じゃありません」


 次第にどよめきは増していき、生徒達の間でも混乱が起き始めた。

 でもここからが本題だから。話だけは続けさせてくれ。


「人狼って人を殺したり食べたりするんでしょ? やばくない」

「殺しも食べたりもしません。人との違いは身体的な違いだけです」

「じゃあ食べない証拠は? 人を傷付けない保証は?」

「そう言われてもしないものはしないので……」


 どう返しても人狼=悪役という先入観が邪魔してありもしない勘違いをされてしまう始末だ。


「証拠も何も襲う機会なんて今まで幾らでもあっただろうが! 斗賀は二年だぞ、つまり二年間も襲う機会があった。この二年で誰か死んだか? 失踪したか? してねぇだろ!」

「それはそうだけどさ……」

「鈴木、ありがとな」


 俺が反論するより先にこの場の生徒を敵に回すことも恐れずに俺の味方をしてくれた。


  それが嬉しくて頼もしくて仕方なくて、堪えてた涙も勝手に溢れてくるわで調子が狂っちまうな。


「兎に角、俺は斗賀の味方だ! ありもしないことで俺のダチを傷付けるな!」

「僕も彼に賛成だ」


 鈴木のおかげで会場のざわめきは一時的に減り、永田や他の生徒数名も鈴木に賛同してくれた。


  しかしそれだけで生徒達の不安が晴れるわけもなく、また暫くしてひそひそ話が聞こえてくるようになった。このくらいは覚悟してたけどやっぱ寂しいな。


「人狼ってあれだろ、前に不審者がどうとかの」

「あれが斗賀先輩ってこと?」

「違います」


 作り話と混同した偏見だけかと思えば、皆からしたらこっちの方が身近だったか。


「あの件は私怨でオレが久遠にしたことだ」

「そんなの言う必要ないだろ……」

「あんたが一人で戦ってるとこ見たらオレも加勢したくなったんだよ。自分だって全部赤裸々に話してるんだ、このくらいはいいだろ?」


 たしかに違うと一言言っただけでは続けざまに問い詰められるのは容易に想像できた。それでも響希の株を落とすような真似はして欲しくなかった。


  けど一つだけ勘違いしてたみたいだ。俺だけの夢を叶える為の戦いじゃないんだから何人たりとも響希を止める権利なんかありゃしない。


「僕からもいいかい? 僕は彼から勇気を貰った人のなり損ないだ。つまるところ僕も人狼なんだ。人狼にとって自分の正体が明かされることは死活問題とも言える。それなのに歳を重ねる毎にバレるのが恐くて仕方ないのに知って欲しくて堪らなくなっていった。そんな僕が人前でこんなことを言っているのは彼の言動が僕そのものを変えたからなんだ」


 話を中断させようかと悩んだが我慢することにした。やっぱり思ってた通り、東雲も恐かったんだ。


  それなのに急にこんな大多数の前で自己申告だなんて。

 馬鹿だなぁ本当に。どいつもこいつも俺だけを馬鹿にはさせてくれないんだな。


「わたし全然わかんないんだけど。なんですんなり受け入れられる人が居るの?」

「そうだそうだ!」


 一人の女子生徒が心底不思議な様子で呟くとすかさず賛同する声が上がる。

 どれだけ訴えかけても響かない人には響かないのかな。


「あなた達の心ない言葉に苛まれて誰よりも苦悩して、それでも彼は自分の意思でここに立ってるんです……。それを汲むこともせず、そんな言葉を言えるあなた達の方が人じゃない」


 今度は黒燕が立ち上がり声をだいにして反論した。そんなこと言ったら敵作っちゃうかもしれないのに皆どうしてそんなに優しいんだよ。なんでみんなこんなにも温かいんだよ。


「人は人と違うものを恐れる。でもそれは種としてしか見ていないから。内面を知って個として認識すれば恐くなんて思えない。

人を害することなんて人にもできるのに、人狼は人にとって悪役だなんてどうか思わないで」

「俺はさっきまで斗賀さんが人狼だなんて知らなかったけど、知った今も俺の中の斗賀さんは何も変わらない。それは彼女が言うように斗賀さんを個として見ているからなんでしょうね」


 伽々里の言葉に続くように先生までもが温かい言葉を俺に授けてくれる。


 前に伽々里に話したときも俺は俺だからどうあろうとも変わらない。

 そう言ってくれたことを思いだした。きっと二人は芯が強いんだ、だからぶれないでいてくれる。


  皆にばかり言わせてちゃダメだよな、そろそろケリをつけよう。


「もう時間もあまりないので最後に少しだけ」

「俺が人狼として生まれてきて唯一嫌だったことはみんなに隠しごとをして生きることでした。だれかに何かして欲しいことがある訳じゃなく、今の俺達の話を聞いてそれでも尚、前と同じように接して欲しい。ただそれだけが俺達の願いです。少しずつでもいい。今はまだ納得できなくて俺のことが恐くてもいいから、どうかまた昨日のように接してくれる日を待っています」


 最後の言葉を終え、礼をして壇上を降りると大勢の生徒が俺の元に駆け付けてくれた。


「斗賀っ! お前すげぇよ!」

「最初は驚いたりもしたけど最後なんかボロ泣きだったし!」

「斗賀くん凄くかっこよかったよ」

「斗賀久遠バンザイ!」

「斗賀久遠バンザイ!」


 一瞬何が起きてるのか分からなかった。生徒達に囲まれて胴上げされている今の状況を理解するとすぐに涙が溢れだした。溢れて溢れて止まらなくなった。子供みたいにせぐりあげて泣きじゃくった。


「久遠くん、私達の勝ちだよ」

「ああ、みたいだな……!」

「鳴川さんも凄かったよ!」

「いや私は何もしてないから。ひゃっ! ちょっ……スカート危ないから降ろして!」


 隣で凛祢の黄色い悲鳴が聞こえ、スカートがチラチラめくれかけているのを見てそっと目を離す。


「何格好つけてんだよ。そんなに泣き腫らしちゃう程嬉しい癖に」

「うっせ……その、皆、本当にありがとな」


 痛いところを突かれて気恥しくなりながらも、ちゃんと感謝は伝えなくてはと思い放った言葉が彼らの心に再び火をつけることとなった。


「よっしゃもう一回胴上げいくぞ!」

「うわっ! 東雲さんに響希も居るなら助けてくれ!」

「うんうん。楽しそうでいいね」

「楽しんどけよ。勝者の特権だぞ」


 二人に見放された俺と凛祢は皆の気が済むまで投げ続けられ、終わる頃にはくたびれていた。


「あ、東雲さん。目的は果たしたし、この前言おうとしてたこと聞かせてよ」


 乾いた喉を潤す為自販機を探して歩いていたところ、後ろからジュースを持って現れた東雲とそのまま少し立ち話をしていた。


「ああ。本当はね、途中まで遊び半分で君達をからかっていただけだったんだ。気付けばどこまでも夢に貪欲で、諦めが悪くて、それを叶えてしまうだけの力がある君達に僕の夢を重ねていた。だから照れくさいけど言わせて欲しい。君は僕のヒーローでかけがえのない親友だよ、斗賀久遠」


 普段素直じゃない分東雲の言葉がストレートに入ってきた。ヒーローだとか皆俺のこと買いかぶり過ぎなんだよ。

  俺一人じゃ何もできてなかったんだ、全部あんた達のおかげなんだぞって言い返してやりたくなる。


「親友ね、悪くないかもな。東雲さんにはずっと助けられてばっかだったけど最後に恩を返せたのなら良かった」

「最後なんて言うなよ。これからは仲間として、じゃなく友人としてまた皆で集まって遊ぼうか」

「約束な」


 一通り感謝を述べてまわっているとすっかり日は落ちて暗くなる中、一部灯りが灯っている。後夜祭のキャンプファイヤーが始まり、カップル達が燃え盛る日の中で手を取り合って踊りあう俺とは無縁の行事が始まる。


「一緒にフォークダンスを踊った男女は急接近するとかしないとか」

「えー本当かよ」


 なんてふざけあってる声が聞こえてくる。せっかくだし俺も誰か誘って踊ろうかな。


「あの、一緒に踊らない?」

「やろっか。俺も丁度相手探してたところだし」


 凛祢の手を取って見よう見まねで踊って見るもなかなかに難しい。

 それになんだかさっきの話を思い出すとどうしても凛祢のことを意識してしまう。


  こんな風にちゃんと手繋ぎあったのなんて何年ぶりだっけ。


 とりあえず話でも振って気を逸らさないと心臓の鼓動のはやさとか意識してんのがバレかねない。あれ、凛祢もはやくなってないか?


「今日色々あって大変だったな」

「そうだね。久遠くんすごく頑張ってたもんね? 私も何か壇上で言えたら良かったんだけど」

「そんなの気にしなくていい。凛祢が隣に居てくれたから頑張れたんだし」


 雑に振った話題も然る事乍ら、何恥ずかしいこと言ってんだよ俺は。

 これじゃ俺が凛祢のこと好きみたいじゃん。


「じゃ、じゃあさ……これからも隣にいてもいいかな?」


 それじゃ凛祢が俺のこと好きみたいじゃん。


「多分もう我慢とか無理だから言わせて。好きだ」

「わ、私も好き」


 お互い顔を見合わせると思わず吹き出した。きっと二人ともあのときから意識してたのかもしれない。ずっと意識して意識しないようにしてたんだ。


 今日、大きな夢が叶った。だからこれを境にまた一歩踏みだせるような気がしたんだ。


「そろそろ行こうか」

「うんっ」


 凛祢の手をとって駆け出した。


「おいおい急にどうしたんだよ久遠」

「いいから手、繋ぐぞ」

「しょうがねぇな! やってやるか!」


 紙芝居の最後の頁は俺達の描いた理想図だ。その理想を実現させて俺達の夢にピリオドを打つ。


「最後に皆で手取り合って思いっきり笑い合うんだ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

この想いが届くまで 朱珠 @syushu

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ