第13話 封筒

 営業は基本的に土日出勤のため平日が休みになる。毎週水曜と隔週木曜。そのため、水曜の午後に愛川と会えるよう森川にセッティングを頼んでおき、マンション近くの喫茶店で三人で会うことになった。念のため、野球帽をかぶりダテ眼鏡をかけ、テープの複製と免許証のコピーを封筒に入れて約束の場所に向かった。

 童顔で豊満な体つき。それが愛川を初めて見たときの印象だ。典型的なグラビアアイドルといったところか。口角を上げ笑顔を作っているが、視点が定まらず、丸橋から仕事をもらっていると言った私に対し警戒感をあらわにしている。丸橋の裏の顔を知っていると思った。

「お若いのにずいぶん立派なマンションにお住まいだそうで。丸橋さんと折半で購入したとはいえ、さぞお仕事お忙しいでしょう。お時間いただいて恐縮ですね」

少し探りを入れてみた。グラビアアイドルの中でも、有名どころはテレビのバラエティ番組で時々見て知っているが、愛川すみれなど名前も聞いたことがない。どうやってタワマンなんか手に入れたんだ、という言葉を言外ににおわせた質問だ。

「たまたま運よく宝くじが当たったものですから」

「へえ、それは羨ましい、是非ともあやかりたいものですね。ところで、聞くところによると、ローンで購入したそうで。なぜ現金一括じゃないんです?」

ローンの話は森川の推理だが、言葉につまり目を泳がせている愛川を見て図星だと思った。

「えーと、そのー、丸橋さんが税金対策でローンにしたほうがいいって言うものですから」

「税金対策なら、宝くじの当選証明があれば税務署に聞かれても問題ないはずですが」

「あっ、そうなんですか。知りませんでした」

「ふーん、丸橋さんほどの世事にたけた方が、そんなことも知らないとは思えないなあ」

愛川は何も言えず、コーヒーを飲んでやり過ごそうとした。

「まあ、誰でも人には言えない事情ってものがあるでしょうから。特に丸橋さんのようなをされてる方は」

愛川はもはや笑顔を作る余裕もなくしたようだ。少しばかりいじめてやって溜飲りゅういんを下げたわけだが、これ以上やって帰ると言い出されたら厄介だと思い、このへんで許してやった。

「すいませんね。立ち入った話までしちゃって。実は今日来たのは、これを丸橋さんに渡してもらうためなんですよ」

そう言って封筒を差し出した。

「なぜ直接お渡しにならないんですか?」

「丸橋さんに言われたんですよ。あなたに渡しておいてほしいって」

「そうですか」

愛川はそれ以上詮索せずに封筒を受け取った。


 それから三日後の夜、丸橋から自宅に電話が来た。

「あんなもの持ってきて何のつもりだ、元木君よ」

「何のつもりかおまえが一番よく知ってるだろ、悪党の丸橋君よ」

「知らんなあ。で、こいつで何がしたいわけ?」

「希少価値が高いからな、幾らくらいで売れるかと思ってよ」

「誰が買うんだ?」

「どこまでとぼけ通せるかな?タレ込んでもいいんだぜ。いざ裁判になれば証人もいるしな。」

「もしかしてその証人てのはこの免許証の持主か」

「当然。田口和夫とか書いてあったなあ」

「おれの記憶が確かなら、その男はもうホトケになってるはずだが」

「なに?」

「新聞も読まんのか?今朝の新聞に小さく出てたぞ。運転中カーブを曲がり切れず自爆したってな」

「てめえ、そこまでするか!警官ともあろうもんが、保身のためなら何でもするんか。誰にやらせた?ヤ印か?ええっ!」

「なにを人聞きの悪いことを。それより、よくもすみれをいじめてくれたな。

あれはプライドの高い女でな、相当怒ってたぞ。いずれ呉服屋の娘にも痛い目を見させてやるから覚悟しとけや」

なぜ凛のことを?私にべったり張り付いてる探偵でも雇ってるとしか思えない。

「それとな、この封筒、場合によっちゃあ恐喝未遂になるんだぜ」

「恐喝などした覚えはない」

「買い取るよう脅しただろう」

「いくらの価値があるか聞いただけだ」

「裁判になりゃそうは取ってもらえないぜ」

「ほおう、裁判なんかやってもいいのかよ。おまえの悪事が世間に広まるんだぞ」

「馬鹿が。声くらいコンピューターでいくらでも作れる世の中になってるってことも知らんのか。だから証拠としちゃあ極めて価値が低いんだよ。それとな、免許証のコピーだがよ、数日前に事故死したやつのもんを持ってきたことがバレたらまずいんじゃないか?死んだ田口和夫とかいうやつとおまえが結びついちまうだろう」

私は言葉を失った。やはり素人が刑事をゆするなど無謀だったのだ。

「とんだ墓穴堀りだったな。墓穴に落ちる前にテープとコピーを取り戻したほうがいいんじゃないか?欲しけりゃ返してやってもいいぞ。事前に電話してマンションに取りに来い。今回だけは幼馴染おさななじみのよしみで返してやってもいい」

そう言って丸橋は電話を切った。私はテープよりなにより凛のことが心配でならなかった。





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