第22話 裁判

 当然のことながら、私は丸橋を告訴した。しばらく仕事を休んでしまったため、

その埋め合わせに忙殺される毎日が続き、裁判を傍聴する暇はなかったが、経過は新聞やニュースで逐一チェックした。あれほどの悪事を働いた極悪人の丸橋が重罪を科せられることは容易に想像がついたが、裁判員裁判の結果は、驚くべきことに執行猶予付きのものだった。私は到底納得がいかず、新聞や雑誌を買いあさり、その理由を探した。どの媒体も、証拠不十分、情状酌量の余地ありと認めた裁判員の判断が量刑を軽くしたと書いている。一つの雑誌だけが、その不可解な判決の理由を推測した記事を載せていた。元検察官で今はテレビのコメンテーターなどを務める斎藤敬司という人物が推察するところによると、警視庁内でのコネを利用した丸橋が、弁護士を通じて裁判員がどこの誰であるかを特定し、多額の金銭で買収したとのことである。私はそんな闇取引が、道徳心の高い国民からなるこの日本という国で可能なのかといぶかったが、他の専門家も同様の推測を発表し、世間を騒がせた。

 私は代理人を通してすぐさま控訴した。だが、裁判員は変わったにもかかわらず、審理の結果は変わらない。またもや裁判員を特定し、金をばらまいたというのか。そんな不条理がまかり通ってよいものか。私は顔と名前を伏せ、テレビの報道番組に出演させてもらい、丸橋のおこなった悪行三昧あくぎょうざんまいを多少の誇張をまじえ公にした。特にパチンコ屋にサクラを紹介した件を強調し、裁判員に渡しているかもしれない金のみなもとを断とうと考えた。

 世論は丸橋に重罪をという風向きになり、今度こそはという期待を込めて、当該案件を最高裁まで持ち込んだ。それでも、執行猶予期間がわずかに延びただけにとどまり、実刑判決には至らなかった。

 私の復讐心は行き場を失い、宙をさまよった。せめて、どのくらい金をばらまき財産を失ったのかを知るべく、探偵の森川にタワーマンションを調べてもらった。すると、マンションには愛川の代わりにほかの中年男性が住んでおり、名義もその男性のものに変更されていることがわかった。裁判員にばらまいた可能性のある金がその売却益から出たものだと仮定すると、丸橋は少なくとも億の金を失ったことになる。加えて、警視庁を懲戒免職になったと報じられるに至って、私はわずかながら留飲りゅういんを下げた。


 最高裁での裁判が結審した数日後、丸橋から電話が来た。

「おい、元木のクソガキ、この程度でおれに勝ったと思うなよ」

「思ってるか、バカ。引き分けにもなってねえ。てめえを死刑台送りにして初めておれの勝ちだ」

「おまえのような阿呆にそんなことができるもんか。冗談は顔だけにしろ」

「顔だけならてめえのブタヅラのほうがよっぽど冗談ぽくて笑えるぜ」

「そうかよ。そんなこと言うとまた痛い目に遭わせるぞ。おまえのような間抜けは何度でも罠にはまるからな」

「そんな余裕があると思ってんのか。今回のインチキ裁判のことでマスコミがおまえをどこまでも追及するだろうよ。おまえはひたすら部屋にこもって嵐が過ぎるのを待つしかないんだぜ」

「ふん、だからおまえはバカだって言うんだ。今でもおれの指示で動く人間がどれだけいるかも知らずに、でけえ口をたたくんじゃねえ」

「いいだろう。やりたきゃやってみろよ。執行猶予中に罪を犯せば、今度こそ確実にブタ箱行きだ。ブタがブタ箱に入るなんざあ当然だがな」

 ののしり合うことにばかばかしさを感じ始めた私は、そこで一方的に通話を途切れさせた。それから最寄りの警察署へ行き、犯罪者の丸橋俊則から脅迫を受けた旨を伝え、丸橋の再逮捕と、私と凛の警護を依頼した。

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