第23話 恋愛観

 丸橋が実刑を免れたことにより、引き続き凛の警護役を務めざるを得なくなった。私は不安になった。徐々に凛の魅力にあらがう力を失ってゆくことに困惑していたのだ。これ以上親しくなると、こらえきれなくなる恐れがあると感じていた。あり得ないとは思うが、万が一結婚などということになったら、私はきっと凛を不幸にする。だから、凛には高嶺の花でい続けてもらわねばならない。なぜなら私は自由でいたいからだ。家庭に縛られるのは耐えられない。会社に束縛されるのも苦痛だったが、これは生きるための糧を得る手段だからやむを得ない。一日中上司の監視を受けずにすむ営業職を選んだのは、少しでも自由が欲しかったためである。それほど私にとって一人でいる自由は貴重だった。女を求めるのは性的欲求だと割り切っている。

 

 同伴出勤が再開された。いつものように甘味処の前で黒塗りの高級車に乗り込む。

「きのうの晩、牛丼作ったんですよ。家族みんなにおいしいって褒められました」

凛が早速話しかけてくる。

「どうせA5ランクの松坂牛でも使ったんでしょう」

私はあえて憎まれ口をたたいた。

「いいえ、スーパーでまとめ買いしたばら肉です。スマホでレシピを検索して作ったんです。あっ、それと元木さんのお母様に送っていただいた採れたての玉ねぎも入れたんですよ。とってもみずみずしくて甘いその玉ねぎのおかげで、お店のものよりおいしくできたほどなんです。お肉と玉ねぎまだ余ってますから、今度元木さんにもご馳走しますね。」

「遠慮しときますよ。最近贅肉がついてきたから肉類は控えようかと思いまして。それより、あのハンカチ返してもらえませんか。スペアが少ないんで、洗濯すると使えるのがなくなるんですよ」

心ならずも意地の悪いセリフが次々と口をついて出る。

「はい、これ。洗ってアイロンかけておきました」

凛がすかさずハンカチを差し出す。受け取ると、かすかに香水の香りが漂った。

「ったく余計なことを」

私はひとりごちた。とても上品ないい香りだったが言わなかった。

「えっ、何か言いました?」

「いえ、別に」

「それより、わたし元木さんのお母様にお礼のお手紙書いたんですけど、読んで頂けたかしら。玉ねぎのお礼と、いつも元木さんに守って頂いてることへのお礼、それと私自身を知って頂くためにいろいろ書いたんですよ。便せん7枚も送ってしまいましたから、かえってご迷惑だったでしょうか」

「凛さん自身のこと?何のため?」

「それは、その、将来のためというか、とにかく、わたしたち元木さんが眠っている間にいろいろお話して、とても仲良くなったんですよ」

「そうですか。でももう会う機会もないかと思いますよ。私たちは住む世界が違うんだから」

私は心を鬼にして冷たく言い放った。

「住む世界が違う?」

「凛さんは上流社会の人、われわれは中流。そういうことです」

凛は下を向いて寂しそうな顔をしたが、そうでも言わなければもう耐えられそうになかった。

 

 

 



















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