第24話 再会

 展示場に出社すると、すでに店長を除く社員たちが机に向かって仕事を始めていた。皆私を見て、うわべだけの簡単な慰労の言葉をかけてきたが、この展示場の唯一の良心である岩井美紀だけは、心底心配そうな表情で話しかけてくる。

「御代川さんから聞きました。体、大丈夫なんですか。元木さんの事務仕事、できる範囲で私がやっておきましたから、あまり無理しないでくださいね。」

前から思っていたが、よくできた思いやりのある娘だ。きっと結婚してもいい妻になって幸せになれるだろう。

 そこへ、この展示場の唯一の害悪であるハゲめがねの店長が、大きな欠伸あくびをかきながら入ってきた。

「あー、眠い。ゆうべは2ラウンドこなしちゃったからな。へへ、腰もちょっとだるいわ。おや、もっくん、おはよう。刑事に喧嘩を売ったんだって?よくも生きて帰ってこれたね。これからは喧嘩を売らずに家を売ってくれよ。先月もゼロだったんだからさ。社長のお情けで反省文を免除されたからって、今月はそうはいかないよ」

相変わらずいやみな奴だ。ヅラをひっぱがしてやろうかと思った。

 

 午後になって珍客が入店してきた。一人でも多く商談相手を確保しなければならない私が接客せざるを得ないため、しぶしぶ対応に出る。まだ10代と思しきその客は、丸めた頭に剃り込みを入れ、細く整えた眉と鼻ピアスをしており、全身黒ずくめのスウェット姿で玄関に立っている。

「おう、元木さんて営業マンいるかい」

私が事務所を出て接客に行くと、その若い男はくだけた口調で聞いてきた。

「私が元木ですが、どなたかのご紹介でしょうか」

「まあね。あんたが元木さんならちょうどいい。おれの兄貴が新しく家を建てるんで見積り頼むよ。3LDKくらいでいいそうだ」

「急にお見積りと言われましても、まずはどの程度のものが建つか、土地を拝見してみないことには」

「あっそ、じゃあ案内するから車出してよ」

「かしこまりました」

若造のくせに生意気な口調で言われ気分は良くないが、契約までは早いかもしれないと思い、資料をかばんに詰め込みいそいそと出かけて行った。

 

 若い男は自分を大黒と名のった。歳をきくとまだ18だという。大黒に指示されるまま営業車を走らせると、市内中心部のオフィスビルが並んでいる通りを進んでいることに気づいた。

「ここで止めてくれ」

そう言われて車を止めたが、周辺に家を建てるような空き地はない。

「土地は?」

「ああ、そんなの後回しだ。とりあえず兄貴に会ってくれよ。商談相手に挨拶もなしじゃ話は進まんでしょう」

「まあ、それはごもっともですが、お仕事中なのでは?」

「休憩中だよ。このビルの二階にいるから、階段上がってよ」

車を降りてビルの入り口に立つと、階段脇のネームプレートには『関東商会皆川連合事務所』と書いてある。いやな予感がした。逃げるが賢明だと思い営業車を見ると、いつの間にかパンチパーマの中年男が運転席に座り、車を動かし始めていた。

「おたくの車、駐車場に止めとくから大丈夫だ。さあ、中に入んなよ」

大黒は私の背中を押して、力ずくで階段を上がらせようとする。後ろから押され前のめりに倒れそうになったため、やむをえず階段を上がる羽目になった。そのまま押され続け、開いているドアの内側に押し込められた。果たしてそこには丸橋俊則の姿があった。

「よお、元木大先生。その節はよくも俺を裁判なんかにかけてさらし者にしてくれたな。おまえのせいで仕事も女もマンションも失った。この礼はいずれさせてもらうからな」

丸橋がソファにふんぞり返って、不敵な笑みを浮かべて話しかけてくる。

「自業自得だろうが。それより、再就職先が極道の事務所とはいかにもおまえらしい。やっぱり警察官時代から繋がってったってことらしいな」

場所が場所だけに、私はいつもの毒舌をこらえ、できるだけ言葉を選んで切り返した。

「元木さんとやら、おれはこの事務所の若頭で伊佐山っつう者だ。以後お付き合いの程よろしゅう頼むわ」

上下白のスーツで固め首に金のネックレスを光らせた、いかにも筋ものという出で立ちの男が、丸橋の隣でタバコの煙を吐きながら私に挨拶した。

「丸橋を入れたのは、やつが警官時代にあんたのところに恩を売ってたからですか。捜査情報をリークするとか。それとも今後も引き続き警察との癒着を保ちたいからですか」

言ってから、余計なことを言ってしまったと後悔した。

「おい、元木さんよ、ふざけた口きくと痛い目に遭うぜ」

大黒がいきなり私の襟元をつかみ、拳を振り上げる。とっさにかばんで顔をガードしたが、大黒のこぶしはがら空きのみぞおちにめり込んでいた。鞄を取り落とし、その場にうずくまる。

「おい、政、やめとけ。ここで騒動があったらまずいだろう。執行猶予中の人間がいるんだ。少しは状況を考えろ、バカ野郎」

伊佐山が大黒をたしなめる。

「まさか、一発くらいで警察に訴えたりしねえよな、元木さんよ。いとしい御代川みよかわちゃんのためにもここはこらえてくれや」

またしても丸橋にハメられた私は、殴られた腹を押さえ、からだをくの字に曲げて事務所を後にした。


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