第3話 修羅場

 丸橋からの電話で過去の思索は断たれた。

「なあ、元木よ、今度どっかで会わねえか」

「目的は」

「会ってから話す」

「ふん、会ってまた切り付けられちゃかなわんからな。ところで丸橋、あの日夜逃げしてからどこへ行った?どうせここの住所も知ってるんだろ、おまえも住んでる場所くらい言えよ。それともホームレスにでもなったか」

「言わせておけば、このクソが。まあいい、今は都内のタワーマンションだ。おまえのとこよりはるかに上等なマンションよ。それと、あれは夜逃げじゃねえ。ただの引っ越しだ」

「ものは言いようだ。まあいい、もう二度とかけてくるな。おまえの声を聞くだけで

気分が悪くなる」

 丸橋はあっさり電話を切った。


 顕子を寝取られてから3か月、そろそろ新しい彼女が欲しくなった。

 寝取ったバカは会社の後輩だ。宮本拓哉という、一見やさ男で服装や身だしなみに

金を惜しまず使う。同じ住宅展示場勤務であいつが新人の頃はいろいろと教えてやった。契約が取れないときは、客の所に同行して、一緒に頭を下げて契約を取ってやったりもした。まさに恩をあだで返しやがった。

 だが、私にも落ち度がなかったとは言えない。飽きっぽい性格を自覚していながら、つき合って一年もたたぬうちに抱かなくなった。あとで宮本を問い詰めたところ、その頃から顕子とつき合い出したらしい。合コンで知り合い、彼女のほうから積極的に迫ったという。もちろん私の女であるなどとはおくびにも出さなかったと。

 修羅場となった日は、私の出張予定が流れ、宮本がそれを知らずに女の所にしけこんでいた。小説や映画でおなじみの展開で、説明するのもアホくさいが、私は酔って女の体が欲しくなり、久しぶりに抱いてやるかと、合鍵で彼女の部屋に入った。女の喘ぎ声がするので寝室のドアをそっと開くと、案の定くっついて腰を振りあっている最中だった。私は、宮本の髪をむんずとつかんで女から引き離し、股間にしたたか蹴りを入れた。顕子が悶絶してうめいている宮本をいたわる姿を見てさらに血がのぼったが、暴力を重ねれば警察沙汰になる。理性がかろうじてこぶしを引かせた。

 代わりに、誕生日や何かの記念日に女に買ってやった宝飾品類を全部返してもらった。守銭奴の彼女は、高価なものを欲しがりながら、入れ物は百均で買った黒いプラスチック容器という徹底ぶりだ。机の引き出しから取り出しスーツのポケットに収める。合鍵を女に投げつると部屋を後にした。


 帰宅するとすっかり酔いは冷めていた。シャワーを浴びて、再びビールをあおる。

スマホにある新山顕子に関するものすべてを消し去っていると、思い出したくもない

思い出がいやでもフラッシュバックしてきて、ビールがさらに苦くなった。半ばやけくそ気味に検索サイトでマッチングアプリを表示し、とりあえず登録者数が一番多いサイトに登録する。無料で始めて、相手と会う時点での課金になるシステムのようだ。

 全て無料のサイトなど信用できないどころか危ないと思い、多少の出費は覚悟した。そのとき例の黒いプラスチック容器を思い出し、ベッドに放っておいたスーツのポケットから取り出した。開けてみると、私が買ってやったもののほかに、見覚えのない貴金属が少なからず混じっている。宮本にも貢がせたのだとすぐに察した。もしかすると、そのほかの男からの物もあるかもしれない。売り払えばマッチングアプリの軍資金くらいにはなるだろう。それにしても、きらきら光るだけの豆粒ほどの石ころが、そこまで女を魅了することが理解できなかった。


 翌朝出社すると、ハゲめがねの店長がさも嬉しげに話しかけてきた。

「おはよう、寝取られもっくん。てっきりショックで休むんかと思ったよ。拓ちゃんのほうは休みとるってっさ。そのうち異動願い出すんだろね」

 こいつは社内の醜聞が大好きで、あちこちに情報網をめぐらせ、いち早く入手する。さらには事実に尾ひれをつけて社内に広めること仕事よりも熱心な奴だ。若いやつらの間ではやってる髪型のヅラをかぶり、休日にはサーフィンとしゃれこむが、二年以上もやってて、まだボードに立つことすらままならないらしい。要するに女にモテたいがためのパフォーマンスにすぎないが、その甲斐あってか愛人を作り不倫をしている。相手は総務課所属の竹内万里子、二十四歳。店長の高橋とは二十近く離れている。背は高いが胸がぺったらの地黒顔の女で、高橋は臆面もなく展示場に連れてきて一緒に退社する。おかげで展示場の士気は常に低く、二十三ある県内の展示場で下から二~三番目というのがお決まりのポジションだ。それでも店長の座を下ろされないのは、個人成績において最低限のノルマをこなしているのと、口がうまく人たらしで、営業部長に気に入られているがためだ。結局この業界は舌先三寸がものをいう。

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