第4話 住宅営業
住宅業界は競争が激しい。もっとも激しくない業界などないが、特に激しい。なによりも高価な買い物だけに、あふれるほどの客が来るわけではない。自然、数少ない客を大手、中小、地元の大工などがあの手この手で奪い合う。二重価格なんて当たり前。さんざん商品アピールして高級品に見せ、定価に300万円上乗せして見積りを提示し、250万円引きの条件で契約を迫る。それでも色よい返事が得られずば、さらに30万円。もう一声と懇願され、財布を懐から取り出して、自腹を切るしかないかあ、とつぶやき、あと20万引く形で、めでたくご成約と相成る。
その見積り提示まで話を進めることさえ容易ではない。夜討ち朝駆けで客詣でし、押し売りにならないよう愛想笑いを振りまきながら、世間話のようにそれとなく話を進め、客によっては10回以上も訪問して、やっと金の話までたどり着く。
そうやって月に1棟でも契約できれば御の字で、ゼロを打てば、まるまる1か月何も仕事をしなかったとみなされて、全面談記録と、その一つ一つの面談について反省文を書かなければならない。仮に12か月ゼロを打ち続ければ、小説家にでもなれるかもしれない。ずる賢い店長の高橋などは、たまたま月に2棟契約しても、本社には一棟のみ報告し、もう一つは次月に回しゼロを回避する。
基本給は事務職と変わらず、それとは別に1棟の契約につき20から30万円の歩合がつく。当然、ボーナスにも契約棟数が反映される。ただし、無事着工にこぎつけた物件のみカウントされる。苦労して契約したはいいが、親戚や知り合いから茶々が入ったあげくご破算なんてこともままある。下手な営業ほど安月給で長時間労働を強いられ、センスのある営業は、ボーナスだけで年間一千万近くもらう。さらに、トップセールスまで行くと、年収4~5千万稼ぐらしい。それを夢見て入ってくる新人や中途採用も多いが、現実を知り、おのれの才の乏しさを悟って去ってゆく者が後を絶たない。離職率は最低でも日本の全産業界において五指に入るだろう。
愛想笑いができず、客の機嫌を取ったりほめそやしたりするのも嫌いな私は、当然売れない営業マンだ。しかし、客の中にはそういう媚びない営業のほうがかえって信用できると言い、かろうじて営業職を続けられるだけの数字は残せた。
それから三日後、一通の封書が自宅マンションに届いた。中には写真が数枚、それ以外は何も入っていない。写真には宮本拓哉と新山顕子が手をつないで歩いているものや、路上の片隅で抱き合っているもの、顕子のマンションから一緒に出てくるもの、などなど。一瞬ハゲめがねの仕業かと疑ったが、あいつにはこういうたぐいの陰湿さはない。それに、愛人の存在を本妻に密告されるという報復まで読めない男でもない。少し考えた。丸橋か。あいつしかいない。しつっこい野郎だ。携帯に番号が残っていたので電話した。
「元木だ、写真、おまえだな」
「何の写真かな」
「とぼけるなっ!」
「そうカッカするなよ。それにしても宮本君は実に素直ないいやつだな。まんまと操り人形になってくれたよ」
「どういいうことだ」
「俺のセッティングした合コンに来てくれてな。もちろん新山さんも招待した。不細工なサクラも何人か雇ってよ、二人がくっつくよう猿芝居をやらせたってわけだ。久々に楽しい余興が見れて酒がうまかったぜ」
「てめえ、許さねえ」
「またパパに泣きつくのか」
「おう、そうしてもいい。金の力でてめえをぶっ潰すのが一番手っ取り早いからな。
今から夜逃げの支度でもしとけ」
「やれるもんならやってみろっ。昔とは違うことを思い知らせてやるからな。そもそもおまえにも非があったみてえじゃねえか。新山ちゃん言ってたぞ、最近彼氏が冷たいってな」
「うっせー、クソったれが!火遊びもほどほどにしねえと大やけど・・・」
言い終わらぬうちに電話が切れた。
激高した私は、危うく携帯を床にたたきつけるところだった。
まんじりともしない夜を過ごした翌朝、ひとまず会社に電話を入れ、客のところに寄って午後から出社する旨を伝えた。それから、探偵への報酬に充てるため例の宝飾品を金に換え、携帯で調べた住所に向かった。荒川のすぐ向こうに東京をのぞむ雑居ビルの駐車場に車を止め、二階に上がり、探偵事務所のドアをたたいた。
名刺を差し出した男は、きっちりネクタイを締め、ベストを洒脱に着こなす中年紳士だ。ドラマなどでお決まりのやさぐれ探偵のにおいはみじんもない。仕事のできそうな探偵だ。
「深刻なようですな。目の下に隈ができてますよ。もっとも、深刻でない人は来ませんがね」
「昔の同級生を調べてもらいたい。これで調べられますか」
丸橋の本名と本籍地、卒業した小学校、それと現在都内のタワーマンション住まいであることを記したメモを渡した。
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