第6話 罠のにおい
携帯の音で目がさめた。訪問した客が留守で、帰りを待つ間仮眠をとるつもりが、ここのところの寝不足のせいか、車内ですっかり熟睡してしまったらしい。携帯電話は通話機能だけで事足りるので、スマホは持たない。ネット情報も、会社のパソコンから得れば十分という合理主義が私の信条だ。ボタンを押して携帯を耳に当てると、丸橋のだみ声が入ってきた。なんとも寝覚めが悪い。
「よう、元木。仕事さぼって居眠りか?」
眠気の残る私の声でわかったらしい。
「さぼってる暇なんかねえよ。それより、もうかけてくるなと言ったはずだが」
「おまえがそうさせたんだろうが。人のことコソコソと嗅ぎまわりやがって。雇うならもっとましな探偵雇えや。だが、まあいい。そんなことしなくても住所くらい教えてやる。メモしろ」
そういって、自宅マンションの住所をあっさり教えた。
「今度訪ねて来いよ。二人きりの同窓会といこうぜ」
「誰が行くかよ。お前の顔なんか見たくない」
そうは言ったものの、顕子の件で煮え湯を飲まされた恨みを晴らさずにはいられない。十分な情報を得てから敵地に乗り込むことにした。
調査を依頼してから一週間後、探偵事務所の稲森から連絡がきた。営業アシスタントの岩井に客のところに行くと言って探偵事務所を訪ねる。会うなり稲森が頭をかきながら言う。
「いやー、まいりましたよ。尾行のプロを尾行するなんて、思ってもみませんでしたから」
「どういうことです?」
「デカですよ、丸橋俊則は。所属は組織犯罪対策部、階級は巡査部長で、次の昇進試験に受かれば警部補だそうです。ノンキャリアとしてはかなりのスピード出世ですね」
まさか、と思った。あの悪意の塊のような丸橋が刑事だなんて。
「どうせ裏で悪事をはたらく悪徳警官か何かでしょう」
「いいえ、勤務態度はいたってまじめ、無遅刻無欠勤で、警視総監賞も二度もらってる模範警官ですよ」
「うそだ。情報源は?」
「丸橋の上司です。尾行してるつもりがいつの間にか尾行されてて、つかまって署まで連行されました。そこで上司とご対面、ご丁寧にお茶まで出されて。まあ、手間が省けたのはいいんですが、探偵の面目丸つぶれですよ」
「家族関係も調べてくれたんでしょうね」
「はい、戸籍をたどったところ、父親は他界、母親は他の男と再婚してますね。俊則は婚姻歴なし。それと弟が一人」
「弟はどんなヤツですか」
「高校を卒業してすぐ自衛隊に入ったみたいですが、一年足らずでやめて、今はプー太郎です」
こいつの存在もなんとなく気になる。
「ところで、丸橋の住まいはタワーマンションですよね。警察官の身分で、タワマンなんかに住めるんですか」
「タワマン?本人は官舎住まいだと言ってましたけど。部屋まで案内すると言われましたが、そこまで言われたら信じるしかないでしょう」
「官舎はこの住所ですか」
丸橋から聞いてメモした住所を見せる。
「いいえ、官舎は署の近くですから四ツ谷のはずです。そこに書いてある池袋じゃありませんね」
「じゃあ、この住所はいったい・・・ちょっとパソコン借りていいですか」
「どうぞ」
住宅営業で客を訪問するとき使っているため、慣れた手つきでグーグルの地図アプリを開き住所を入力する。表示された地図を拡大すると、
「このマンションに丸橋の関係者が住んでいるか調べてもらえますか」
「すいません。料金は結構ですから、この件はもう勘弁してください。相手が悪い」
私は調査書をもらい、探偵事務所を後にした。有能な探偵だと思ったが、見かけだおしだった。展示場に戻る道すがら、混乱する頭で必死に考えた。会いに来いと言って自宅以外の場所を指定する。罠ですよと言っているようなものだ。しかも相手は警察官。飛び道具は持ってるし、いざとなれば応援部隊が大勢援護に来る。悔しいがお手上げだ。しかし、何らかの形で一矢報いてやる、必ずな。
展示場に戻ると、岩井が笑顔で迎えた。いつもにこにこしている。この淀んだ職場に咲く一輪のヒマワリってとこか。すかさずコーヒーを淹れデスクまで持ってくる。私の好みの濃さを熟知しており、ミルクの量もちょうどいい。いい嫁さんになるだろう。彼氏はいないと言っているが、たぶん嘘だ。たしか24だったか。八つ下だが、今度デートにでも誘ってみるか、そんな想いが疲れた脳みそを幾分か癒した。御代川凛にはとても手が届かないが、この
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