第9話 再調査
月が変わって三日、探偵の稲森から電話が入った。今さら何の用かとぞんざいに出ると、別の探偵を紹介してくれるという。
「名刺を整理してましたらねえ、丸橋のことを詳しく調べられそうな探偵が見つかったものですから。よろしければご紹介しようかと」
「そうですか、それじゃあ一応お願いします」
たいして期待もせずメモの用意をする。稲森は探偵事務所の名前と住所を言って、そそくさと電話を切った。
翌日有給休暇をとって都内にあるパルフェ探偵事務所を訪ねると、事務員らしき女性に個室へ通された。出されたお茶を飲んで待っていると、背の高いショートカットが似合う三十前後の女が現れた。
「森川です。よろしく」
名刺には
「元木です。あなたが探偵さん?」
「そうですけど、おかしいですか?」
「いえ、てっきり男性が来られるものと思ってましたので」
「女だからって侮らないでください。これでも稲森さんより実績は上ですから。早速ですけど、調査対象のことは稲森さんからあらかた聞いています。ほかにお知りになりたいことは?」
「まずですね、丸橋俊則は公務員の身でありながら都内にタワーマンションの一室を持ってるらしいんですよ。給料のほとんどをローンに当てれば買えなくもないでしょうが、そこまでするでしょうか?もしそうだとしても、買っておいてそこに住まず、官舎暮らしを続けているというのが不審なんです。それと、稲森さんは模範警官だと言ってましたが、あいつのことを子供のころから知ってる私に言わせれば、必ず裏の顔があるとにらんでますから、その辺のところを調べていただけたらと思ってるんです」
「わかりました。まず初めに調査費用のことで恐縮ですが、相手が警察官となると、丸橋の署内で働く誰かを買収して探らせる必要がありますので、買収金額として30万ほど見てください。さいわい、わたしは警視庁の元婦人警官ですから、ツテはあります。そのほかにマンションの件を調べるとなると、諸経費込みでざっと20万円、こちらは成功報酬でかまいません。費用の面で異存なければ、あとで詳細な見積もりをお送りしますので、こちらにご記入願います。」
高くつくと思ったがやむを得ない。さし出された用紙に、住所、氏名、電話番号を記入して渡した。
仕事の話が済むと、森川はやや砕けた口調で世間話を始めた。
「ところで元木さん、住宅営業やってるんですって?」
「ええ、まあ、売れない営業マンですけど」
「でしょうね。あなたがお客さんに笑顔を振りまいているとこ想像できないもの。そんな仏頂面ばかりしてる営業マンじゃ、売れなくてもしかたないわ」
「余計なお世話ですよ。それにずけずけと言いたいことを。失礼でしょう。あなたのクライアントですよ、私は」
「ごめんなさ~い。でもあたし、思ったことを胸にしまっておくことができないタチなの」
「ふん、そんな貧相な胸だら収まり切れないんでしょうよ」
「あら、言うわね。この事務所にも何人か男がいるけど、そんなこと言われたの初めてよ。でも嫌いじゃないわ、そういうの。あたしどっちかっていうとMだから、ふふ。ねえ、これから食事でもどう?」
「おごってくれるなら付き合いますよ」
「いいわよ、あたし、ここの稼ぎ頭だから、寿司でもステーキでもおごってあげるわ」
女のくせに生意気だが、なんだか頼もしい気もしてきた。
御代川凛のように白百合のごとき清楚な女もいれば、この森川のようにトゲトゲの毒々しいバラのごとき女もいる。女という生き物がわからなくなった。
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