第14話 護衛

 丸橋に対して、すべきでないことをしたため、凛が危険にさらされるかもしれない。私は自分の愚かしさを呪った。警察に護衛を頼むか?いや、丸橋のことだ、またそれを逆手にとって私をさらなる窮地に追い込むにちがいない。奴も警察官だ。警護の警官を買収するくらいのことをやっても不思議ではない。そんな事態になったら最悪だ。

 こうなった以上は彼女に事情を打ち明け、できるだけ近くにいて守るしかない。私は御代川家に電話を入れ、凛が休みの日に例の甘味処で会いたい旨を告げた。

「もしかして、それってデートのお誘いですか」

凛の声は弾んでいるように聞こえた。だが、すぐに勘違いする私が都合よく受け取っただけだと自分に言い聞かせた。

「いえ、とんでもない。どうしても伝えなきゃならないことがあるんですが、凛さんのご家族に聞かれると余計な心配をされるから外でお話したいというだけです。お時間は取らせません。会って頂けますか」

「時間なんて充分ありますわ。ゆっくりお話しましょう」

「では今度の日曜、午後3時でいかかでしょう」

「結構です。楽しみにしてますよ」

楽しみ?前向きに取ってもいいのだろうか。いや、浮かれている場合ではない。私は、手帳に相手の名前と日時、場所を書き込んだ。


 約束の日時に甘味処へ行くと、すでに凛は来ていて、窓際の席に座り例のごとく背筋を伸ばして文庫本を読んでいた。私が仕事途中のためスーツ姿で来ることを知ってか、彼女も紺のフォーマルな服装で合わせてくれている。

「お待たせしてすいません」

「いえ、3時ぴったりですよ」

「何読んでるんですか」

「スタンダールの『赤と黒』です」

「へえ、恋愛小説がお好みですか」

「特別好きというわけではありませんが、今日はそういう気分なんです」

のん気なもんだ。今はそれどころの状況じゃないってのに。鈍感な私は心の中でつぶやいた。注文したコーヒーをひと口飲み本題に入る。

「実はある人物とトラブルになってまして、もしかすると凛さんも巻き込んでしまう恐れがあるものですから」

私は幼少時代からの丸橋との因縁を洗いざらい打ち明けた。

「そうですか。それなら元木さんが私を守ってください。仕事をしながらそんな面倒なことに対処しなければならない元木さんには気の毒ですが、元木さんには私を守る義務があります。」

「そうしたいところですが、どうやって守ればいいか・・・」

「毎日私を会社まで送迎してくれる車に同乗してもらえれば結構です。元木さんのお車は本社の駐車場に置いておき、私を本社に送り届けてから展示場に行けばよろしいかと思います」

「私は構いませんが、凛さんのご家族がどう思われるか、特にお父様は反対されるのでは?」

「父には黙っておきます。元木さんは毎朝この店の前で待っていてください。運転手に言って回り道をしてもらいます」

「はあ、でもそうなると、本社の連中があらぬ噂を立てるでしょう」

「別に気にしませんわ。私ももう23です。浮いた話の一つや二つ、あったっていいじゃありませんか。会社と家を往復する毎日で、少々退屈していたところですから」

 断ることができぬ依頼だった。やむなく承諾したが、困ったことになった。同伴出勤など夢のようなことだが、あまりに彼女に近づき過ぎてしまう。私のような出来損ないと彼女のようなご令嬢が、まちがって男女の関係にでもなったらどうするんだ。彼女のような存在は、私には荷が勝ちすぎていてあまりにバランスが悪すぎる。結局は破局して彼女の人生に汚点を残すことになってしまう。私もいい笑い者になる。たしかに憧れに似た感情は持ってはいるものの、あくまできれいな花を遠くから眺めていたいだけのことなのだ。もっとも、男女の関係など考えすぎだとは思う。だが、これからは、凛に接するにあたっては、より慎重にならなければなるまい。そして、丸橋とのことは早々にけりをつけて、何もかも元の状態に戻すことが肝要だ。

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