第19話 逮捕

 次の休日は、ここ最近寝不足が続いていたため、昼過ぎまで寝てしまった。ベッドから抜け出ると間もなく、玄関ドアを乱暴にたたく音が響く。やはり来たかと思った。ドアののぞき穴で確認した後、いったんワンルームの部屋に戻り、再び玄関に立って解錠した。案の定、丸橋と3人の私服刑事が現れる。20数年ぶりに見る丸橋は、服の上からもわかるほど贅肉がつき、もともと三白眼で印象の悪かった面相はいっそう醜悪になっていた。

「警視庁組織犯罪対策課、銃器薬物対策係の丸橋だ。元木雅也、禁止薬物所持の疑いで家宅捜査する」

警察手帳を見せてそう言うと、裁判所が発行したらしい捜査令状を両手に掲げ、にやりと笑った。

「ほお、貧乏かご屋もなかなか出世したもんだ。いつの間にか権力者の犬になって、旨いものをたらふく食ってるようだな。醜くぶくぶくと太りやがって」

「きさま、今からその尊大な態度を改めさせてやるから覚悟しとけ」

「そうかい。やれるもんならやってみろ、このブタ刑事め」

「ところで元木よ、部屋を調べる前に聞きたいんだが、あの女はおまえのさしがねか?おおかた探偵か何かだと思うが」

「どの女だ?」

「背の高いショートカットの女だ。金に困ってるからと言って俺をホテルに誘いやがった。もちろん断ったがな。おまえの使いである可能性くらい見通せない俺じゃない」

私は森川が失敗したことに対し、うすうす気づいていたものの、内心失望を禁じえなかった。

「そんな女は知らねえよ。それより捜査令状は本物か?あの程度の写真一枚で裁判所が発行するとは思えん。証拠を見せろ」

すると丸橋は、若い刑事に指示してスマートフォンを操作させた。その画面に映った令状の見本と、自分が持っている令状を並べ、本物であることを示した。

「昨今じゃ薬物事件が異常なまでに増えてな、国のお偉方も頭を抱えてるから、禁止薬物の事案は容赦なくつぶす方針なんだよ。少しは世の中のことを勉強したらどうだ、馬鹿めが」

 丸橋が軽く手を振ったのを合図に、刑事たちは私の許可も得ず、ずけずけと部屋に上がり込んできた。4人は手分けして机の引き出しやクローゼットの中身、台所にある調理器具などをかき回し、すべてのものを乱暴に扱ってあちこちに放り投げる。ものの10分もたたないうちに部屋の中はゴミ屋敷と化した。もちろん麻薬など出てくるはずはないから、部屋を荒らして嫌がらせをすれば帰るものだと思っていたが、そうはいかない。丸橋が部屋の隅にあるゴミ箱を蹴とばして中身を散乱させ、それらを調べ始めた。

「元木、この白い粉は何だ」

丸橋はビニール袋に入った白い粉を私の眼前に差し出して、叱責するがごとく問いつめた。

「てめえが事前に用意したヤクだろう。へたくそな演技はやめろ」

「すぐにわかるさ。おい、例の検査機を持ってこい」

丸橋が部下に指示する。検査機で本物かどうか調べるらしいが、結果はわかり切っている。私をハメるために持って来たのだから本物でなければ意味がない。

「覚醒剤だな。しかも500グラムもある。元木、証拠写真を撮るから持ってみろ」

「袋に俺の指紋をつけようってのか。死んでも触らねえよ」

「おい、押さえてろ」

部下が3人がかりで私の手足をつかみ、床に寝転ばせる。私は両手をきつく握り、

手のひらがビニール袋に触れないよう必死であらがった。しかし、3人の中の一番体格のいい力のありそうなやつが、強引に私の手を開かせる。そこに白い手袋をはめた丸橋がしゃがみ込み、ビニール袋を開いた私の手にのせ、それを握らせた。

「元木雅也、覚醒剤所持の容疑で逮捕する」

ついに私の手に手錠がかけられた。あとは凛に一縷の望みをかけて、それ以上の抵抗をせず、連行されるがままにパトカーに乗り込んだ。


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