第26話 魔の手
展示場に来た数日後の夜、凛が私の自宅に電話をよこした。
「御代川です。ちょっとお話したいことがあってお電話しました。今お時間よろしいですか」
親しい仲にもなんとやらで、いつもながら丁寧な物言いだ。
「ええ構いませんよ。あっ、その前に、先日はご契約ありがとうございました。いつも助けてもらってるのに、こちらからは何もしてあげられなくて申し訳なく思ってます」
「いいんです。わたし、見返りなんて求めてませんから。それで話を戻しますと、日曜日の昼間、吉村様という方が呉服店のほうへお見えになって、元木さんのお名前を出されたものですから、少し気になって、それでお電話しておこうと」
「吉村さん?」
「ええ。お店に入るなり私を指名して、和服の見立てをお願いされました。それで、いろいろお話してるうちに元木さんのお知り合いだということがわかったんです」
「その人、見た目はどんなでした?」
「そうですね、わりと太めのお体に、こう言っては失礼になりますが、少し怖い目をされていました」
「いわゆる三白眼というやつですか?」
「はい、そのようにお見受けしました」
丸橋だ。くそっ、あの野郎、凛に何しようってんだ。
「そいつはおそらく丸橋です。執行猶予中の身ですから、手荒な真似はしないと思いますが、今度来たら警察を呼んでください。それと私にも連絡を」
「はい、そうします。でもなぜあの人が私のところへ来たと思います?」
「わかりません。ですが、くれぐれも用心してください。できれば来ても会わないようにして下さい」
凛が私に連絡するタイミングを見計らったのか、翌日、早速丸橋が携帯に電話をかけてきた。出ればまた
「元木か、丸橋だ。おまえの女に会ってきた。なかなかの上玉じゃねえか」
「おれの女じゃねえよ」
「嘘をつくな」
「嘘じゃねえ」
「そんなら俺がもらってもいいんだな」
「好きにしろ。ただ彼女は面食いでな。おまえのようなブタにはなびかねえよ」
「なびかねえんなら、若い連中使って力づくでものにしてやろうじゃねえか。女なんてもんは一発やっちまえば簡単に飼いならせるんもんだ」
「やめとけ、下衆野郎。元プロボクサーのボディーガードが三人で守ってる。怪我するだけだ。それにおまえ、自分が執行猶予中だってこと忘れてねえか?」
「もちろん承知してる。それなら、こういうのはどうだ。俺とおまえで一対一の勝負をする。おまえが勝ったら金輪際おまえにも女にも一切かかわらねえ。その代わり俺が勝ったら女を一日だけおれの自由にできる。どうだ?」
「その手に乗るかよ。どうせインチキしておまえが勝つに決まってる。それに一対一と言いながら、陰にヤー公しのばせとくんだろ。おまえの汚い手に二度も三度も引っかかるほど馬鹿だと思うな」
「なんなら密室でじゃんけんしてもいいぜ」
「しつこいぞ。やらねえって言ったらやらねえ。ブタ箱に入りたくなかったら、これ以上付きまとうな」
「それにしてもいい女だな、御代川凛てのは。銀座の高級クラブでもちょっと見られねえくれえだぜ。無理だと言われると余計欲しくなる」
「彼女にてめえの小汚ねえ指一本でも触れたら殺すぞ」
「やっぱり惚れてるんじゃねえか」
「惚れてはいねえ。ただ美しいものを守りたいだけだ」
「ふん、きれいごと並べるんじゃねえ。どうせおまえも一発、いや百発、千発やりてえんだろ」
私はばかばかしくなって一方的に電話を切った。それにしても、一対一で勝てばこのいざこざにケリがつくという話は、考えてみる価値があるかもしれないと思いなおした。もちろん、丸橋のイカサマを見越して、その上を行く策略を思いつけばの話だが。勝って誓約書を二枚書かせ、一枚を手元に、もう一枚を警察に預けておけば、身の安全を確保できるだろう。
その夜、私の住むアパートでボヤ騒ぎがあった。さいわい、すぐに消し止めらて大事には至らなかったが、誰がやったかは明白だ。次ぐ日、私と大家が連れ立って警察署に出向き、丸橋の組のものがやったに違いないと訴えたが、忙しいのか、たかが
売れない営業マン、刑事に喧嘩を売る 深谷惣太郎 @pointmote
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