第22話

「タイムストッパー……」


 アイテムボックスで手に入れた、パブ曰く『レアアイテム』。希少価値が高く、有用性も申し分ない。そして売れば驚くほどの金額になる……という。


「うう……売りたいなぁ」


 クラーケンとドラゴたちを見詰め、もしも10秒止められるとするのならクラーケンの全長100メートルは行けるだろうかと考えた。


――余裕じゃないの!


 ガガガは海のドラゴンだ。その気になれば10秒で300メートルは行ける。だがそれは万全のコンディションの話。緊張で少し距離が前後するかもしれなかった。


 だがそれでも100メートル以下ということはありえない。


「勿体ないが……ここでトップをとっておけば……」


 正直、ビーとリンドウ……そして予測外のドラゴ。この三体がいる限り自分は優勝とは無関係だと思っていた。


 だがここでトップにつき、さらにこの先にあるとされるアイテムボックスでさらに当たりを引けば、非現実的な話ではなくなる。



――やるか? いや、やるしかない。



 クラーケンがこのまま連中を再起不能にさせたとしても、連中がクラーケンを攻略したとしても、ガガガにとっての解決にはなりえない。


 クラーケンが存在する限り、タイムストッパーを使わないという選択肢はないのだ。


――奴らがクラーケンを倒せるとは思えないじゃないの。

 クラーケンの猛攻は相変わらずドラゴとリンドウを苦しめていた。


「やるなら今だ! 今しかないじゃないの!」


 ストップウォッチ型のタイムストッパーを構え、ガガガはクラーケンの身体ギリギリまで近づいてゆく。


「くっそぉ! キリがねぇ上に進めねぇよって! おいドラゴ、あのグリフォン野郎にアイテムないのか聞けよ!」


「ええっ! なんで僕が!」


「いいから聞けって! こうしてる間にもフェンリル野郎に差をつけられてるかもしれねぇんだぞ!」


 ライドがドラゴを捲し立て、したがわねばならない状況を作り、それを分かっているドラゴは釈然としない様子ながら仕方なく、同じくクラーケンの攻撃を避け続けて進めないでいるリンドウに話し掛ける。


「リ、リンドウ! あの……、ア、アイテムとかその……ないんですか!」


「ハア!?」


 こんな状況でなに言ってるんだとばかりにリンドウが怒鳴り声のような返事をし、ドラゴは「ひぃ!」と怯えた。


「怒られちゃったよぅ!」


「使えねぇってな、もう!」


 ライドが悪びれる様子もないのに、ドラゴは涙目になる。


「俺はさっきのサンドウォームに全弾使っちまったよ! お前こそあんだろうが! アイテムボックス通ったろ!」

 リンドウの尤もな言葉に、思わずライドとドラゴは「……あ」と声を重ねた。



「そうだ! “ペガサスポッド”!」


 ライドがそれを取り出すとドラゴに渡す。


「お前が押せ!」


「え、ええ!? なんで!」


「いいから押せよ!」


「もう! ……どうか、クラーケンをやっつけられるアイテムでありますように……」


 ドラゴはクラーケンの猛攻の合間を縫って、祈るようにボタンを押した。



 ドラゴがアイテムのボタンを押す少し前、時の止まった世界でガガガはクラーケンの横を悠々と過ぎ去ってゆく。


 カウントが10秒を終える頃には350メートルを泳ぎ、自己新記録を更新した。


 再び時間が動き出した頃には、クラーケンとドラゴらは遠くにあり、胸を撫で下ろす。


「Θ地点からランキングボードがでないじゃないの……。ま、けどビーが仮にトップだったとしても現時点でボクは2位……。上出来じゃないの、もしかして狙えるかも。本当に」


 嬉々としながら独り言をつぶやきながらガガガは先を行った。



~中間集団・∞ゲート前~


 炎に包まれたカボッタが力尽きその場に倒れた。誰も居なくなったゲート前にズブロッカがのそのそと追いつく。

「ああああ~~~お馬さん死んだぁああ~~! そこまでするつもりじゃなかったのにぃい~~!」


 ズブロッカは背中にヴィヲンを乗せ、遅れて現れたものの使用用途の分からないフェニックスポッドを使ったことでパブとカボッタを殺してしまったと自分を責めた。



「ぶはっ!」


 唐突に息を吐き出す音にびくん、と反応したズブロッカはゆっくりとその音の元に振り向くと、たった今丸焦げになって死んだはずのカボッタが現れたのだ。


「わわ~ああ~~! オバケぇぇえ~~!!」


「誰がオバケだ! げほっ、げほっ……、全くヒドイ目にあったねぇ。スチームプリンタに助けられたよ。慌てて使ったにはして上出来だったねぇ」


 煙草を咥え火をつけながらカボッタは、冷や汗を垂らしながら安堵した。


「んん~~??」


「ノロマくんにはわかんなかったろ。フェニックスちゃんがこっちにきたときにスチームプリンタで俺っちのダミーを作っておいたのだ。良く燃えるように中身をぎゅうぎゅうにしたから使用回数全部使っちゃったけど……まぁ、生きてるだけで丸儲けってことで」


 そういって煙を吐き出しながら、別の方向を見て「ねぇ? パブっち」と呼びかけた。



「し、死ぬかと……思った」


 カボッタが呼びかけた先にはフェニックスの炎に呑まれたはずのパブが顔面蒼白で立ち尽くしていた。

 パブは、フェニックスが襲ってきた際、直撃するすれすれでトレードガンを使用したのだ。トレードガンは、自分より下位のプレイヤーと位置を入れ替えるアイテム。


 フェニックスが襲ってきた当時、ゲート側に近かったのはパブである。ということは、フェニックスが襲った時点ではパブよりもフェニックスが下位だったことになる。


 パブはほぼ反射的に撃ったようだったが、条件がそろっていたため直前で位置が入れ替わり、呑まれたように見えて九死に一生を得たのだった。



「よかったああ~~! わてのせいで死んだのかとぉぉお~~」


「なに……? 君がフェニックスを呼び寄せたのかい!」


 パブの目つきが変わりズブロッカに詰め寄った。


「おかげで死ぬところだったよ。きっちりツケは払ってもらっ……」


 言い終えない内にパブはズブロッカに潰された。


「うう~~ん、わてはぁあ~~スピードじゃぁあ~~勝てないからああ~~こうやってぇえプレイヤーをやっつけるしかないんだなぁあ~~! 戦闘はぁあ~~自信あるぅううからぁああ~~」


「おっと……これはこれはあぶないねぇ……」


 カボッタが苦笑いをして、ゲートに目をやるととある変化に気付いた。中央の数字が【3】から【1】に変わっていたのである。


「数が減っている……? ちょっと待て、ここを通ったのはガガガとフェニックス……2体だ。わかったぞ!」


 顔を上げたカボッタは、理解した。この数字が“ゲートを通過できる定員”だということに。

「そうと分かれば急がなきゃねぇ……!」


 ズブロッカよりも先にくぐらねば、とカボッタがゲートを目指そうとした時であった。



 強烈な白い閃光が周りを照らしたのだ。



「なっ……またかい!? 今度はなんだぁ!」


「うわああ~~! ヴィヲンがぁあ~~」



 光を放っているのはヴィヲンであった。横たわっているままのヴィヲンはから発せられる光……。それはフェニックスの時同様に、ヴィヲンの身体に現れたヒビから放出している。


「ま、まさか……このパターン……!」


 カボッタがなにかを悟り、無我夢中でゲートに向かう。


「もしも通過定員だとすれば、あのゲートの先に行けるのはあと一人! なにがなんでも先に俺っちが……!」


『ゴッデスカップ本選プレイヤーに名称の変更があります。ゴッデスカップ本選プレイヤーに名称の変更があります。スモゥルキマイラ種カーバンクル属ヴィヲン、改め……天馬種ペガサス属イオルス!』


 先ほども聞いたアナウンスに確信を得る余裕もないカボッタは、ゲートに鼻先がくぐろうとする瞬間、……通過したのは自分だと強く想ったその瞬間だった。


『ヴィー! 通過定員をオーバーしました。貴方はこれより先を通過する資格はありません』

 カボッタは「は?」と呟くと、反射的にゲート中央の数字に目をやるとほんの一瞬ではあるがそれが確認できた。



【0】



「な、なんだとォオオオオ!」


 カボッタが叫んだのと同時に、ゲートから岩が落下し道が塞がれた。カボッタはそれを唖然と眺めながら、我に返ると絶叫する。


「クッソォオオオオオオオッッッ!!」


「うう~~ん……よくわかんねぇけどぉおお~~~ヴィヲン、がんばれぇええ~~」



 絶叫しながらその場に立ち尽くすカボッタと、普段と変わらないマイペースさで眺めるズブロッカ。そのズブロッカに潰され失神するパブであった。


~赤・ビーvsフェニックス~



 フェニックスはこれまでのレースで無類の強さを誇るものの、その強みは飛行スピードではない。乱暴とも言い換えても良いほどに安定しない飛行スタイルだ。


 傍から見ればふらふらと蛇行しながら飛んでいるように見えるが、実際の現場ではその蛇行している様が脅威なのだ。


 普通ならばそのようなら蛇行した飛行をする場合、スピードが伴わないことが多い。それに、コーナーや障害などがあった場合、瞬時に対応できないのだ。


 フェニックスの強さはそこにあった。


 スピードが乗っていてふらふらとしているようなのに、コントロールは正確。そして、全身を纏う業火。キメラの中でも最強クラスの火力を持つフェニックスは、それを放出したりすることは出来ない代わりに、身体中を纏ってるため触れるだけで他のプレイヤーはダメージを受ける。


 フェニックスが何故最強といわれているのか、お分かり頂けただろうか。さらにフェニックスが苦手としているのは、ドラゴのような直線に無類の強さを発揮するタイプである。唯一このタイプには圧し敗けることあるが、ビーのようにスピードと攪乱を得意とするキメラには強い。



 つまり、相性は悪いということだ。あくまでビーにとっては。


「おまけに不死と来ている! なんと不平等なキメラだ!」


 身体ごと突っ込んでくるフェニックスのアタックを躱すが、相変わらず視界は悪い。


 視界の悪さに気を取られトップスピードが出せないでいるビーの眼前に信じられないものが現れた。

 フェンリルや天馬種クラスのキメラが一体、通れるだけの幅しかない一本道である。


 しかもそれは真っ直ぐではなく複雑にコーナーが設けてあり、猛進するだけでは非常に厳しい。しかも、下は断崖絶壁と来ている。


“スカイライン”を持つビーだが、空を走るのと地を走るのはそもそも速度が違う。彼の脚力を存分に発揮できるのはやはり地上だ。走っている最中に落ちたとしてもスカイラインで命を失わずには済むが、レースを制すのは絶望的。


「どこまでも選択肢与えてくれんレースだ!」


 ビーの銀色の尾に熱を感じ、フェニックスがすぐ近くまで迫ってきていることを悟ったビーは、彼らしくもない賭けにでた。


「元々俺は慎重なタイプなんだがな……バクチにでるか!」


 ビーはアイテムボックスで手に入れた“スコープゴーグル”を装着した。


 前述にもあるが、ビーにとってゴーグルは邪魔でしかない。視界の悪さは裸眼より悪くなってしまう。だが、このスコープドッグは『あらゆる視界をクリアにする』とある。一か八か、ビーはこのゴーグルの性能を信じた。



「……!?」


「ケェエエエ!」


 ビーの尾を焦がしそうなほど近寄ってきていたフェニックスが、クチバシの炎を突き出した。それは見事にビーの尻に刺さった……ように見えたが。


「ケェエエ!?」


 フェニックスに啄(ついば)まれたビーの姿は、瞬時にしてぼやけ宙に溶けるように消えた。

 フェニックスが咄嗟に目で追ったのは、さらに前を走るビーの姿。


「こんなことは言いたくはないが……たまには賭けてみるものだな!」


 一か八かのビーの策は功を奏した。スコープゴーグルは、従来のゴーグルとは全く別物。ビーの視界を完全に晴らしたのだ。



「ケェエエ!!」


 こうなってはフェニックスはもはやビーには追いつけない。ぐんぐんとフェニックスとの距離を離し、ビーは独走した。


「……ふぅ、一時はどうなるものかと思ったぞ。あんなバケモノが残る2日間もいるのか……」


 先が思いやられる……ビーがそのように思った時だ。


『ゴッデスカップ本選プレイヤーに名称の変更があります。ゴッデスカップ本選プレイヤーに名称の変更があります。スモゥルキマイラ種カーバンクル属ヴィヲン、改め……天馬種ペガサス属イオルス!』


 フェニックスのときと同じアナウンスが流れ、ビーはそれに驚きながらも妙に納得していた。


「ガーゴイルにカーバンクル……このレースのプレイヤーには相応しくないとは思っていたが……よもやフェニックスとペガサスを封印していたとは。恐れ入ったよ、文明人!」


 そしてもう一つ、誰もが全く想像もしていなかったアナウンスが流れた。

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