ドラゴ×ライド
巨海えるな
第1話
「ターロ姫は私がもらったぁああ!」
翼が岸壁にぶつかり、欠けた岩の破片がどぼん、と水面に落ちる。
「わああっ!」
「なにやってんだドラゴ! 今の奴くらいなら避けろって!」
「そ、そんなこと言ったってぇ!」
ドラゴがライドに泣きごとを言った矢先、後続からやってきたリンドウが風をぎゅんぎゅんと切りながら間近に迫り、弱者を狩らんばかりの笑みを浮かべた。
「遊んでんじゃねえぞオラァ!」
「ヒィイイ! なんであんなに気性の荒いのばっかりなんだよぅ!」
「うだうだ言ってんな! ほら前見て体勢直せって!」
ああ、ここにも気性が荒いのがいた……と思いながらドラゴはめり込んだ翼を引き抜くと、小さくなったナルメスの綺麗な青色の翼を真っ直ぐ睨み、至近距離に近いグリフォン種を避けるように飛び出すと、背中に乗るライドに聞いた。
「ライド、どうすればいい?!」
「どうすればいいかだと? 決まってらぁ! 真っ直ぐ、直線だぁ! お前にはそれしかねぇだろって!」
「うん! 分かったよライド、やってみる!」
「馬鹿がなにをグチグチ行って……なっ!?」
リンドウがドラゴに体当たりをしようとしたのと同時に、ドラゴの尾はリンドウの目の前をくすぐり、彼に一歩触れさせることなく先へと飛んだ。
「ターロ姫はきっと……僕が」
「バカっ! 『きっと』じゃなくって『絶対』、だろって!」
「うん!」
ドラゴ×ライド
■ゴッデスカップ フロントレース予選A
『さぁただいまのレース状況は、一位ドラゴン種ワイバーンのナルメスだぁ! 続く2位のグリフォン種リンドウと圧倒的な差を開き、追随を許さない! リンドウを追いかけるのは……ドラゴン種ドラゴン・ドラゴ! ドラゴが3位だぁああ! この大番狂わせに、大波乱は起こるのか! フロントレース予選Aレースはまだ中盤、まだまだ分からない!
ナルメスが逃げ切るか、リンドウが差すか、それともドラゴが場をひっくり返すのかぁああ!』
興奮して叫ぶ実況アナウンスの人間種アジア系ンポポの声がこだます観客席は、雪崩が木々を根こそぎ奪っていく轟音の如く歓声で包まれていた。
観客たちの頭上を見下ろすひと際高い位置に設けられた皇族専用の観覧室から、巨大なディスプレイに映されたレース状況を眺める人影。
王冠を模したティアラ額に光らせた初老の男・文明王グラントは大荒れのレース状況を満足げに微笑み、その背後の高座に座る第三王女ターロに「今の気分はどうだ?」と尋ねた。
「……別に。どうということはねぇですわ」
「相変わらず下品な言葉遣いだ。やはり幼少期の交友関係が原因か? え?」
「そんなもの関係あるわけねぇですわ。それよりも早く決着を付けていただてぇのですが。この愚かなレースを7日もかけてやる意味はございますの?」
「まぁそういうな。今回のこのレースは国を挙げての大きな催し物だ。なんといってもおてんば王女が賞品なのだからな」
グラントの言葉に、綺麗な赤茶色に輝く髪を揺らして顔を横に背けた。その拍子に「ふんっ」と生意気な声を上げるものの、グラントははははと笑い再び画面に目を戻した。
「この世界に於いて文明を持つのは我ら人間。奴らキメラ属には機械文明がないのだ。火を吐き、氷を操り、風を吹かせるキメラ属は個体個体の能力は脅威だが、一族としては脆い。なんといっても連中は自ら一族を増やせないのだからな。お前のような賞品を掲げれば憐れなキメラ属は躍起になるしかないというわけだ。ふはは」
愉快そうに笑う父・グラント王の背中を見詰めながら、ターロ姫は分からないように小さな舌打ちを打った。
「……どっちが憐れなんだか」
『おおっとぉ! ここで順位が入れ替わったぁあ! 3位ドラゴを抜いたのは……グリフォン種のジャック! ジャックがドラゴを抜いたぁ~!』
「今回はあくまで本選出場権利をかけたフロントレースだ。ドラゴン種とグリフォン種がせめぎ合い、上位3位に入賞したものだけが本選に駒を進めることが出来る。面白いじゃないか、古の昔我ら人間が恐れた神獣や幻獣どもが人間から恵みを得るために必死なのだ。これが愉快でないわけはない!」
グラントの高笑いなど聞こえるはずもないレースの現場では、背に人間の少年を乗せたドラゴン種の少年・ドラゴがたった今脇を抜けて行ったグリフォン種のジャックが憎たらしい顔で笑う。
「ぎゃはは! バァーカ、もしかしてお前実力で三位に食い込んでるって思ってた? お前が張り切ってスタミナ切れるのを待ってたんだよ! ドラゴン種で一番の落ちこぼれのお前が勝てるわけねーだろ!」
最後にもう一度ぎゃははと豪快に笑いながらジャックはドラゴと距離を離してゆく。
「ジャックが……ああ、もう無理だよライドぉ!」
「アホか! 諦めんのが早いんだって! 大体、あいつ言ってたろ、『スタミナ切れを待ってた』って」
「アホアホ言わないでよぉ……結構傷つくんだから!」
「聞けよ! スタミナ切れを狙ってて今俺らを抜いたってことは、あの鷲頭のヤロウは『俺達がスタミナ切れしてる』って思ってんだ! お前、スタミナ切れかよ?」
ドラゴは飛び続けながら「もうヘトヘトだよぉ」と答えるが、それをライドは無視して「いけるだろって!」とドラゴの肩を、くいっと軽く持ち上げた。
「このまま直線まで奴らとの距離を保て! 狙うは一位入賞、それ以外はねぇって!」
「簡単に言うなぁ……飛ぶのは僕なんだけど」
ライドの合図にドラゴは特訓で身に付けたギアチェンジをサードに切り替える。目に見えてドラゴの飛行スピードが一段階、ぐいっと上がった。
「このコースはゴール前200メートルが直線だ! それまでサードのままでいくぜって!」
ドラゴとライドには二つ、切り札がある。それは経った今披露したギアチェンジ。そして、直線で発揮するドラゴの【特殊能力】だ。
今回のフロントレースにおけるコースは、岸壁に囲まれた湖。比較的コースの難易度としては高くはないものの。岸壁や岩場などの障害物が邪魔をして、純粋なスピード勝負というわけにはいかない。
空中での軌道コントロールの精密さが物を言う、テクニカルなコースといえた。
しかも場所によっては狭いコースになり、そこに風が通り抜ける。いつ吹くかわからないという緊張感と、吹いてしまったときの軌道の確保が重要となる。
このようにいくつかの障害があるのにも関わらず、『難易度はそれほど高くない』としたのは、彼ら獣属のレースがそれほどまでに過酷であるという、現れなのだ。
これらのダービーは【獣走(キメラダービー)】と呼ばれ、生物の最上位の文明属である人間によって開催されていた。いわば競馬や競輪、競艇などと同じ文明人たちの娯楽として大人気のレースなのである。
そのダービーに参加し、3着までに入賞した者には賞品として食糧と領土が与えられるため、種族をかけた戦いが繰り広げられていたのだ。
「このままナルメスが一位のままゴールしろよぉ~」
「おい、なに言ってやがる! リンドウに賭けてんだからそんなことになってたまるか!」
観客席の国民たちは大画面に映し出された白熱したLIVE映像に、大いに盛り上がった。その様子を見渡しながら、来賓席で観戦している皇族階級の人間の横で猫種ケットシー属のミュウが笑顔を振りまきながら心の中で呟く。
(全く、人間のやつらときたらめでたいニャすな。ミュウたちキメラ属を玩具にして楽しんでるのは癪ニャすが、ケットシー属が文明人と共に生活できる分には問題ないニャす。それに、放送しているフロントレースは人間から人気のドラゴ属とグリフォン属ニャす。熱くなるのもわからなくもないニャすね)
「ミュウ、ダージリンをセカンドフラッシュで淹れてくださる?」
「仰せのままニャす……」
ミュウは第二王女ヨーリに言われるがまま紅茶を入れると、焼き立てのスコーンと共に渡した。
「さすがミュウ。キメラダービーに出るような野蛮なキメラとは一線を隠しておりますわ。ですがプレーンスコーンではなくクランベリーとチョコのスコーンならもっと完璧でしたのに」
「勉強いたしニャす」
心にもない言葉とともに頭を下げるミュウだった。
(やれやれ……文明=機械さえなければお前達人間種がキメラ属に勝てる道理などニャいはずニャのに、皮肉なものニャす。あの画面の向こうで接戦を繰り広げているキメラ属たちもそう思えば滑稽ニャ。あそこが一体どこなのかはわからニャいニャすが)
ミュウは心での呟きをぼそりとしたためると、更に上部に設置されたグラント王のいる特別観覧席を見上げる。
(それにしても……三人いる王女の内一人を賞品にするとは、人間とは本当に理解のできない、狂った種族ニャ)
カチャリ、とティーカップとソーサーが重なる音を鳴らしてレースを観戦している第二王女ヨーリの、大胆に出した肩を横目でちらりと見ながらミュウは、キメラ属を下等なものとしている人間を心の中で蔑んだ。
~暫定一位・ドラゴン種ワイバーン属ナルメス~
「ドラゴには悪いが、私が一位通過しないことにはドラゴン種は勝ち残れないのでね。悪く思うな」
一位を独走していいたナルメスは誰も前を飛んでいない広い視界に呟き、まばらな灰色の空を行く。
空は見るからにわかりやすく曇天で、今にも雨が降りそうな上、遠くの方から雷鳴も聞こえる。これまでの経験上雷が直撃するようなことは考えられないが、幾らキメラと言えども大自然の大いなる力には畏怖の念を感じざるを得なかった。
それでもこのレースに勝ち、この後に待っている七日間に渡る【グランドレース】でも勝利を治めねばならない。それを両肩に担えるのは自分だけである。ナルメスは真剣にそう思っていたのだ。
だからこそ、同じドラゴン種ドラゴン属のドラゴに勝たせるわけには行かない。いや、その重責を任せられるはずがないのだ。
そのため、現在のこの順位とドラゴの順位は妥当であったし、ナルメスがそうあるべきだと描いた絵そのものの姿でもあった。
だがレースも終盤に差し掛かった間欠泉が噴き出す区画に差し掛かり、精密な飛行を求められる。滅多なことでは死なないキメラであっても、この地帯から噴き出す間欠泉を浴びてしまっては、レースどころではない。
文明人が採用したコースはいつだってこう言った危険がつきものだ。レース慣れしているナルメスであってもここを楽観的に突破できるかと言えば、そうは言えないでいたのだ。
『暫定一位のナルメスが間欠泉地帯に差し掛かったぁ! 間欠泉地帯まで来ればゴールは目の前だぁ~! しかし、この間欠泉地帯がこのコース最大の難所……一位独占のまま突破できるかナルメス!』
観客席にアナウンスが鳴り響くのも知らず、ナルメスは体感で知っているそのコースを慎重に飛行してゆく。経験はあるものの、どこから間欠泉が噴くのかまでは熟知していないからだ。
それに、一位突破の状態でここに来るのは初めてのことだった。これまでは数名が先にこのポイントに辿り着いていたため、どこから噴くかを先頭のキメラを見ながら予測できたのだ。
そう、ナルメスは先頭を飛ぶのは初めてだったのだ。
「……ッ!」
爆発音と聞き間違うような強烈な音がすぐ近くで聞こえ、それに驚いたのと同時にすぐ後ろで熱湯が噴き出す。尾の先をかすったそれを見て、ナルメスはもう少し遅く飛んでいたらひとたまりもなかったとイメージし、息を呑んだ。
間欠泉を浴び、身体がただれるイメージが過り余計にナルメスを慎重にさせる。彼が慎重さを増すのにはもう一つ、理由があった。先ほどの間欠泉噴出時、噴き出すまでほとんど音が聞こえなかった。
通常ならば噴き出す直前の独特な濁音が聞こえるはず。なのにそれがなかったのだ。
つまり、ノーモーションでいつ噴き出すかわからない間欠泉の穴を警戒しながら飛ばなくてはならないため、これまで圧倒的な差で一位を守っていたナルメスは急激に失速した。
翼と身体をを護るメイル(薄い鎧)を装着しているため、仮に間欠泉を浴びても大事にはならないかもしれない。だが顔や足などは露出しているのでそこは彼のイメージ通りにただれてしまい、大きなダメージを負うだろう。
メイルの重みで身軽さを欠いているナルメスは、今レースで初めてこのメイルのことを煩わしく思った。身軽な状態ならばもっとスピードには自信がある。トップスピードまで5秒を必要としなかっただろう。
だがメイルをしているこの状態では加速状態で間欠泉にあたってしまう可能性が上がってしまうのだ。しかしそれはそれとしても、たかだか3秒ほどトップスピードまでの時間が伸びるだけ。
それでもナルメスはその3秒の壁に恐怖を感じていたのだった。
「だはははは! ドラゴン種ってのは見た目だけ大層で根性は小せぇのな!」
「リ、リンドウ!」
姿が見えなくなるほど引き離したはずのリンドウが間欠泉口のある岩壁を走り抜けて行った。
「おらおら抜かしちまったぜ!」
下品な笑い声も高らかに、リンドウは岩壁に吸いつくようにして走ってゆく。
「やはり馬鹿だなリンドウ! どこから噴き出すかも分からない間欠泉口上を走るなどと……」
そう言った傍からリンドウの走る真下を間欠泉が噴き出す。まさしく噴火したと思うほどの激しい熱湯の柱を見て、見えなくなってしまったリンドウにナルメスは同情の溜息を吐いた。
「はぁ……だから言ったじゃないか。私の後ろについて間欠泉の予測をしていればよい物を……」
たった今噴き出した間欠泉が静まるのを低速飛行で待ちながら、視界が空けるのと同時にナルメスが加速したその時、晴れた視界の先にどすどすと壁際を走り続けているリンドウの姿を捉えたのだ。
「なんだと!?」
「俺は地獄耳でね。今俺のことを馬鹿と言ったかあ? 残念だな、馬鹿はてめぇだ! だはははは!」
「どういうことだ! 勘で走っているんじゃないのか!」
「当たりめぇだろ、馬鹿野郎がぁ! 俺らキメラは獣らしく野生の勘で走るんだよぉ! そんなことも出来ねぇのか馬鹿! 馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿! はははは」
短くぐぅ、と呻いたナルメスはリンドウの挑発に触発されのかナルメスは目つきを変えた。羽根に力を入れるとメイルの干渉する音を鳴らし、加速する体勢に入る。
「いい気になるがいいさリンドウ! グリフォン種とドラゴン種では直線で決定的な差が出る事くらい知っているだろう! つまり俺が加速すれば貴様など……」
不意に爆発音がさく裂し、右翼を煽るように間欠泉がナルメスを直撃した。まともに直撃したナルメスはそのまま間欠泉の勢いで、向かいの岩壁に叩きつけられる。
「はがっ!?」
「自分が頭がいいって思ってる奴は大体馬鹿なんだよなぁ、特にドラゴン種にはそういうやつが多いんだ! なぁ? 馬鹿野郎さんよ」
ナルメスの瞳はぐるりとひっくり返り白目になった。気を失ってしまったようだ。
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