第4話
「……!?」
驚いた様子で一瞬固まるライドだったが、すぐに満面の笑みで笑うとライドが『グリップ』と呼ぶ翼の付け根を握った。
「じゃあまあ勝利のフライトといきますかって」
そう言ってライドはギアを上げ、ドラゴはそれに従ってコースをゆっくりと一周するのだった。
~再びコロッセオ~
「まあ、なんとかわいい子ドラゴンかしら。キメラダービーのプレイヤーにしておくのは勿体ないですわね」
ヨーリ姫が画面にアップで映し出されコメントを出したドラゴを見て、随分と気に入ったようだ。その様子に面白くない顔をしているのはカシタ皇太子である。
「ふん。どれだけ甘いマスクをしていたところで所詮バケモノさ。我ら選ばれし文明の民にひざまずく人ならざるものに情けをかけるなどヨーリ姫らしくもない。けれどまぁ、ペットとしてなら確かに悪くないかもね」
ふふん、と最後に鼻を鳴らし余裕の表情を見せるカシタの肩に手を乗せたヨーリ姫は、甘い声で「当然ですわ」と耳元で囁いた。
「ペットとして、あれを飼いたいと思いましたの。あれがトップで通過しなければお父様に頼んでペットとして飼ってあげてもよかったですのに」
「ははは、キミは残酷なことを言う。そもそもトップ通過していなければそれこそムシケラ程度にしか思っていなかったはずだろう」
ふふふ、と口元を手で隠しながらヨーリ姫は笑った。
「ヨーリ姫。ワインをお持ちいたしニャした」
そこへミュウが頼まれたワインを持ってやってきた。すっかり上機嫌であったヨーリ姫はそのワインを見ると「もういいですわ」と答えた。
「もうよろしいですかニャ」
「何度も言わせないで。貴方が持ってくるのが遅いからワインを飲む気がなくなったわ。というよりお父様からわたくしに飲まさないようキツく言われていたはずではなくて? 役に立たない猫風情ね。貴方にもあのドラゴンくらいの可愛さが欲しいものね」
「申し訳ありニャせんニャ」
「レースの余韻の邪魔だろう! さっさと消えろ獣が!」
なにも反論すらしていないミュウに対し、必要以上に当たるカシタ皇太子。彼やヨーリ姫のミュウに対する態度で、この世界がキメラに対してどれほど低俗に見ているのかお分かりだろう。
だが文明人の園で生きることを許された数少ない種であるケットシーは皆、その理不尽な扱いにもなにも言わず、逆らわずに従っているのだ。それが彼らなりの生きる術なのである。
「では失礼いたしニャした」
それに対してなにも思わないわけはなかったが、ミュウはすっかり慣れていた。むしろ、このくらいで済んだのは幸運であるとさえ。
(第三王女のターロ姫。彼女を得たキメラには一体、なにを得るのか……。今から楽しみニャすね)
ワインクーラーに入った【3年もの】のワインを地下に直しに行きながら、ミュウは思いに耽るのだった。
■ドラゴ と ライド
森羅万象。すべての物事には理由があり、結末がある。
それらを秩序と呼ぶのなら、その秩序を守るのもまた秩序である。
人類が全てを統べる秩序の象徴と相成った時、彼らは自らを【文明人】と名乗った。
文明を掲げ、英知を尖端に高く留まる、新人類。
文明人は自らを世界の秩序としながら、ありとあらゆるものに順位を着けた。それは世界の均衡を保つため。
自らを秩序を司る最高位に位置づけると、更にその玉座に王族を鎮座させ、その下に下々の人間を置く。
その人間の下に、家畜があり。更に下位、人間にとっては家畜以下の知的生物、【キメラ】を最下層の生物としたのだ。
彼らには文明を与えられず、人間の持つあらゆる英知はただただ恵まれるものだと植え付けられた。
迫害されるほど弱くなく、むしろ個々の力ならば遥かに人間を超える彼らは、文明の差で人間に敵わなかったのだ。
キメラたちは、文明を欲した。
文明と、それら文明を発展させる知恵が彼らにはない。炎を吐き、毒を持ち、大きな翼で自由に空を飛ぶことができても、所詮野蛮な力。
キメラたちが欲するものとは程遠いものだった。
そんなキメラたちを哀れに想った文明王グラントのヒ祖父である先々代の王ビルドが、国民たちの娯楽になり、尚且つキメラに生きる意味を持たせるためのキメラダービーを始めたのである。
人間の言葉を話し、人間と同等の知能も持ち、野蛮と言われてはいるが人知を超えたい能力を持つ神獣・幻獣の姿をもつキメラたち。
彼らが人間より劣るのは、群れられないということと、文明の道具を使えないということ。そして、決定的で圧倒的な数の差。
他にも諸々とある。キメラはその絶対数に比べて余りにも種が多い。人間がせいぜい5種ほどの人種しかないのに、キメラはその数百倍の種が存在する。それこそ地上だけに留まらず、空や海、マグマの地や森など、限定的な環境でしか生きられない者も多い。
これだけの不利な状況下にあれば、彼らが人間より下等なものとして扱われるのは至極当然の運びだったのかもしれなかった。
だが悲しいかなキメラは個体にもよるが、ドラゴン種やフェンリル種、天馬種にグリフォン種と、人間と同等の知能を持ちながら体躯のサイズに大きな制約が課せられていた。
彼らがより人間の脅威にならぬよう、品種改良とも言えるべき細胞の改良がおこなわれたのだ。無論、彼らの持つ【文明力】により……である。
そういった悪夢の所業もまた、人間のみが持つ残酷さである。喰うためではなく、自らの娯楽・便利さを優先させた結果、山ほどの巨大さを誇ったドラゴンも、太陽と見紛うほどのフェニックスも、人間にとって【丁度良い大きさ】に改良された。
キメラたちは、種により小さな集落を作り、細々と小さな生涯をまっとうし、死んでいくばかり。キメラが、キメラらしくいることなどもはやなくなってしまった。
――キメラダービーができるまで、は。
「ドラゴン種はかつて、人間に最も恐れられた聖なる凶獣だった。だが、現在はせいぜいやつらの数倍の大きさにされてしまい、どのくらいの世紀が経ったろうか。だが私達は悲観しているばかりではいられない。分かるな!」
鉄の兜を被ったドラゴン種リンドヴルム属のパットギス獣同隊隊長が、幼いドラゴン種の少年たちに檄を飛ばした。
真っ直ぐ正面を見据えながら、8体の少年ドラゴンたちは「はい!」と声を合わせて威勢のいい返事を返す。
「特にドラゴン種ドラゴン属の傍若無人さは、それこそ手のつけられないものだったらしい。人間が最も恐れたドラゴンの象徴と言えば、未だにドラゴン属であろう。だが、現在ドラゴン種に現存しているドラゴン属はたったの一人である」
少年たちは、パットギス隊長がなにを言いたいのか、彼がそれ以上の言葉を踏まずとも理解していた。
本来ならばパットギス隊長の話の途中でよそ見などしようものなら、ファイアブレスで鼻を焦がされてしまうところだったが、流石にここまで名指しされていれば見ろと言わんばかりであろう。
その視線は、ただの一点に集中していた。
「ぼ、ぼく……ですよ、ね?」
そう。彼らが注目し、見つめていたのは身体はほかのドラゴンよりも一回り小さな少年ドラゴ。ドラゴン属たった一人の現存種である。
「ドラゴ、パットギスがこの兜の名に懸けて命じる。飛んでみよ!」
「は、はいっ!」
パットギス隊長の命を受けて、ドラゴは翼の展開に身体のバランスを崩さないように、前傾姿勢で臨んだ。
バサリ、とドラゴンの大きな翼を広げる独特の音が立ち、ドラゴを除いた7体の少年ドラゴンたちが息を呑んでそれを見守る。
「どうしたドラゴ、飛んでみせよ!」
「はいっ!」
力いっぱいにドラゴは、翼を羽ばたかせ風のない宙に足を浮かせると、徐々に高く上がってゆく。
「よぉし、そのまま旋回だ!」
「はいっ!」
ドラゴは意を決すると、思い切り背から円を描き旋回を……
「う、うわあああっ!」
ドラゴは空中でバランスを崩し、時計台の腹に激突しそのまま地上まで落ちてしまった。
「はぁ……」
それを見ていた7名の少年ドラゴンたちは、その光景に驚く様子もなくただ溜息を吐くばかりだ。まるでドラゴが失敗するのを予め知っていたかのように。
「ふん、やはり貴様はだめだな。ドラゴンなのに自分の力で飛べないなどとは前代未聞だ。最後のドラゴン属だというのに、情けない」
ドラゴンは堅いうろこで全身が覆われているため、体は頑丈だ。例えドラゴのように空から落ちた所で、その程度の衝撃では死に至ることはまずありえない。
それどころか怪我すらもないケースのほうが圧倒的に多い。
ドラゴは空を飛ぶというドラゴンならば誰もが学ばずとも本能で知っている技術はままならないが、体の丈夫さだけはドラゴン属の血を受け継いでいるといえた。
「痛たた……」
「ドラゴ、貴様はもういい。時計台の下で飛ぶ練習だけをしていろ」
「……はい」
パットギス隊長は、ドラゴを除く7体のドラゴンたちに次々と課題を出してゆく。その課題とは、空中での制空技術であったりレースでの飛び方などに添ったものだ。
――つまり、空を飛べないドラゴにはそのどれかひとつですらもままならないということである。
そう、ドラゴは【飛べないドラゴン】だった。
ドラゴン種はなにもキメラダービーのプレイヤーでなくとも空を飛ぶのは容易い。なのにドラゴは、プレイヤー志望なのにも関わらず飛べない。
これにはパットギス隊長もお手上げだった。
ドラゴを鍛えようにも飛べないなどそれ以前の問題。文字通り問題外なのである。
「なんで……僕は飛べないんだよぅ……」
それはドラゴ自身も同じだった。飛べないなど問題外……痛いほど理解している。
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