第13話

『おおう! フレイムリバーとパールデザート! そう! 二日目はほとんどのキメラがβ地点を通過し、いよいよレースも過熱してきます! β地点からは意地悪なコースが増え、アイテムボックスも解放されますよー!』


『おおう、アイテムボックスとはホットじゃん!』


『アイテムボックスとは、空中に浮遊するアイテムが搭載されたボックス! 回復系が出るのか攻撃系が出るのか、それとも走行・飛行補助系のものがでるのか! 獲得するまでわからない! 各キメラ達は自分たちでそれぞれアイテムを所有していますが、それとは全く別の市販アイテムとは違う今大会独自のアイテムが盛りだくさん!』


『っひゅう! それってすげぇって!』


『β地点の一か所に設置されたアイテムボックスは全15個! 人数分よりも沢山ありますが複数獲得は不可! 1つのみです! 次回のアイテムボックスは、Θ地点で分かれるΔ1・Δ2にも設置! あとはございません!』


『ここでどんなアイテムを取るか、運も味方にしなきゃならないってことだな!』


『イエスイエス! その通り、みなさんもアイテムボックスの存在も含めて予想してくださいねぇ!』


 コロッセオの中央、小さな太陽が燃え盛る中、ルチャドの実況とリクアントの解説が観衆のボルテージを上げた。


 楕円形のコロッセオを埋め尽くす観衆の歓声は、あらゆる娯楽からなる快感や高揚を盛り上げ、さもここがこの世の中心であるような錯覚さえさせる。



『じゃあ、早速ゴッデスカップ二日目ぇえ! スタートゥッッ!』


 コロッセオの超巨大モニターに注目が集まり、ドラゴの姿が映し出された。

~β地点・通過エリア-フレイムリバー~



「それにしてもありゃあどうなってんだって」


 ミニヘリコプターに乗ったケットシー属のカメラマンがやや遠くからドラゴ達を映し、そしてさらにその上空で行くべき方向が指示してある巨大な矢印型のホログラム。


 ライドはそれを見て呟いた。


「どうなってんだって……、そんな今更なこと言わないでよ。文明人の持つ文明は、僕たちにはわからない。だけど、ライドは文明人だろ」


「あほぅ! 文明人の全員があれのメカニズムが分かってると思ったら大間違いだっての!」


「へぇ、ライドにも分からないことってあるんだね」


「けっ! 良く言うぜって! お前、性格悪いのな」



 ライドの言葉に少し楽しくなったドラゴは、短く笑いながら飛行を続けた。


「先頭は前に誰もいないから景色がキレイだろ」


「え……。そういえば、そうかも……。今までそんなこと気にしたことなかったけど」


「この景色を守るのは大変だぜって」


 二日目。五日間ある中の前半戦である。残る四日間、この景色を守ることは困難であることをドラゴは予想していた。


 

 瞬間、脳裏に飛び込んでくるのはフェンリルのビー。あの金と青の鋭い眼光。


 一瞬の油断を突く瞬足。


 どれもがドラゴを身震いさせるほどのインパクトがあった。


「ドラゴ」


 そんなドラゴを不意に呼びかけるライド。


「な、なに!? ライド」


 心を見透かされたのではないかと、思わず間抜けな声で反応したドラゴだったがライドの放った次の言葉に気を引き締められた。


「勝つぞ」


「……うん! 勝とう! 二人で!」



 強い決意を確認し合った二人の行く先、矢印のホログラムには【フレイムリバー】と書かれてある。


「熱そうな名前だなって、オイ」


 ライドはそう言ってゴーグルをはめ、ドラゴもまたドラゴン用のゴーグルをはめた。



「ここでの加速は命取りだ。熱風で翼を焼かれるぜ」


 徐々に頬や露出した肌を始めに感じる熱。フレイムリバーが目前まできたことを肌感覚で二人に教えた。


 大きな山と山の間に走る谷。


 ここはどういうわけか炎の河が流れ、太陽フレアのような爆発現象も日常的に起こっている。レース用にある程度の整備はされているものの、あくまで『最低限飛行・走行できる』程度の整備であり、充分事故が起こりそうなコースだった。


 当然、コース内で事故があったところで運営委員会で救助をしてもらえる可能性は低い。だが、その点はどのキメラもクリアしているといえる。


 元々人工的に調整されていることもあり、彼らは死に対する頓着が人よりも薄い。こと目的のための死には鈍感といってよかった。



「うわああ! 熱い、死んじゃう、死んじゃうよお!」


 ……死には、鈍感の……はず。


「コォラ! なにビビッてんだよって!」


 ライドが首元に巻いたマフラーで口元を覆いながら叫ぶ。今まさに放物線を描いたフレアの下をくぐったところだったからだ。


「これはいくらなんでも怖すぎるって! なんだよここぉ! 死んじゃうって! 死ぬのやだよぉお!」


 ゴーグルの中の瞳を涙で溜めながら、灼熱のフレイムリバーの中ドラゴは叫んだ。


 様々な訓練を受けてきたドラゴだったが、このような灼熱のケースは想定にない。当然だ、想定していたとしてもそのシチュエーションを作ることは困難である。


「わあっ!」


 再び小規模なフレアがドラゴ達のそばで起こり、ドラゴの速度が下がる。

「あほぅ! なんで速度勝手に落としてんだ! いまはサードギアだろって!? 瞬間的にセカンド始めくらいまで落ちたぞ!」


「だだだ、だってぇ……」


 泣きごとを漏らすドラゴにライドは舌打ちをすると、「しっかりしろよ! 追い抜かれるぞって!」と檄を飛ばした。


「こんな熱いところ、誰も突破できないって! スピードは出すなってライドも言ったじゃんか」


「スピードを落とせとは言ってないだろうがって! ほら、弱音吐いてんな!」


 涙目のドラゴは、前を向き飛行するが及び腰になっているのかライドの指示通りの速度が出ない。


「なにも真ん中飛ばなくてもいいじゃないかな……ほら、だっていつフレアがくるか……」


「あほぅか! 壁際飛んだらフレアが起こったときに逃げ場なくなるだろうがって! 天井だって低い、慎重に飛びながら速度を安定させるんだよ!」


「簡単に言わないでよぉ~」


 熱風が走り、ドラゴの翼の先端がジジ、と焦げ付く。そのたびにドラゴはベソを掻き速度が落ちた。


(まっじぃな、完全にこいつビビッてやがるって……このままじゃ後続のやつらに……)


 ライドがそのように考えたその時だった。


「ひょおおおおおっ!」


 爽快な叫び声を上げてドラゴ達より低い高度をリンドウがすり抜けて行った。

「リンドウ!」


「悪いな俺らグリフォン属は熱海を渡って上陸することが多いんでね、熱い場所には慣れてるんだわ! それと……これな」


 そう言ってリンドウは首から下げた青い球体のついたネックレスを見せつけ、笑ってみせる。


「これは“ウィンドウォール”。一定時間、風の影響を受けないアイテムだ! 長年キメラダービーやってるとな、わけわかんねーコースのときに持ってた方がいいアイテムくらいわかるんだよ!」


「ウィンドウォール……だと!? なんだよそれ反則じゃねぇか!」


(反則……?)ドラゴはライドの言葉にふと違和感を感じた。その違和感の正体は、その時は分からなかったが、ドラゴはリンドウの正面に張った膜のようなものを確認した。


「ライド! 本当だ……風の影響を受けないってことは、ここで速度をどれだけ上げても熱くならないってことだよ!」


「なにぃ!? だったらトップスピードで走っても引火しないってことかよって!」


 ライドの驚きを余所にリンドウは、ずんずんと距離を離してゆく。


「ははははは! 初日でトップになったところでクソの役にも立たねぇ! この二日目、アイテムボックスでアイテムを獲得してからが勝負の始まりさ! だからここらでお前らにはトップから降りてもらうってこった!」


「ちっ! ドラゴ、追え!」


「む、無茶だよぅ!」


「いけるよ! 根性で熱さなんか我慢だ!」

「火だるま……あ、火ドラゴンになっちゃうって!」


「そうか! お前、ファイアドレイクになれって!」


「ファっ!? 何言ってんだよぅ!」


「ファイアドレイクって火炎系のドラゴンだろうが! なんかあるだろって、変身できるなんかが!」


「あるわけないだろ~!」


「使えねぇやつだなって! お前!」


「うわああ~ん! 熱いよ、怖いよ、悲しいよ、腹立つよぅ~!」


 泣きながら飛ぶドラゴのスピードはやはり落ちたままだ。リンドウに抜かれた今、楽観視も出来ない。だったらどうすればいいのか、ライドが思考を最大回転させいていたその時、第二の衝撃が二人を襲った。



「ほう、そんなにも立派なウロコや翼を持つのに火に弱いか。……ますます面白い」


 すぐ近くで聞こえる知っている声。


「ビー!」


 フェンリルのビーが、物凄いスピードでドラゴたちのすぐそばまでやってきたのだ。


「な、なんでそんなスピードで走れるのさ!」


「なぜ……? なぜだろうな。その理屈を話すには、何故俺が【炎を吐けるのか?】というところから紐解かねばならないだろう。火を吐ける狼が、火に弱い道理はないと思うが」


 そう言ってビーはドラゴたちに向けて口から火を吐いた。

「わあー! 尻尾に火種がああ!」


「ふっ……やはり面白い。面白いが、ここいらでお前達を抜かせてもらうぞ」


 リンドウに続いてビーにまで抜かれてしまい、ドラゴは3位にまで転落してしまう。


「くそっ! 打つ手ないのかよ! このままじゃあ火炎系に強い後続のキメラにも追い抜かれちまうって!」



「おやおや、まさか暫定一位のドラゴン様がこんなところいらっしゃるとは光栄。つまり君を抜けばボクはさらにモテるということかな」


「えっ……!?」


 ドラゴのすぐ脇で聞こえた声に見上げると、ドラゴの飛行高度よりも高い場所で空を駆けるパブと、パブに掴まるガガガの姿。


「はなからトップを狙ってはいないけれど、抜かせるものもは抜いておきたいというのもまた心情かな。やはりドラゴンを抜き去るユニコーンというのは女性にモテ……」


「いいから早くこの地帯を抜けてほしいんじゃないの……。このままじゃあたしは干上がって死んじゃうじゃないの……。まぁあたしが死んだところで誰も困りはしないのだけれど……」


 パブの首にしがみついているガガガが、自分で言っている通り死にそうな顔でそのように言うと、パブは「おっとそうだね」と答えた。


「このレース、チームを組むのも1つの有効な手段だよ。持ちつ持たれつ、有利な方が有利に動く。謂わばギブアンドテイクの精神さ。じゃあ、ごきげんよう」


 だらだらと汗を落とすガガガを抱えながらパブは颯爽とドラゴらの先を行った。

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