第12話

 ドラゴとビーに追い抜かれたあと、リンドウの親心から体力を無駄遣いするなと説教されたのだ。


 悪態をついたものの、少なからずもリンドウの言ったことに納得したジャックは、暫定順位を気にしないことにした。


 とにかく体力と切り札を最後まで温存するため、地上に降りたのだ。


 ここまで空を飛んできたジャックは、キメラの中では珍しい天地のスイッチングが出来るタイプ。


 ほとんどのキメラが空か地上、もしくは水中など得意なコースが寄るのに対し、ジャックは水中を除く空と地、同じポテンシャルと能力を発揮できる。


 それが本来の彼の強みであったが、元来の負けず嫌いの気質がたたり、より派手で注目を浴びやすい空にばかり固執していたのだ。



 そのため4位以下に落ちることは、なんとかなかったものの……後続のパブやガガガなどは振り返ったさきにうっすらとその姿が確認できる。


「どうしようもねぇな……! マジで走りにくい……ぜ」


 ジャックぼやいた瞬間、蔦が前足に掛かりジャックは前のめりに転倒した。


「イッテ! ちっくしょう! なんなんだよ!」


 

~5位以下~


「おやおや、相変わらずペース配分出来ていないねぇ。天地両方いけるのはすごいとは思うけど、それって天馬には勝てないと思うんだよね」


 パブが雨に濡れたくないと、レインコートのようなナイロン生地のような服を羽織り、ジャックの後ろ姿を見ながら言った。


「水中ではないとはいえ、雨でこれだけ湿気に溢れてる場所なら割とボクが得意なコースじゃないの~」


 相変わらず二人一組のような状況が定着しつつあるガガガも余裕といった様子で話す。


「問題はこの地帯にも罠があるかどうか……だよね」



 二名がそのような会話を交わしながらもジャックに引き離されないよう距離を保ちながら走っていると、後方からドドドドという細かいリズムを刻みながら、それでもその一つ一つが力強い足音が足元を振動させる。


「なんなんじゃないの~!?」


「こ……この振動は……スレイプニル属カボッタか!」


 後方から八本足の青い馬が物凄い勢いで迫り、あっというまに二名を追い抜いて行った。


「お二人さん、えらくのんびりしてるねぇ。ほら、もっとちゃん走らなきゃ!」


 ヒヒーンと笑いながらすれ違いざまに文句を決めたスレイプニル属のカボッタがジャックに迫ってゆく。


「八本足ってこんなときに役に立つのか……」


 追い抜いてゆくカボッタを見詰めながらパブは呟いた。

「……ありゃあこの湿地帯ではトップクラスのスピードじゃないの」




 ガガガたちをカボッタが抜いていった頃、さらに後続ではベヒモスのズブロッカと、カーバンクルのヴィヲンが追っていた。


 ズブロッカは進む速度こそ遅いものの、その巨躯と体重でぬめる足元をものともせず、しっかりと進んでいる。


 そしてカーバンクルはというと、木の枝と枝に飛び移りまったくペースは落ちていない。


 しかし、ズブロッカとは逆に身体が小さすぎるため幾ら早くとも先頭に追い付けるほどの速度ではない。


「う~~あのぉ~……わてたちがぁ~最後尾かなぁ~~」


「チチ、チチチ」


「うん~うん~、そうだよなぁあ~まだあ~4日もあるんだもんなあ~」


「チチチチ」


 カーバンクルは人語を話すことは出来ないが、理解することはできる。特定のキメラの中にはカーバンクルの言語を理解出来るものもいるが、あくまでそれは少数だ。


 つまり、会話が成立しているところを見る限り、ズブロッカはカーバンクルと会話できる少数派だということが伺える。


「う~~ん、それにしてもお腹が減ったなぁあ~なにか食べ物はないのかなぁあ~」


 ドスドスと重い足音を響かせ、歩みを進める度に木々が揺れる。上空から木々が揺れる様を見て、ガーゴイルのアンダークはズブロッカの位置を細くしていた。


「……」

 走れるものは地上を走り、飛ぶしかないものは出来るだけ低空を飛ぶ中で、唯一列より最も離れた最後尾のアンダークが丸く赤い瞳を光らせ、誰よりも高い位置を飛んでいた。


 まるで自分には落雷しない、雨であっても飛行に問題はない、と言わんばかりであった。


 下あごから飛び出た鋭く曲がった牙が、アンダークの邪悪さを醸し出し見詰める先になにかがあるのだと予感させる。




~先頭集団~


 空を行くドラゴは、ほかの飛行キメラと同じく低空を飛び出来るだけ風や雨の影響を受けないように飛んでいた。


 恐らくは、自分の少し後ろをビーが地上を走っている。


 空中に映し出されるモニターが順位を映し出しているので、今のところドラゴが先頭であることには変わりはない。


 だが先頭のドラゴは一抹の不安を抱えていた。


「ねぇ、ライド……本当に僕一番になれるのかな」


「あ? まだ疑ってんのかって? なれるとは言わねえよ。お前次第さ、それよりもよあのガーゴイルはまだ最後尾なのかよって」


「うん……そうみたい」


「そうか……」


 ライドはなにか考え込むが、すぐに考えるのをやめドラゴに話し掛ける。


「先頭はいやなんだけどなぁ~仕方ないとはいえ、あのガーゴイルうっぜぇなって」

「考えすぎじゃないの?」


「あほぅ! お前も良く考えてみろよ! フロントレースDはあいつしか勝ってねえのに、本戦はわざとらしく、わざわざ自分から最後尾にいてるんだ。あいつの目の届くところでない順位と言えば先頭しかねぇ。……ったく、調子狂うぜ」


「だけど、もうすぐ一日目が終わる感じからすると……この先このまま4日間先頭をキープするのなんて、スタミナも気力も持たない気がするんだ」


 ドラゴがそのような弱音を吐くと、ライドはバンバンと背を叩きながら再度「あほぅ!」と罵倒した。


「痛い! 痛いってば!」


「なに弱気になってんだ! このまま突き抜けたままで一着ゴールに決まってんだろ! ……と、いいたいがお前の言っていることももっともだなって。うん」


「じゃあなんで叩いたのさ!」


 ライドは前方のモニターで順位を見ながら、大凡の予想を語り始めた。


「今日はこのままで俺達が一着、二着にビーが来るだろうって。で3着にリンドウかカボッタあたりか……。明日一杯もビーは恐らく様子見も含めて3以内くらいをキープしてくるだろうって。やつが先頭に出ることはよほどのことがない限りはないと見ていいと思う。他の連中もそうさ。2日目までは大してアクションはしてこないだろうって。ただ俺達先頭の三位内は別として中間集団の連中は、あのガーゴイル野郎に見張られているのは間違いないだろうって。まーまず間違いなく中間集団にいる連中はガーゴイル野郎にチェックされてる。多分……、あのガーゴイル野郎は3日目ぐらいでなんかやらかすと思うんだよなー」


「考えすぎじゃないのかなぁ……」


「あほぅ! 考えすぎで丁度いいんだよ! 一番になるにはな、人より沢山のことを考えて、その上でなにも考えないのが一番いいに決まってるだろって!」

「痛い、痛いってば! もう、背中で暴れられたらどうしようもないんだから!」


「なんだよ、文句あるなら仕返ししてみろ……って、わあああ!」


 ライドが話している最中にドラゴは空中旋回をしてみせ、急にそれをされたライドは思わず情けない悲鳴を上げた。


「あほぅ! お前俺を殺す気かって!」


「ドラゴンライダーなんでしょ! 平気に決まってるよねー?」


 ドラゴのイタズラっぽい物言いに、ライドは「お、おお……当然だって……」と答えるしか出来なかった。


■ゴッデスカップ 2日目 β地点



『さーて、レース2日目! 前日の順位はこちら! 一位 ドラゴン属ドラゴ 二位 フェンリル属ビー 三位 グリフォン属リンドウとなっておりまーす!

 四位からは順位の変動あり! これまで四位をキープしてきたジャックが6位に転落!

 四位にスレイプニル属カボッタ! 五位にユニコーン属パブと天馬コンビがここにきて優勢! 六位以下はヒポグリフ属ジャック、七位シーサーペント属ガガガ、八位ベヒモス属ズブロッカ、九位にカーバンクル属ビヲン、最下位を走るのはガーゴイル属アンダークだぁ~! 一日目は終わったがまだまだ前半戦! 勝負の行方はわからない~!』


 コロッセオは今日も超満員、熱狂する観客たちで埋め尽くされていた。


 ルチャドの実況アナウンスでさらにボルテージを上げる観衆たちの歓声が、前日の順位に一喜一憂している。


「本命のビーが二位かよー!」


「ドラゴが来たかーー! ダークホースでありえるとは思ってたが」


「げええ! ジャックが6位転落かよ! マジかー!」


 様々な声が聞こえる中、来賓席のヨーリ姫とカシタ皇太子は今日の予測を楽しんでいる。


『いやー初日から番狂わせがあったっすねぇ! どうでしょう解説のリクアントさん!』


『イェア! どいつもこいつも魂のこもった走りを見せやがって! 興奮しっぱなしだぜ!』


『リクアントさんは二日目の見どころはどこだとお考えですか?』


 リクアントはスピーカー越しに「そうですねぇ」と答え、数秒考え込んだ後に言い放った。


『二日目の見どころと言えばやっぱりフレイムリバー、パールデザートのコースかなぁ』

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る