第11話

(問題はβ地点から解放されるアイテムボックス……。鬼が出るか蛇が出るか、それともお宝が出るか。文明人の考えることだから前者と思っていたほうがよさそうだぜ)


 リンドウはそう考えつつ、わざと速度を落としビーに2位の位置を譲った。


 リンドウを追い抜きながらビーは横目で彼を少しだけ見ると、もう一度表情を引き締めると正面を見据えた。


(こっちの思惑は御見通し……ね。やっぱり手ごわいぜこいつぁ)



 ビーの潜在的な能力を思い、リンドウは彼が警戒に値すべきプレイヤーだと認める。


 そしてすぐにビーはジャックの真後ろに位置を取ると、ぴったりはりつくように走った。


「はははっ! そんな真後ろにいちゃあ絶対に追い抜けねえぜ!」


 ジャックは内心ビーに追い抜かれてしまう危険性を感じていたが、真後ろに彼が行ったことで途端に安心したように、見栄を張った。


「ああ、そうだな」


 表情を変えず走るビーの真後ろに今度はリンドウが位置づく。その様子が見えていないジャックは、トップの優越感をしばしの間堪能するのだった。




~後続・4位以下~


「あ~先頭のグリフォンのやつ……」


 ガガガがバカを見る目で、しばらく先を行くジャックたちについて話す。


「完全に風よけにされてるんじゃないのぉ~」


 水中や水場で本領を発揮するシーサーペントのガガガは、アイテム効果により空中の水分を集中させて、周囲に疑似的な水場を作り上げながら空を飛ぶ。


 隣にはユニコーンのパブが並走していた。


「そうだね。トップを行っているあれは……グリフォン種だけれどヒポグリフだね。確か、ジャックと言ったかな? 彼はどうやらわかっていないようだね、あまり頭が賢いタイプじゃないようだ。典型的なモテないタイプだ」


「なんでもモテるモテないで判断するんじゃないの~」


 ガガガとパブはビーとリンドウがジャックの真後ろを鎖のように連なって飛んでいる理由が分かっていた。


 先頭を行くジャックで風の抵抗を避け、体力を消耗しないように走っているのだ。リンドウも同様である。


 だからこそビーは体力に余裕を持たせながらもジャックを抜かなかった。初日で体力を消耗するわけにはいかない。いくら日没から休めるといっても、全貌が見えていないこのレースでそれをあてにするのは危険だと知っているからだ。



「まー、初日は中間メンバーに位置づいているのが丁度いいんじゃないの。後続と先頭の出方も見れるからぁ~」


 ガガガがそんな楽観的な言葉を吐いた直後、後方からやってくる威圧感に全身が強張った。

 振り返ったガガガとパブの視界には信じられない影。


 いや、正確にはなぜこのタイミングまで《それ》がやってこなかったのだろうと不思議にも思った。


 それもそうである。


 彼らは知っている。フロントレース予選Aで、全くノーマークのキメラが最後の直線で先頭をぶち抜いて突破したこと。


 そして、それがドラゴン種のドラゴン属であるということを。



「ドラゴン属……ドラゴォオオ!?」


 ガガガが叫んだ先から、戦闘機のように翼を水平に広げ、首をギンッと前に伸ばしたドラゴが猛スピードで追い上げて来たのだ。


「バカなのかい彼は! この序盤であんなスピードで後方から追い上げるなんて!」


 そう、ジャックが馬鹿にされているのと同じ道理。


 α地点を過ぎたところのポイントで豪速で迫ってくるドラゴは、彼らの目からすれば明らかにオーバーワークだと思えた。


 驚愕の表情を素直に出しているガガガとパブの目の前を、風が通り過ぎるように横切ったドラゴは、真っ直ぐジャックを……いや、ジャックよりも先、先頭を見ていた。



「ヨォ~ッ! 奴ら超ビビってやがるぜ! 見て見ろよドラゴ!」


「そりゃだって、みんなまだトップスピードじゃないもん……ここで抜いたって仕方ないよ~」


 自信なさげにそう答えたドラゴの言葉に、豪速の中ライドはバンバンと背中を叩き笑う。


「うっしっしっ! じゃあ聞くがお前はいまトップスピードなのか!?」


 ライドの問いかけに「それは……」と、歯切れ悪く言いながらリンドウを追い抜き、ビーを追い抜きそして……




『おおっとォオ! ここでフロントレースA組でトップ通過したドラゴン属、ドラゴがトップに躍り出たぞぞぉおお!』


 モニターでドラゴが先頭に立ったのを見たグラントは、嬉しそうにターロ姫に向かって「おおっ! あのドラゴンがトップに出たぞ! 驚きだな!」と話し掛けた。


 だがターロ姫はというとモニターを見ることもせず「当り前ですわ。そのくらいで私は驚いたりするわけねぇですわ」、そう淡々と言い放つ。


「なんだ、つまらん奴だなお前は。口は悪いのにはしゃぎもしないやつだ」


 面白くなさそうにまた視線を戻しモニターを眺めたグラントの背後、完全に彼の視界から自分が消えたことを確信したターロ姫は、小さく「よしっ! がんばれドラゴっ!」と呟いて拳を握った。




「てぇめぇェエエェエエエエエエ!」


 ビーはたった今自らの脇を追い抜いて行ったドラゴを目で追った瞬間に断末魔にも近い叫び声に心臓を冷やした。


 それはジャックの叫び声。その声の尾が引くほどにドラゴはジャックとの距離を離してゆく。

「うるっせぇなジャック! お前やっぱりこの状況読めてなかったのか!? 我が子ながらほんっとにバカな奴だ!」


「な、なんだとクソ親父ィ!」


 親子で言い合っているリンドウとジャックの列から飛び出したビーは、ジャックを軽く抜かしてドラゴの背を追いかけていった。


 横切っていった際にビーの影に気付いたジャックはまた大きな声で叫ぶ。


「お、おいてめ……! どいつもこいつも俺の許可なく抜かしてんじゃねぇよクッソォオ!」


「どけ、ジャック! 俺も……」


「行かせるかよバカ親父!」


 ビーに続いて自分も飛び出して行こうと思ったリンドウはジャックに阻まれ、ビーについてゆくことが出来ずに苛立ちながらジャックを恫喝する。


「お前なんかがこのゴッデスカップでトップになれるわけないだろうがバカ! 身の程を知れよ恥ずかしいガキが!」


 ちーん。


 あまりにもはっきり言われてしまったジャックは固まってしまった。その隙にリンドウはビーのついてゆくために飛び出す。


「あっ! 親父、……親父ィイ! 待ちやがれ!」


 ジャックは慌ててリンドウを追うが、ここまである程度のスタミナを使っていたジャックが追いつける道理はなかった。


 それを痛いほど痛感するジャックはただ叫ぶしか術がない――。

「おい」


 トップを行くドラゴに話し掛けたのは、ドラゴについてくるためにペースを上げたビーだった。


「わっ!? え、えっと君は確か……」


「フェンリル属のビー。お前はAを単独一位で突破したドラゴン属、ドラゴ……だな」


「う、うん! ありがと……僕の事なんか覚えてくれて」


 ビーは走りながら「当然だ。ライバルの名前くらいは覚えているさ」と言いきり、それを聞いたドラゴはすぐにビーの名前を思い出せなかった自分が情けなく思えた。


「ビーくん……早いね。全然疲れてなさそう……」


「なにをいう。それはお互い様だ。どうせお前も全力ではないのだろう?」


「そ、そんな……」


 ドラゴはビーと話すと何故か緊張する。何故だか怒られているように思えるからだ。


 実際のところビーはそんな気はまるでなかったが、突然後続から現れてトップをかっさらったドラゴを警戒していないわけはない。その警戒している様がドラゴに伝わり怒っているのだと誤解したのだろう。


「お前についていきている俺を「早いね」といったということは、裏を返せば「よく自分についてきているな」ということだな?」


「ち、違うって! 僕はそんな……でも、そんな風に聞こえたよね……ごめん」


 素直に謝ったドラゴを見てビーは目を丸くし、少し間を置いて笑った。


「興味深い奴だ。ドラゴンライダーでもないのにそのスピードを持ち、かと思えば全く好戦的でなく消極的な性格とは……」

「ドラゴンライダーを知っているの?!」


 ビーの放った言葉の中にあったドラゴンライダーという単語にまた反応したドラゴが、思わず後ろを振り返った。


「あれ?!」


 今まで話していたはずのビーの姿がない。


 おかしく思ったドラゴ正面に顔を戻すと、ビーの揺れる尾があった。


「わわっ! いつの間に……!」


 そう、ドラゴが振り返った隙を見てビーはドラゴを追い抜いたのだ。


 ビーは揺れる尾で顔を見え隠れさせながら、「気をつけたほうがいい」と忠告する。


「誰もこの時点で本気を出しているものなどいない。つまりいつでもお前は出し抜かれるぞ……ということだ。お前が本気でいないことは知っているが、ゴッデス本戦に進出しているキメラはみんなそうだと覚えておくがいい」


 そう言ってフェンリルは、“スカイライン”を解除して地上へと降りてゆく。


「あ、あの……!」


「お前とはまた戦うことになりそうだ。それまで俺は地上を行くとする……また会おう」


グリーンエリアの地上は、道らしき道がなくエントリーしているキメラたちは出来ることなら空を行こうとした。


それなのにビーはわざわざ地上に降りたのだ。


「かっこいいなぁ……えっと、フェンリルのビーだっけ」

「お、名前を覚えられねーお前が珍しく奴の名前は覚えたんだなって」


「え!? 失礼だなライド、僕だってちゃんと名前くらい覚えられるよぅ!」


「へっ、まぁいいさ。奴が言っていることはもっとも。この段階で本気を出す奴なんていないだろって。それよりもお前、昨日の修行はどうだったんだ」


「うん……なんとか出来るようになったけど、ほんとにあれがレースに関係してるの」


「おお、出来るようになったか。上出来だ。ん、レースに関係だ? さあなって」


「ちょっとぉ! さあなってなんだよぅ! 無駄なことさせたんじゃないよね!」


 ライドは鼻をこすってへへ、と笑いながら「無駄かどうかはお前次第さ。ドラゴ」と意味ありげに話した。




~α地点・湿地雨林~


 グリーンエリアを抜けると、天気の暗い湿地帯へと差し掛かった。


 年中雨が降り、キメラで無い獣が多く住む。地上は地面がぬかるみ、泥やコケで走りづらく、空は雨と風が翼を邪魔し、時折服毒を含んだ霧が行く手を阻む。


 また、高く切り立った岩山も多く、雷も至る場所で鳴り響いているためあまり高い空を飛べない。


 空も地も往きづらいコースといえる。



「うへぇ! こんなコース走ったことないぜ!」


 4位に順位を落としたジャックは、地上をいくことを決め湿地帯を走っていた。

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