第16話

「……」


 足を空に上げ、反動で勢いよく起き上がったライドはしっかりとグリップを握ると、ここからの飛行に耐えられるように腰を低く下ろすと「よし!」と叫んだ。


「ライド?」


「お前がいいだしっぺなんだからなって! こっから今日のレース中にΘ地点まで飛ぶってのは完全にペース配分無視した無茶な飛行だ! しかも、最終日でもねえのに俺らのトップスピードをお披露目しちまうんだって! その意味と、覚悟。できてんだろうな!」


「……とーぜん!」


「言ったな泣き虫ドラゴンが! じゃあこれから俺らは引き離された5体のキメラをぶっちぎる! いいな!」


「うん!!」


 ライドがグリップを握り、力を入れた。これはギアを「2」から「3」に切り替えたという合図。


「フレイムリバーでお前も消耗してるんだ! 下手すりゃ死ぬぞ!」


「死なないよ! 死んだらチャンス無くなるだろ!」


「ったく、無駄に意思が強ぇって……。じゃあ、死ね!」


「死なないって……いってるだろっっ!」


 ギアを「3」から「4」、そして「4」から「5」……


「ぐぅ! いつやってもすっげぇ加速だっつーの……って!」


 さらにギアを捻る。「5」から「6」……。

「普通は6がトップギアなんだよな! だがドラゴ! お前が誰よりもすげぇのは……」


 ライドがギアを更に捻った。


「6より先の、【7】のギアがあるってことだって!」


 風を切る音、加速による衝撃波、7ギア……“セブンス・ソニック”に乗ったドラゴは空中のあらゆる音を置き去りにし、ただ真っ直ぐを飛ぶ光の如く速度でΘ地点にあるという回復ポイントを目指した。


 小さな鳥は横切っていった風がなんだったのか分からず首を傾げ、風に飛ばされ遊んでいた葉はドラゴたちが通り過ぎて数秒してから初めて揺らめく。



 誰も見たことのない速さで飛行する姿を唯一目撃していたのは、その小鳥と葉のみであった。



「絶対に間に合わせるぞ! ドラゴ!」


「うんっ!!」


~8位・ズブロッカ~



 ドラゴがセブンス・ソニックでフレイムリバー付近を飛び立ったしばらく経ったころ、ようやくアイテムボックスでアイテムを入手したズブロッカだったが、自分の入手したアイテムをまじまじと見ながら首をかしげていた。


「んんんん~~~??? なんだぁあ~~これぇえ~~」


 ズブロッカが入手したのは、『フェニックスポッド』。元々アイテムにあまり詳しくないズブロッカは、聞いたこともないそのアイテムの使い道が分からずどうしたものかと思った。


「まあ~~いいかあ~~……」


 のそのそとゆっくりと走るズブロッカだが、彼は最下位ではなく……8位。


 オッズでもかなりの高配当がついており、ズブロッカは大穴中の大穴だと予想されているほど、今レースに於いて期待はされていない。


 今回のレースが5日間のレースであることを鑑みて、ズブロッカを買う変わり者も居たが、それでも人気は最下位である。


 ズブロッカ本人も余り現在のランキングには興味が無く、最終日にどれだけの順位にいれるものかということにしか気になっていなかった。


 その為、ズブロッカ本人は自分の現在の順位を知らない。おそらく自分は最下位だろうという漠然とした予想しか持っていなかったのだ。



 だが、彼が最下位でないことを不審に思っているキメラや人間はいた。


 仮に9位であるとすれば、全10体のレースで最下位争いをしていると思えばそれほそおかしくもないかもしれない。

 ただ大方の予想では10位と9位は、ズブロッカとヴィヲンが独占すると考えられていた。


 ヴィヲンは6位のドラゴと共にいるため、順位としては7位ということになっている。


 つまり、2体。


 2体も予想に反して最後尾にいるということになる。



 ランキングをしっかり見ているキメラと、ダービーを楽しんでいる観衆の何割かはその異常さに気付き始めていた。


「ズブロッカよりも遅れているのは……9位アンダーク。じゃあ、最下位は……え!? ジ、ジャック!?」


 タブレット型の電子盤でランキングを確認していた観客の一人が、驚きのあまり叫んだ。



「うそっ! ジャックと言えば初日中盤まで1位を守っていたキメラじゃないこと!?」


 来賓席で口に運びかけたスコーンを掴んだままヨーリ姫が興奮気味に叫んだ。


「本当だ! これはすごいなっ! 2日目にして俄然面白くなってきたよ!」


 カシタ皇太子も目を見開いて興奮してヨーリ姫の隣で叫ぶ。



 彼らの後ろでやはりミュウが待機しながら、ヨーリたちや観客たち、そしてモニターに映し出されたキメラたちを見ながら心で呟く。


(やれやれ……。最下位争いにエキサイティングしたところで、トップの順位にはニャんら影響ニャいニャ。根っからの王族でないから、日常的に本質を見られない癖がでるだニャ)

「最高に白熱するわっ! ミュウ、10年ものの赤ワインを一本開けなさい!」


「かしこましたニャ」


 コオリを敷き詰めたバスケットに刺さった《2年もの》の赤ワインをグラスに注ぐと、ミュウは二人に運んだ。


 ヨーリ姫とカシタ皇太子は、手菓子をついばみながらワインを流し込み、やはり興奮したように叫ぶ。


「こんな面白いレースをみながら飲むヴィンテージワインは最高だわ!」


「ああ、やはり全く上品さや口当たりが違うよ!」


 などと得意げに知ったかぶりをして声を上げる二人を、ミュウは何食わぬ顔でただ眺めていた。




~パールデザート-先頭集団~


アイテムボックスを通過してからリンドウの飛行速度が落ちたことを、ビーは見逃していなかった。


 依然、三位のパブらとはそれなりの距離を離しているため、現状で互いをはっきり近く確認できるのはリンドウの姿のみ。


 スタミナを保つための速度低下なのか、それとも単に疲労からか。


 砂粒を蹴りながら足元の悪い砂漠を走り、ビーは空を行くリンドウの姿を注視していた。


「……アイテムボックスを通過してから速度を落とすのは、不審だな。疲労などそういった理由ではないと見るべきか。ではなぜ速度を落とした?」


 ビーが自問しながら走り、近付きすぎないように距離を保つ。

 元々ビーはしばらくは2位、もしくは3位の位置を守ろうと思っていただけにリンドウとの距離を取るのはおかしいことではない。


 しかしそれはあくまでビーにとっては、の話である。リンドウからすれば、近寄ってこない、追い抜こうとしないビーに業を煮やしていた。



「なんだよ! ペースダウンしてんだから近寄って来いよ! イナズマスロットをお見舞いできないじゃねぇか……」


 そう。リンドウはイナズマスロットでビーに落雷攻撃をしようと企んでいた。


 これまでの経験から、レースにはある程度の慎重さを持っていたリンドウだが、一対一になれば目障りなものをいち早く排除したいと考えたのだ。


 イナズマスロットは自身より半径15メートル以内に入ったものに攻撃できる。リンドウがペースを落としたのは、後続のビーが使用範囲に入るのを期待したからである。


 だが距離を保ち続けるビーに苛立ちを覚えたリンドウは、焦りがほんの一瞬、態度に出てしまった。


 速度を落としながら、砂漠を走るビーに振り返り距離を確認したのだ。



「やはり。カウンター系のアイテムを持っているな。ペースを落としているのは恐らくこの俺を使用範囲に入らせようとしているため……。残念だったな、リンドウ」


 ビーがリンドウの目論見を看破したのにも気付かず、リンドウはビーにイナズマスロットを使用するアイディアを思いついた。


「そうだ、不調を演じればいいんだ! へへへ……いくらビーだろうと静止した俺を抜かない訳にはいかないだろう……!」

 リンドウは空中で静止すると、急に腹を押えて呻き始めた。


 リンドウのそれが演技であると思ったビーが、自らの推測を確信に変えた瞬間である。



「いてて……! やっべぇ、腹が……って、おいどこいくんだよビー! 鬼かてめぇは!」


 腹痛の演技をするリンドウを避けるように大きな円を描くように、進行方向ではない方向に大きく曲がるビーの姿を見てリンドウは若干動揺しつつ叫んだ。


「くっそ! あの野郎気付きやがったのかよ! クソ狼が!」


 円を描き、決してリンドウに近づかずに前へと進むビーに、リンドウは自らの計画が悟られたことに気付いた。



「だったらもういい! ケツからてめぇに追いつくほうが簡単に発動出来るぜ!」


 リンドウは舌打ちをしながら再び高度を上げ、ビーを追おうとしたその時だ。



「ん? なんだぁこの振動……ってか地響きか?」


 砂丘が揺れ、砂の粒が蠢いていた。


 自らの足から直接それを感じ取っていたビーも、突然の振動になにごとかと振り返り上空のリンドウを確認する。


 だがリンドウはさっきと特に変わらないようす、揺れる地面を見つめていた。


「リンドウのアイテムの効果……ではない? ではなんだこれは。違うキメラのアイテムか? それとも自信……」


 走りながら今起こっている地響きについて考察しつつも、ビーはその正体を計り知れない。

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