第15話

 フレイムリバーを超えてしばらく岩地を行ったところから次第に砂漠が開けてゆく入口に、アイテムボックスはあった。


 横一列に8つ、そして地上に7つ。


 宙に浮くボックスがある。リンドウはその中から中央にあった1つを壊すと中から、イナズマスロットが現れる。



「っひゅう! イナズマスロット! レース中3度まで半径15メートル以内のキメラに落雷をお見舞いできるアイテムかよ! こりゃあ当たりだな!」


 先頭をいくリンドウの正面には当然誰もいない。当然、現状では使うべき状況ではないが、この先これを使用する場面はいくらでもありそうだとリンドウは興奮した。



 パールデザートにリンドウが入った直後、地上でアイテムボックスが壊れる音にリンドウは思わず目を落とす。


「ちっ……やっぱりビーか。早速落雷をお見舞いしたいところだが、奴がなんのアイテムを獲得したのかわかんねぇし、奴の近くまで降りるのも危険だし時間の無駄だな。ひとまず獲っておくか」




 リンドウがビーにアイテム使用を断念した頃、ビーは地上のアイテムボックスから“スコープゴーグル”を手に入れていた。


「スコープゴーグル……か。Θ地点以降の展開で当たりなのかどうかが分かるな」


 ビーが引き当てたスコープゴーグルの使用回数は一回。


 これを使用することであらゆる場面で視界に影響を受けない。更に付けている間はレース参加者の視界を覗き見ることが出来る。装着して2時間は効果が持続するアイテムだ。

「お~い、お前さんたち! まぁ待てよ、一緒に走ろうじゃないの!」


 カボッタが前方を走っていたパブとガガガに追いつこうと距離を詰めてきた。


 3位4位5位がほぼ同列に並んでいる状態だ。



「また君か。正直に本音をいうと僕は君が苦手なのだ」


 やや苦々しい顔でパブがそのように言うとカボッタは豪快に笑い飛ばしながら、「そんな冷たいことを言うな! 同じ天馬種じゃあないか!」と大声で言った。


「んむむ、豪快なやつじゃないの……。パブが苦手というのは分からないでもないじゃないのね」


「なんだいなんだい? お前さんも俺っちのことが苦手だというのかい? ん?」


「苦手というか、面倒くさそうじゃないの。無駄にデカいし」


 そういってガガガはカボッタを見上げる。


 後ろから見ても、同じ天馬種であるユニコーンのパブと比べても一回りほどカボッタのほうが身体が大きい。


「ははは、仲良くしようじゃあないか! キメラはね、文明を持たない変わりに横のつながりを大事にした方がいいと思うんだ」


「賛成すべきところもあるがね、残念ながらボクはガガガと同盟を組んでいるのさ」


「ほう、別種のキメラ同士で同盟とは面妖なことをいうもんだな! 同じ種同士の同盟なら分かるが、なぜそんなメリットもないことをするんだ!?」


 ふぅ、と分かりやすくため息をついたパブは、やや呆れたようすで渋々答える。

「どちらかが文明人の都で暮らす権利が与えられるのならば、王族としての権限もいくつかは付与されるはずだよね。そうなれば、その権限で違う種のキメラを拾い上げることが出来るかもしれない。もちろん、その種全ては無理だろうけど、種としては文明人の文明に触れることが憧れさ。それに女性にモテるのが一番大きいけどね。

 だったら同盟を組んでおいて、どちらにとってもウィンウィンの関係になっておいたほうがメリットがある。なによりもチームを組んでいればこの後のレース展開を有利に運ぶことだってできるだろう? アイテムボックスで獲得できるアイテムも一体につき一つと決められている。元々持ちこめるアイテムも回復系か飛行・走行補助系のみで攻撃系は持ちこめないときているからね。

 二人でチームを組めばアイテムも二つ。色々いいことしかないということさ」


「ふぅん……。それはそれは素晴らしいじゃないか。まーでも、俺っちの好みじゃないがね」


 そう言ってカボッタは皮ジャンのポケットから煙草を取り出し、火をつけた。


「げふげふ、煙草……!? 君が持ちこんだアイテムとは……」


「そうさ。煙草さぁ、やっぱり煙草でも吸いながらレース出来るのは、ゴッデスカップの特殊ルールがあってこそのものだよな! 最高だ!」


「そうじゃない、なぜそんな煙草のようなレースの役に立ちもしないものを……」


 がっはっはっ、と大笑いをひとつ見せカボッタは伏し目がちで諭すようにパブに言った。


「回復系や補助系……なんでもいいがね、結局のところレースの勝敗を決めるのは最終的に心の問題よぉ……。肉体的に物理的に有利にしたって、精神力に勝てないことだってある。ことこのレースに於いてはその側面が大きくあると思うぜ?」


「精神? 心? ……はっ、どうやらやはり君と僕は同じ天馬種でも全く合わないようだね。すまないが煙が目ざわりなので先に行かせてもらうよ。ガガガ」


「ムキになんじゃないの~。カリカリすっと血糖値上がって死んじゃうよ~」

 そう言ってアイテムボックスを割るパブらの背を眺めながら、カボッタは深く煙草の煙を吸い込むと、大きく吐いた。


「若いねぇ。若いって、いいよねぇ。なんでも効率とか優先すりゃ勝てるって思ってるんだから」



 そう呟きながらアイテムボックスを壊すと、スチームプリンタが現れた。


「おーおー、運任せのもんってさ。不思議と自分の個性をあったものが出るんだよねぇ。この『蒸気で物体を疑似的に再現する』道具なんて、笑っちまうくらい俺っちらしいじゃないの。しかも、5回も使えると来たもんだ」


 前を行くパブらを追おうともしないカボッタは、マイペースにまた煙草の煙を吸い込んで、吐いた。




「トレードガンとは、僕もツイない」


 パブの手元に現れたのはトレードガン。撃った相手と自分の位置を瞬時に入れ替える弾丸が込められた銃である。使用回数は2回。一見、自分よりも先を行くキメラを打てば順位が入れ替わると思われがちだが、トレードガンは『後方……自分よりも順位の低いキメラにしか効果が発動しない』という制約があるのだ。


 そのためパブはこのアイテムに落胆したと言える。


「それで、ガガガはどうなんだい?」


 自分がハズレの部類にあたるアイテムを引き当ててしまったパブは期待せずにガガガに尋ねた。


「パ、パブ……ボク、すっげぇの当てたんじゃないの」


 ガガガは震える手で自らの引き当てたアイテムをパブに見せた。

「こ、これは……“タイムストッパー”!?」


 ガガガの引き当てたのは、ストップウォッチの形をした“タイムストッパー”。表示は10秒で止まっており、ボタンを押すと0に向かってカウントダウンしてゆく。


 名前の通り、10秒間のカウントダウンの間周囲の時間を止めることが出来るのだ。一般的にアイテムボックスのアイテムは売買されていないが、その中ではも最もレアなアイテムといえる。


「ゴゴゴ、ゴッデスカップってアイテム未使用時の持ち帰りって……?」


「確か大会規定には禁じると言った旨はなかったはずだったと思うよ……」


 パブとガガガは息を呑んだ。


「もし持ち帰れるとすれば……」


「優勝できなくても、かなりの贅沢が出来るのかもね……」


 パブは少し考えこんだ後で、納得したように頷くとガガガに話した。


「よし。それは出来るだけ持ち帰る線でいこうじゃないか。だけど、いざとなったら使用するつもりでもいてほしい。レースに勝利することが難しいと判断した時、まだ使用していなければガガガ、君が持ち帰るといいさ」


「パ、パブゥ……」


 涙目に涙声でパブの言葉に感動したガガガの表情に、爽やかな笑顔と白い歯で答えたパブは、強く頷いた。


「その代り、僕が文明人の女性になんとかモテるために色々協力してもらうけどね!」


 パブの笑顔の訳を知ったガガガは、感謝の気持ちが5分の1ほどに減少し、思わず苦笑いになった。




「回復ポイントはβコースとΘ地点を結ぶところにあるのか……。今日中にいけるのかな」


 背中で眠っているヴィヲンを想って言ったドラゴの言葉にライドが「はあ!?」とまた大袈裟に反応し、バシバシとまたドラゴの背中を叩く。


「お前おバカさんかよって! 順調なペース……しかも、先頭集団の連中でΘ地点に辿り着くかどうかって試算が出てるんだぜ! 現状6位ののんびりドラゴンの俺達がどれだけ急いでも今日中に辿り着くかよって!」


「でも今日中に回復しないと、カーバンクルの子死んじゃうよぅ」


「それはな、ドラゴ。俺達のせいじゃねぇって。こいつの寿命だ、寿命。ここで死ねばそれだけのもんだったってことだよって」


「そんな可哀想なこと言わないであげてよ! 同じプレイヤーだけど、キメラの仲間には変わりないんだ。それに志半ばで死んじゃうなんて、あんまりだよ」


 ドラゴがそういうと、どういうわけかライドは押し黙ってしまった。


「ライド?」


「……志半ばで死ぬ、か。それで死ねるんだったらライダーとしては本望だろって。しかもレース中に死ねるなんて羨ましいって」


「ライド! そんな言い方!」


「なぜだ? 真実だぜ。お前らキメラはレースに生きるんだろ? だったらレースっていう戦いの中で死ねるのは本望だろうがよ。こいつだってなりは小さいがレースに参加してるんだ。死ぬことだって覚悟の上だ。

 そう考えるならこいつの気持ちも汲まずに勝手に助けてやるってのは無責任じゃねぇのかって」

「そんなことはどうでもいいよ! 僕は助けたいんだ!」


「それは結構なことだ。でも助けるってのはお前のエゴだろうがよって!」


「ライド、僕はわがままでいいんだ。エゴだってなんだっていい! 死んだら大事な人にだって会えないし、そのカーバンクルの子が死を望んでいたって知るもんか! その子を大事に思っている家族がいるかもしれないじゃないか! 僕はお父さんに会いたかった!」


「……!?」


 いつも言い負かされるドラゴが一歩も引かずライドに食い下がった。


「ターロ姫はどうなるんだよ! お前はあの姫をゼッタイに助けるって言ったじゃねぇかって!」


「誰かを見殺しにしてターロ姫を救ったってターロ姫は喜ばない! 僕が救えなくたってターロ姫は死なない! 死なないってことは、まだ救えるチャンスがあるってことだ! でも死んじゃったら、チャンスなんかないんだ!」


 ドラゴの言った言葉にライドは再び黙った。しかし先ほどの沈黙とは意味が違う。ドラゴの言ったことが心に届いたのだ。


「あほぅめ。どうなっても知らねーぞって」


「言っとくけど僕は、ライドが居なきゃ飛べないんだからね!」


「なんだよ、なんでドヤ顔なんだ! お前よくそれを棚上げしてそこまで言えたよな!」


 ライドが渾身の突っ込みをいれると、照れ臭そうにドラゴは笑った。ドラゴの漏らした笑い声に、力が抜けたように背中から寝転んだライドは空に向けて大きくため息を吐く。


「はぁ~。ややこしいドラゴンにあたったもんだ……」


 そうやって呟くと、寝転んだ頭の近くで苦しそうな寝息を立てながら小刻みに震えているカーバンクルがライドの目に入る。

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