第17話
パールデザートの地響きは、ビーとリンドウの姿を少し遠目で確認できるほどの距離で走っていたパブ、ガガガ、カボッタにも感じることができた。
「ななな、この地響きは地震じゃないのぉ~! やだよボクぁ~!」
「そんなことより僕のたてがみやストールやおしゃれ服に砂が入りまくって大変だよ。どうにかならないかな……!」
「ボクは時々おたくが羨ましく思っちゃうじゃないの……」
ガガガとパブが能天気なことを話している中で、ただ一名。カボッタだけが煙草を咥えた口元を苦笑いさせ、冷や汗を垂らしていた。
「あ~らら~……こりゃ、あれだねぇ。お前さんたち、悪い事いわねーからそこから動くな」
「はあ?」
カボッタの言葉に振り返るとカボッタはその場で立ち止まりじっとしている。
「なに言ってんじゃないの~」
「砂が~ああ、もう!」
『バシュゥウッ!』
突然、何かが勢いよく噴き出したような、爆発でもしたのかと思うような激しい爆発音が彼らを襲った。
そして、それと同時にリンドウとパブを大きな影が太陽を遮る。
「サンドウォームだぁああああ!」
パブとガガガが思わず叫んだ。
リンドウの前に現れたのは、花びらを思わせる唇に円形の筒のような大きな口と真三角の鋭利な牙を幾重にも蓄えた、全長40メートル以上はあるかと思われる砂漠の主……大ミミズ『サンドウォーム』であった。
「サ、サンドウォームだとォオオオ!!」
余りの出来事に叫んだリンドウはその場から動けなかった。余りに規格外の巨大さにおののいてしまったのだ。
「ブフェア……アッアッ……」
不気味な唸り声をあげ、リンドウに見下ろすサンドウォームはリンドウを喰おうとしているというのは、誰の目から見ても明らかであった。
しかもリンドウが動けないということも誰もが分かっている。
それはつまり、リンドウが今この場で喰われてしまうという確信にもなった。
「ブァワアアア!!」
「あ、ああ……!!」
大口を開け、リンドウに襲い掛かるサンドウォーム。まさにリンドウが喰われる寸前だった。
「アイテムだ! カウンター系のがあるのだろう!」
ビーの檄が飛ぶ。
「はっ! ……そ、そうだ! イナズマスロットォ!」
リンドウが飲み込まれる寸前で、イナズマスロットを発動すると彼の持っているイナズマスロットのスイッチ機器から強烈な電撃が放出され、サンドウォームに直撃した。
「バッハッ! ガガバァアア!」
サンドウォームが電撃に苦しんでいる隙にリンドウはその場から離れようとトップスピードで飛んだ。
~コロッセオ~
「うおおおおおおおおおっっ! サンドウォームだあああああ! すっげぇえええ!」
コロッセオは大いに沸いていた。
それもそのはず、普段のレースではこのような障害として巨大キメラは配置されないのだ。まさに大規模な大会ならではの演出に、観客たちは声の限り叫ぶ。
『ここで現れたのはサンドウォームの【ワイドゥー】でありまーす! パールデザートの主であり、超肉食巨大ミミズ! 目がない代わりに音に敏感なワイドゥーの脅威からキメラ達は逃げられるのでしょーか!』
ルチャドの実況に、これまで椅子に座ったまま動かなかったターロ姫が初めて反応し、立ち上がるとモニターに貼り付いた。
「サンドウォーム! なんで!」
「ほほう……さすがのお前も、この演出には黙ってられないか。そうだ、サンドウォーム。こいつは人間もキメラも生きているものすべてが“食糧”。この砂漠でこいつに見つかって生きていられるかな?」
「本当に貴方は残酷な野郎ですわ……」
「残酷だと? なにが残酷なことか。種の未来がかかっておるレースだ。こんなチャンスをわざわざくれてやる人間……いや、存在があるか。そのチャンスをやっているんだ、キメラの者どもは命くらい賭けてもらわねば困る」
涙ぐみ、唇を噛み締めたターロ姫を見たグラント王は愉快そうな表情で笑うと「ふはは、そうだ。その顔だよターロ。私はお前のその顔が見たいのだ」、そう言って手元のグラスの酒を飲み干した。
「お前の愛しいドラゴンはフレイムリバーで後れを取ったらしいが、遅れの焦りからサンドウォームに喰われなければいいがな」
笑いながらグラスを片手に、派手な装飾の椅子に腰を下ろした。
「ドラゴ……」
~ドラゴ・ライド 《ズブロッカが通過する数十分前》~
「おいおいおい! ぶつかるって! ぶつかるー!!」
珍しく叫んでいるのはドラゴではなくライドの方だった。
真っ直ぐアイテムボックスに突っ込んでゆくドラゴに対し、アイテムボックスに激突してしまうことを心配しているらしい。
「……? 大丈夫だよ、ライド! あれはアイテムボックスだから、ぶつかっても衝撃はないよ!」
「え? ああ、そうなのか……って、でもゼッタイ危ないってオイ!」
トップスピードのままで思い切りアイテムボックスに突っ込んだのと同時に、ライドは声の限り叫んだ。
「わあああああああああ!!!」
だがアイテムボックスを破壊したはずのライド、ドラゴにもなんの衝撃も走らない。確かにボックスが壊れた音だけはしたが。
「ね? 言ったでしょ。文明人の文明で実体物の形はや質感はあるけど、本物じゃないんだ。……って、知ってるでしょ? ライド」
「え? ああ、そうだなって……。そうそう、ほら久しぶりだからよ、レース……。ん?」
歯切れの悪い返事をしながらライドは、なにか違和感を感じたのか手に持ったそれを見た。
「ね? なにがでたの? アイテム」
「あん? アイテム……? あ、ああ……なんだこりゃ」
「え、わかんないの? そんなレアなアイテムがでたの??」
ライドの手に持っていたのは、手りゅう弾のような形をした赤い玉。その中央にはそのアイテムの名前が書いてあった。
「なんか書いてあるなって。えっと、……ペガサスポッド?」
「ペガサスポッド? なんだろう、僕も知らないや」
「そ、そうか」
少しの沈黙。空はオレンジ色になりつつある。青空がぼんやりと気になる果実の色に変わってゆく中、ドラゴは気になっていることを聞いた。
「……あのさ」
「なんだよ、セブンス・ソニック中に無駄話してっとすぐにバテんぞ」
「わかってる。けどひとつだけ聞いていい」
「ダメだ」
「じゃあ、聞くね」
ライドは下唇を尖らせて「だったら聞いていいなんて聞くなよ」と悪態をつきつつも、正面を睨みつけた。
「ライド、アイテムボックス知らないの」
「……」
「キメラダービーに関係のない人がアイテムボックスを知らないのはあるかもしれないけど……、ライドは絶対キメラダービーのことを色々知っているだろ? キメラダービーを知っている人がアイテムボックスを知らないなんて絶対ないと思うんだ」
「1つの話に絶対を二回も言うんじゃねって」
「ごまかさないで!」
やはり、沈黙。だがこの沈黙は長くはなかった。
「このレースが終わったらよ……。全部話してやるよ。だから、それまでは集中しろっての」
「……」
今度はドラゴが黙った。黙った……というよりライドの様子を伺っている、といったようだ。
「わかった。約束だよ! 絶対レースが終わったら教えてね、……ライドが一体誰なのか」
「ライドはライドだ。それ以上でもそれ以下でもねぇ。けど、約束は守る」
「うん」
そのままトップスピードのままで飛行しているドラゴは消耗していた。無理をしてしまっては残る三日間のレースを戦えなくなるかもしれない。
フレイムリバーで受けたダメージは大きかった。
それにまもなく日没である。
日没がくれば二日目の前進期間が終わり、休むことができる。だが、尻尾の付け根に縛り付けているヴィヲンは、一晩休めば回復するとは思えない。
そうするにはやはり回復ポイントで物理回復をするしか手は無かった。
日没になってから失格覚悟でポイントにいくことも出来るが、失格判定を受けてからすんなりとポイントに連れて行ってもらえるのかも不透明であったし、失格判定を受けてすぐに身柄を確保するのかもわからない。
それらの材料を俯瞰で見た時に、もっとも最善なのは多少の無茶であっても今日中に回復ポイントに辿り着くことだろう。
ここまで飛行しながら進んで、ドラゴはそのように考えを結論付けた。
ライドに相談をしようとも思ったが、勝ちにこだわるライドは恐らくまたヴィヲンを途中で捨てればいいと言うだろう。
(それじゃあだめだ――)
やはりドラゴは心に強く想った。ヴィヲンは助ける! そう強く誓うのであった。
「日没まであと30分から50分ってところか。このスピードのままで突っ切れるとしたらギリギリ間に合うか合わないかってところだな。お前無理すんな……って言っても無駄だよな。もっと飛ばせ!」
「うん!」
ドラゴは自らに言い聞かすかのような大きな声で返事をすると、さらに先端を尖らせるような速度をひねり出した。
「ん……? お、おい! ちょっと待てって!! ありゃなんだ!」
パールデザートに突入して数分行ったところでライドがドラゴの背を叩き、前方に見える巨大な影を指差した。
「なんだあのバカでかいのは!」
「わ、わからないよぅ!」
ドラゴがあてにならないと分かると、ライドはジャケットのポケットから小さな双眼鏡を取り出すと、前方の巨大な影を見る。その直後、ライドは「げっ」と短く漏らすと、信じられないといった口調で呟いた。
「サ、サンドウォーム……!? しかもこの直線上に? さ、最悪だ」
「サンドウォーム!? あの大きなミミズさんのこと!?」
「ミミズさんなんてカワイイもんじゃねえって! 回避するぞ!」
「ダメだ! ここでコースを変えたら間に合わない! セブンス・ソニックは直線でしかはっきできないから、コースを変えるのに曲がったり原則したら……」
「なんだよ!? もっかいセブンス・ソニックすりゃ……」
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