第18話

 そこまで言ったところでライドはドラゴが言わんとしていることがわかってしまった。


「……お前」


「うん。一回ギアを落としたら……次、また「7」に戻す力ないんだ」


 思わずライドは振り返り、ヴィヲンの様子を見た。


 ヴィヲンはズブロッカから預かったときよりも、疲弊し苦しんでいる。


 小さな身体をぶるぶると震わせ、放っておけば死が近いことは火を見るよりも明らかであった。



「くっそ! わかったよあほぅが! このまま正面突破だって! 例え正面にクッソデカいサンドウォームがいたとしてもなあ!」


「頼りにしてるからね、ライド!」


「勝手いうぜ!」


 ライドは前傾姿勢で腰を落とし、細かな操縦調整が出来るように構えると、サンドウォームに向かった。



「ヴァアババアアアア!」


 セブンス・ソニックの加速化にあるドラゴは微かに目視したサンドウォームに、ほんの十数秒で100メートル前にまで辿り着き、サンドウォームの雄叫びを耳に残す。


「行くぞォオオ! ドラゴォオオ!」


「ウォオオオオオオ!」


「な、なんだぁ!? すごいスピードでなにかくるじゃないの!」


 ガガガが目で追えないほどのスピードで直線的にこちらへ向かってくるドラゴの姿に驚愕の声を上げる。


「ちょ……っ! 音を出してはいけない!」


「あ……っ!?」


「馬鹿だねぇ!」


 リンドウのイナズマスロットを浴びたサンドウォームは、数秒間動きを止めさらにリンドウを追った。


 だが、リンドウのもつイナズマスロットは計3発。残る2発を有効的に使用し、なんとか窮地を脱したのだ。


 しかし窮地を脱したのは、リンドウと先頭を行くビーでありカボッタの言ったように、位置を悟られるのを恐れたパブとガガガ、それにカボッタはその場で静止したまま言葉を発さずここから脱出する案を練っていたところだった。


 そこへ、ドラゴが現れたのでガガガが思わず喋ってしまった……というわけだ。


「バババラァアァアア!」


 当然、サンドウォームは反応した。


 リンドウの居所を失い、様子を伺っていたサンドウォームはガガガたちの会話の声に、過敏に反応すると、正確に彼らの元へと向かったのだ。


「キ、キタアアアア!!」


 たまらず走り出す三体。


 いち早くガガガのミスに気付いたカボッタが、真っ先に駆け先頭に立つ。

「悪いけど、こんなところで巻き添えなんてごめんなんでねぇ!」


 ひゅうっ、と口笛を吹いたカボッタの目の前に突然巨大ななにかが現れパブの足を止めた。


「な、サンドウォーム……!?」


 パブの目の前に現れたのは、たった今後ろから襲ってきているはずのサンドウォーム。地中を潜って出現したのかと思い、慌てて後ろに方向を変えた。


「いっ!?」


 目の前にサンドウォームの涎を垂らした凶悪な口が迫っていた。


「なんでっ!?」


 涙目で叫ぶパブに真っ直ぐと襲い掛かるサンドウォーム。そのパブの姿をなすすべなく見詰めるしかできないガガガがいた。



――逃げられない。



 ガガガとパブが恐らく同時に思っただろう瞬間だった。


 パブは意外な行動を取ったのだ。



 トレードガンを構え、撃ったのである。


 サンドウォームにではなく、ガガガに。

「へっ??」


 トレードガンは自分よりも順位の低い相手を、弾丸を命中させることで位置を入れ替えるアイテム。当初、役に立たないと思っていたパブだったが、このピンチに《仲間を撃つ》という手段で最も有効に使用したといえる。


 あくまでも自衛の手段として。



 パブがトレードガンを撃った瞬間、パブとガガガの視界は逆転しガガガの目の前には口を大きく開けて迫るサンドウォームの姿があった。


 ガガガの目には、「自分は助かった。最善の一手によって死から免れたのだ」という自信と安堵に満ちたパブの表情が目に焼き付いた。



――これが最後の映像になるとは。


 瞬時に襲う憎悪の感情に染まりながら、ガガガは迫りくる死に覚悟した。



「わああああああ! こっちだあああああ!」



「!?」


 びくん、と身をよじってサンドウォームはドラゴの叫び声に反応した。それもそのはずだ。この周囲でもっとも大きく、澄んだ声。


 音で生きているものを探るサンドウォームが反応しない訳が無かった。


「うおおおおおお!!」


 ダメ押しの一声。サンドウォームはガガガの寸前で身体を翻し、ドラゴの方角へと体を捻る。

 間違いなくドラゴと正面衝突する線上に、サンドウォームが迫る。


 ドラゴが先ほど言っていたように、ここでトップスピードを解除すれば回復ポイントには間に合わなくなる。


 だがもしここで解除したとしてもサンドウォームから逃れられるとは思えない。



 彼にとっても最も最善だったのは、“ガガガたちが襲われている隙にその場を突破する”という策。


 なのに、ドラゴはわざわざ大声を出すことで注意をこっちに逸らしたのだ。



「ドラゴ! 自信あるんだろうなって!? サンドウォームをこっちに向かせておいて」


 ライドがドラゴのスピードに耐えながら、苦しそうに尋ねた。


「うん、大丈夫! 多分!」


「だから多分はやめろって!」


 ドラゴには勝算があった。本戦開始の前日夜。ライドに言われてひたすら練習した【それ】である。


「まあいいや、とにかくやってやれ! 失敗はそのまま死んじまうってのと同じ意味だからな!」


「わかってる!」


 サンドウォームは正確にドラゴの元へ襲い掛かり、激突すると思った瞬間だった。


「ブバヴェエエ!」

 サンドウォームは、砂漠に飛び込みドラゴを飲み込んだ。


 パブとガガガにはそのように見えたのだ。


「ガガガ! なにをしているんだい、今の内に行くよ!」


 唖然とそれを見ていたガガガを叩き、パブがこの場から離れることを促すが、ガガガは憎悪に燃えた瞳でパブを睨みつけると、無言で飛んだ。


 地上を走ればまたサンドウォームに気付かれると思い、飛行して進むことを決めたのだ。


 それに倣ってパブも空中を走るが、ガガガの態度に辟易しやや遅れた距離を保っている。



(くそ、あのままサンドウォームに喰われておけばよかったのに。屈辱的な目で僕を見やがって! ……まぁいいさ。あのドラゴンが代わりに喰われたのなら良しとしよう)


「ま、待ってくれよぉ~ガガガ~」



 そんな二体の間を音よりも早くドラゴが追い抜いた。


「く、喰われてなかったのか!? 馬鹿な!」


 信じられない光景に、パブは目を疑った。完全にサンドウォームに飲み込まれたと思ったはずのドラゴが生きて自分たちを追い抜いたのである。


(そんな……まさか喰われずにサンドウォームをかいくぐったというのか! いや、それならば僕たちをすでに追い抜いてもっと先にいなければおかしい。そうではなく“今”追い抜いたということは、そうではなく……なんらかの方法でサンドウォームを回避したということか! ……ぐう、奴も生きているのなら、僕にはデメリットしかないじゃないか! アイテムも一回使い、ガガガに憎まれ、ドラゴも生きている!)


「くそ……!」

 パブは悔しさに唇を噛み、血を滲ませた。



 一方、パブらを追い抜いたドラゴの背で、ライドは嬉しそうに笑いドラゴを称えていた。


「やったなぁドラゴって! お前すげーぞ!」


「し、死ぬかと思った……」


「いや、ありゃあ死んでたな! お前は一度死んだよ!」


 ライドはバンバンと背を叩く。



 サンドウォームと衝突する寸前、ドラゴはトップスピードを維持したまま真上へと軌道を変えたのだ。


 そして、空中で大きな円を描き正面へと軌道を戻した。



 そう、『旋回』である。


 スピードを落とさず、且つコースも変えない。最善の策がそれであった。そして、それを提案したのがドラゴ本人。


 獲物を捕らえたと確信したサンドウォームは、ドラゴの行方を見失い何度か潜ったり出てきたりを繰り返しているのに構わずポイントを目指した。


「旋回の訓練ばっかりしとけって言われた時はなんでかなって思ったけど……」


「お前は飛べねぇけど、旋回の練習はその辺に木や壁がありゃできるからな。それにスピードを殺さず動きをつけられるのは旋回しかねぇって。まさか使うタイミングがくるとは思ってなかったけどなって」


 ふぅ、と息を吐きながらライドは言った。

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