第19話

 猛スピードで頭上を抜いてゆくドラゴの姿を見送りながら、カボッタは走りながら煙草を咥え、火をつけると煙を吐いた。


「やれやれ、これでちょっとは順位を詰められると思ったが……甘くないねぇ。折角、使用回数3も消費してサンドウォームの偽物作ったのに、無駄になったかなこりゃ」


 そう呟きながらカボッタは、使用回数の残数が2になったスチームプリンタを見詰めた。




~ビー・リンドウ~


 一位先頭をひた走るビーとリンドウの距離は相応に離れている。


 ビーはリンドウのピンチに助言をし、無事を見守りながら足を止めなかった。


 一方でリンドウは、ビーに対し発動させようと目論んでいたイナズマスロットをサンドウォーム相手に全弾使い果たしてしまった。


 そのおかげで今もなんとか五体満足でレースを継続できているものの、離れてしまったビーとの距離と、ビーに助けられたという気負いにも似た感情がリンドウを襲う。


 互いに距離を詰め会話をするつもりなど無いが、どこか二体の中で奇妙な空気が流れていたのだ。



「まもなく……日没か。二日目が終わるな」


 ビーが呟く砂漠の果てに見える沈む太陽。僅かな橙の光を残し、そらは闇に包まれようとしていた。


 ほんの数百メートル先にβコースの終着点がある。そこへもおそらく数分で辿り着くだろう。


「なんとか今日中のβ攻略は叶いそうだ。順調というべきか、な」

 丁度ビーが回復ポイントを横切り、日没後にゆっくりと体を休めるつもりなので無関係だと、βコースの終着点を目の前にして、ほんの少し……本当にごくわずかな時の隙間。


 ビーが気を緩ませた時だった。



「……なんだッ!?」


 突然背後からの強烈なプレッシャーを感じたのだ。


 誤解なきよう明記しておくが、ビーには遠くのものを感じ取れる特殊な能力があるわけではない。


 ただ、その迫りくるプレッシャーはこれまで数々のレースや勝負、修羅場を潜り抜けてきたフェンリル属の誇りと経験が知らせた。


 忠告でも、予感でもない、それは明らかに【警告】にちかいほどの威圧感。


 狂っていると感じるほどの純粋な想い。それは狂気と言い換えてもいいだろう。


 ともかくとして、そんな強烈なプレッシャーにビーは振り返った。



 ビーの瞳に映ったのは、見たことも無い速度でこちらへ迫ってくるドラゴ。ビーは目を疑った。


「ドラゴ……!? なぜここに!」


 なぜここに、は正しい言葉ではない。正しくは「なぜこんなにも速く追いついた!?」だ。


 そんな言葉を誤らせるほど、ビーには衝撃的な絵であった。


「オオオオオ!」

 鬼気迫る雄叫びを上げ、迫ってくるドラゴにビーはたまらず自らの速度も上げる。


 だが走り続けているビーも、流石に日没間近ともなると全力で走るのには無理があった。当然、次の瞬間、ビーの脳裏に過ったのは「抜かれる」という直感。


 それはビーの精神的な敗北をも意味した。


――が。



 必死で速度を上げるビーの背後から、ドラゴのプレッシャーが突然途絶えたのだ。余りにも急に無くなったそれに、ビーが振り返るとドラゴは回復ポイントに降りてしまった。


「……は?」


 抜かれてしまうという危機感が思わぬところで拍子抜けしてしまった。ドラゴは明らかに一位を狙っているような迫力だったからだ。


 それに、ビーは解っていた。


 あれだけのスピードを出せるということは、あれこそがドラゴの切り札なのだと。その切り札を見せてまで後続集団からここまでやってきたということは、このまま先頭を守ったままトップで最終日まで乗り切ろうとしているのではないかと。


 だがその予想が外れたのだ。しかも、回復ポイント……。


 体力回復より別の理由があってあそこを目指していたのは想像に難しくない。


 それでもビーは戦慄していた。もし、最終局面であれを出されたら……自分はどうするだろうか。とても太刀打ちできそうにない。



「切り札は、使いどころ……か」


 ビーの独り言が余韻を引く中、2日目が終了した。

■ゴッデスカップ本選 三日目 Θ地点~




『さあ~やってまいりました! ゴッデスカップ三日目! 波乱はここからですよぉ~! 二日目までの順位はこちら! 一位通過はフェンリル属ビー! 二位通過はグリフォン属のリンドウ! そして三位通過は……おお~~っと! まさかのドラゴン属ドラゴ!!

 フレイムリバーで6位まで転落し、二日目内での上位浮上は絶望視されていたドラゴがここで三位入賞ぉ~! そして四位からヴィヲン、カボッタ、ガガガ、パブ、ズブロッカ、ジャック、アンダークとなっております!』


『ヒェア、これはわからなくなってきたねぇ……! で、ルチャド、三日目にはサプライズがあるって言ってたよな?』


『はい! 三日目にはアッと驚くサプライズ! ……しかしぃ、ただのサプライズじゃないですよ?』


『勿体ぶるねぇ』


『さぁ! 張り切っていきましょう! 三日目、レーススタートです!』



 コロッセオと特別レース放送に響き渡る実況ルチャドの宣言で、ヴィラゴシスは沸いた。五日間ある大レースの丁度中間。最もレースが盛り上がると思われるのがこの日であるからだ。


 もちろん、レースの展開によっては四日目、五日目が最も盛り上がる可能性はありうる。


 だがそれはこの現状のままでレースが展開した場合だ。その場合ならば上位三位や、中間集団などからの下剋上的展開は充分にありえる。


 だがこの三日目である程度の順位図式が出来上がってしまった場合。


 四日目以降の展開が決まってしまう。

 もちろん、これは四日目のコースの仕組みや脱落するプレイヤーによっても変わるだろう。パールデザートに現れたサンドウォームのように、大きな障害があったばあいはその全てではないが、少なくとも中間集団と先頭集団には決定的な差が生まれるのが予想された。


 決定的な差が出来る……ということは、上位が絞られ優勝者がより予測しやすくもなる。こうなってくると決まったレース展開になるというわけだ。


 そのため、本戦開催前からこの三日目はもっとも重要視されていた。


 そして公式運営からの『サプライズがある』というアナウンス。公式が正式に【三日目になにかある】と宣言している中、今日の期待は高まる。


 ゴッデスカップを見守る全ての者たち、そしてゴッデスカップ本選で戦っているキメラ達は誰しもが『三日目はなにが起こってもおかしくない』と感じていた。




 その不穏と期待が飽和したような会場を眺めているグラント王の背後、ターロ姫は呆れた顔をして呟いた。


「……サプライズ? どうせペガサスとフェニックスがエントリーするに決まってんじゃんですわ。大方の予想が出来ることはサプライズだなんて言わなくて?」



「聞こえているぞ? ターロ。ふふん、だがお前の言っていることはもっともだ。このサプライズには私も大きく関わっている……なんといっても私のアイディアだからな」


「アイディア? グラント王が関わっている……?」


 ターロ姫は嫌な予感がした。この男がアイディアを出し、それを基に起こるサプライズであれば、彼女が予想したものとは大きくかけ離れるかもしれないからだ。


「まぁ、見ておきたまえよ。観客、プレイヤー、これに関わる全ての者たちをひっくり返らせてやろう」

 グラント王の不敵な笑みに、彼自身が言ったようなとんでもないことが起こる予感を感じたターロ姫の中で、どろりと予感は不安に姿を変貌させた。




~ドラゴ・ヴィヲン、三日目レース開始前 -回復ポイント宿-~


 暗闇の中で走る光の線。


 細く走った線は楕円となり、やがて視界を開いた。


 これはヴィヲンの視界である。彼が目を覚ませるのをドラゴとライドが覗き込んでいる。


「チチ?」


 不思議そうな顔でドラゴとライドを交互に見たヴィヲンは、どうやら状況が飲み込めていないらしかった。


「あ! 目が覚めたんだね! ……よかったぁ、怪我もないみたいだしもう大丈夫みたいだね!」


「……ふん」


 ドラゴがヴィヲンの無事に喜ぶのとは対照的に、悪態をついて見せるライド。だが表情はどこか優しい。どうやら【自分はどうでもよかった】という見栄を張りたいだけのようだ。


「チチ!」


 キメラの言葉を理解できるが、話すことが出来ないヴィヲンは少し戸惑いながらも素直に喜び、ドラゴに感謝の素振りを見せた。


「いいんだよ、いいんだよ~! 困った時はお互い様だろぅ? いくらライバルって言っても……さ」

 ドラゴの肩に駆け昇り、頬をぺろぺろと舐めるヴィヲンはドラゴになついているようだ。


「……お前はそいつと話せるのかって」


「ううん。キメラの中でも言語型と振動型の二つの言語感覚があるから……。言語型と振動型は基本的に会話は成立しないんだ。中には特殊なキメラも居て、ほらベヒモス属のズブロッカくんなんかは両方持ってるからヴィヲンは彼とは話せる。僕は言語型だけで、ヴィヲンも振動型のみだから僕の言っていることは解っても僕に言葉を伝えることは出来ないんだ」


「へぇ、面倒なのなって」


「そうかな。僕たちキメラからすれば文明人の方が面倒に思うよ。沢山の言語があるし、それに比べたらキメラは言語型と振動型のたった二種類だ」


「ふぅん」


 ドラゴとライドがキメラの言語について話していると、ヴィヲンがライドの顔をじっと見ているのにドラゴが気付いた。


「はは、ヴィヲンがライドを見ているよ。強がってないで肩に乗せてあげなよ」


 ドラゴの言葉に、びくんと跳ね上がるように反応したライドは驚いた目でヴィヲンに向いた。


「な……」


「チチ?」


 ライドはヴィヲンと見つめ合いながら、口を開けたままにしている。その絵の不思議さにドラゴは思わず彼らを交互に見る。


「ど、どうしたんだよぅ?! なにかボク悪い事いったかなぁ!?」


 それを自分のせいだと誤解したドラゴが動揺するが、ライドはそれに構わなかった。

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