第20話
ヴィヲンはライドを見詰め、「チチチ」と再び発する。それになにかを確信したライドはヴィヲンに顔を近づけると言った。
「お前……“俺が見える”のか?」
「チ」
ドラゴはなにか聞き間違いをしたのかと、ライドの言ったことに「え? なにが?」ともう一度言ってくれるように促すが、ライドはそれに答えなかった。
『まもなく三日目のレースを開始するニャ。プレイヤーキメラたちはそれぞれ開始位置で準部するニャス!』
ミュウが広角スピーカーでキメラ達に告げる。そのアナウンスを聞いたライドは、立ち上がるとヴィヲンを見ずに言い放つ。
「回復したんなら俺達の役目は終わりだ。ここからは別行動だぜ」
「え?! ちょっと待ってライド、まだ回復したばっかりだし、小さいし……途中までは一緒に……」
「あほぅか! こいつを面倒見た時にも言ったがこんな身なりでもこいつはプレイヤー! 俺達にとっての敵だ! お前の「命を救いたい」っていう信念に付き合ってやったんだ。今度は俺の言うことを聞きやがれって!」
「で、でも……」
「それ以上文句があるってんなら、コンビはここで解消すっからって」
「え……」
ライドの非情な一言にドラゴは言葉を失くした。
「ドラゴ。俺は単純にお前の能力を信じてるんだって。他の奴の事なんざどうでもいい。それでもお前の気持ちを汲んでそいつをここまで連れてきてやった。こっちの切り札まで出してだぜ? まだ三日目なのにそこまでして連れてきてやった。これだけのことをしてやってまだそいつの面倒を見るっていうんならレースなんてやめだって」
「……そうだね。うん、そうだ。ライドの言う通りにするよ」
ドラゴは反論しなかった。ライドの言う通り、これ以上のわがままは自分が悪いと思ったのだ。
それにヴィヲンの体調は回復している。これ以上一緒にいてやる意味はないのかもしれない、と思った。
「そういうわけなんだ……ごめんね。ここからは別で行こう」
ヴィヲンに話し掛けるドラゴに、ヴィヲンは彼の爪を舐めながら感謝を示す。
「ううん、ありがとう。君のおかげでもう一度僕たちは先頭集団に戻ることができたんだ」
『準備はできたかニャ!? じゃあ、三日目のレース始めるニャァア!』
ライドが背に乗るのを確認したドラゴは、ゴーグルをしっかりと固定すると飛び出すための構えを取る。
『セット! レディー……ゴー!』
スタートの狼煙と共にドラゴは飛び出す。岩と砂、それに少しの緑に囲まれた回復ポイントから飛び出した彼らの目に映ったのは、遥か前方を走るビーとそれよりも近くを飛ぶリンドウの姿。
その二体を見て、ドラゴは改めて自分が先頭集団に帰ってきたのだと自覚する。
「遠い……でも、届かなくない!」
「ああ! 三日目は要だぜ! ここでトップに立てるかどうかで残る二日が決まると言っても過言じゃねーって!」
「うん!」
ライドはギアを「4」まで引き上げた。普段の飛行速度が「2」~「3」であるからかなりペースを上げていると言える。
「ぶっちぎるぞ! ドラゴ!」
「うんっ!」
瞬く間に小さくなってゆくドラゴの背をヴィヲンが眺めていた。
「……チチ」
~10位アンダーク、9位ジャック~
アンダークとジャックは、丁度パールデザートを通過しているところだった。
ゆっくりと飛ぶアンダークの前で、ふらふらと頼りなく飛ぶジャック。初日の序盤にはトップをキープしたジャックが9位に転落し、そのままなのはある理由があった。
「あ、ああ……もう……やめてくれぇ……」
リンドウの息子である彼は、リンドウと同じようにがっちりとした体躯をし、筋肉と脂肪が理想的なバランスを保っていた。
見るからに血色もよく、活発な印象を週に振りまいていたジャックの姿はそこにはない。
あるのはげっそりとやつれ、肋骨や関節の骨が浮き上がるほどやせ細ったジャック。
個体ごとにフォルムの違うキメラでなければ、彼がジャックだとわからないほどに初日から変わり果ててしまっていた。
「……」
ジャックの後ろについて飛ぶアンダークの身体からは不気味なオーラが漂っており、一本、ホースほどの太さのオーラの紐がジャックに纏わりついている。
ジャックからオーラが供給されているように、その線からオーラがアンダークに流れてゆくごとにジャックの飛行が不安定になってゆく。
「これ以上吸われたら死んじまうよぉ……うう、オヤジ……助けてくれぇ……」
「……」
アンダークはジャックの言う言葉に一切反応もしなければ言葉を発することも無い。
ただ、初日の姿から変わってしまったのはジャックだけではなかった。
アンダークの姿も変貌していたのだ。
……いや、姿そのものはなにも変化していない。変わっているのは、その【大きさ】である。
アンダークの身体は、初日のときに比べ1.5倍は巨大になっていたのだ。
ジャックと彼の構図を見るに、どうやらジャックの生命エネルギーを吸い取り、巨大化しているように見える。
「も、もう……だめ……だ」
ホースのように伸びていたオーラの紐が、ジャックの元からぷっつりと切れ、ジャックはその場から墜落してしまった。
「……」
落ちてゆくジャックを見ることもせず、アンダークは無反応のまま飛び進む。
――ジャックは、初日のトップから転落した際にリンドウに諭され、一度後続集団でほかのキメラ達を観察しようとした。
序盤に飛ばしすぎたせいでスタミナが切れ、初日のトップへの返り咲きは難しいと判断した彼は、思い切って言われた通りにしてみようと考えたのだ。
最後尾を目指そうとするも、全く最後尾にいるはずのアンダークはいない。不審に思いながら初日が終わり、そして二日目。
フレイムリバーに差し掛かり、やはり考え直しトップ集団を目指そうとした矢先であった。
細いオーラの矢が、前を走るズブロッカとヴィヲンの元へと飛んで行ったのだ。そしてその矢は、ヴィヲンに刺さりズブロッカの背の上に居たヴィヲンはすぐに倒れ込んでしまった。
ズブロッカを狙った矢が偶然背に乗っていたヴィヲンに刺さったのだと思われる。
不可解な現象を目の当たりにしたジャックは、なにごとかと背後を振り返った。
「……」
「なっ!?」
ジャックが全く気付かないほど気配を無くしたアンダークがそこに居た。そして、オーラの矢を……。
矢を刺され、生命力を吸われ始めたジャックはアンダークに逆らうことが出来なくなっていた。
会話することはできないが、直接オーラで繋がっているためか彼の望んでいることだけは理解することが出来た。
『進め。このまま誰も追い抜かずに進め』
そして奪われ続ける生命力が尽き、ここで果てたというわけなのである。
ジャックが砂漠に墜落し、砂の波紋が起こった。そして、それをキッカケにして砂漠に振動が走る。
「ブッバァアアララァアア!」
サンドウォームのワイドゥーが、ジャックが落ちた振動に反応しアンダークの目の前に現れた。
巨大なサンドウォームを前に、アンダークは黙って見つめ続けると、微かに口元を歪める。
「……」
彼のコウモリのような翼をわざとバサバサとやかましく羽ばたかせると、その音に反応したサンドウォームがアンダークに襲い掛かる。
そして、襲い掛かるサンドウォームの喉元に、オーラの矢が刺さった。
「ヴォヴォ……!?」
~一位・ビー、二位・リンドウ~
先頭を走っていたビーはΘ地点へ差し掛かるところだった。
徐々に見えてきたΘ地点の目印である【∞】の形をした入口の谷。左側の○には『Δ1』、右側の○には『Δ2』と記されてある。
そして、それぞれ赤と白の装飾がなされてあった。
「赤が地上……白が空ってことだろうな。おそらくそれだけではないだろうが……」
立ち止まっている余裕はない。ビーは迷わずに黄色の『Δ2』へと向かった。
Δ2の入口が近づくにつれ、ビーは不思議な数字を目にする。∞の中心、クロスした部分に電子表示で【6】と表示されたいたのだ。
「6……? なんだあれは。なんの数字だ」
不審に思いつつもビーは、Δ2の入口を通過。
ビーが通過したのと同時に、【6】の数字が【5】になったことを彼は知る由もなかった。
ビーとやや離れた後方でリンドウはビーの挙動を見ていた。その上でΔ1、Δ2、ビーがどちらを選ぶかで自分がどちらで進むのかの材料にするためだ。
当然、リンドウはビーがΔ2に入っていくのを見た。
「んん……、クソ! どっちする!? 同じ道に行って奴と一騎打ちするか、それとも別の道で差をつけるか……」
一騎打ちと差をつける……一見、悩むようなことでないと思いがちだが、リンドウの想いは違った。
一騎打ちとは、つまりビーが見える位置にいるということ。彼の走りを見た上で競うという道だ。
一方の差をつけるとはどういうことだろう。ビーとは違う道で、ビーがどの程度のスピードを出しているのか分からない状態で飛ばなければならないということ。ビーが安定したスピードでこなすならば、全速を出し続けることで合流地点で順位を逆転できるであろう。
だが、ビーがトップスピードを維持したままならばどうだろう。恐らく簡単に順位は逆転できない。
要は阻止する道をゆくか、阻止できない道をゆくか、の二択であった。
「くっそぉ! どっちだ! 普通に考えりゃ阻止するほうがいいに決まってる! だがもし奴の道が地上だったらどうする?! 空と地上が同じ条件ならまだいい、だが異なる条件だった場合はどうだ!? それに……」
リンドウの脳裏にパールデザートのサンドウォームが浮かぶ。その途端に顔色が悪くなった。
「次あんな奴が現れたら……」
アイテムは使い果たしてしまった。抗う術はない。
あの時はビーが助言をくれたからいいものの、それをあてになど出来ない。そもそもビーは助言しただけで、助けてくれるためになにかをしたわけではないのだ。
――そうなると自分の力しかない!
リンドウは決めた。
勝利を渇望し、求めるのならばやはり奴とは違う道をゆくべきだと決めたのだ。
「オオッ!」
リンドウは、決意すると真っ直ぐΔ1の入口をくぐった。
~ドラゴ~
「ドラゴ! あのグリフォンのやつ右っかわに行ったな!」
「うん! 僕も見た!」
「あいつがあっちを選んだってことは多分フェンリルは逆……左の方に行ったと思うべきか」
ライドの推測にドラゴは「え、なんで?!」と純粋な質問を投げる。
「あほぅ! 俺がリンドウならそうするからだよって!」
「ええ~勘!?」
「おうおうバカにすんじゃねーぞドラゴ! 俺らレースに生きる奴らはな~最終的に自分の勘こそ最も信用すんだよ。極限にならなきゃ働かない勘だってあんだって! 聞くが今お前は普通の状態かよ」
ライドの意地悪な質問にドラゴは、「極限さ!」と叫んだ。
「上等ォ……! だったら俺の勘を信じろって!」
「わかった!」
「よォし、白をいっけェエエエ!」
ギアが【5】に上がる。ギアが上がったことと、赤を選んだことでドラゴは直感でライドの狙いが理解できた。
――確実にトップを獲りに行く……ッ! と。
~中間集団 カボッタ・パブ・ガガガ・ヴィヲン~
まずΘ地点である∞の谷を目で確認したのはカボッタだった。サンドウォームに阻まれたせいで、3位のドラゴたちとはかなりの差が空いてしまった。
すぐそばにはパブとガガガも迫ってきているが、4位のカボッタはマイペースだった。
初日から今までマイペースさを貫いてきたカボッタは、今更パブやガガガに抜かれることに関しては特になにも感じていなかったが、ただひとつヴィヲンがこの集団にいることが気に食わなかった。
「困るねぇ……。小動物が迷い込んじまったみたいだ。ここまで気まぐれなドラゴンに運んできてもらったみたいだけど、そういうのってフェアじゃないと思うんだよねぇ」
「チチ?」
ドラゴに回復ポイントまで運ばれたせいで、三日目スタート当初ヴィヲンは四位であったのだ。
身体の小ささから、すぐに後続の彼らに追いつかれてしまったものの現時点では同じ中間集団の中にいた。
「チィッ!」
カボッタの八本脚の一番最後の右後ろ脚がすぐ後ろをついてきていたヴィヲンを蹴り飛ばし、ヴィヲンは高く空中を舞った。
「あーだよねぇ。そんだけ小さけりゃこっちが走ってるだけでもそうやってぶつかっちゃうよねぇ。あーまいったまいった」
そう言いながらカボッタは煙草を咥え、笑った。
蹴り飛ばされたヴィヲンが地上に降り立とうと、宙返りをしたところで今度はパブの角にぶつかり、ヴィヲンの血が舞う。
「えっ?! なんだい今のは?? なにか当たったようだけど」
そう言って地面に落ちたものがヴィヲンだと分かると、パブは大きく息を吐いた。
「なんだ……。なにに当たったのかと思えばただのペット君か。僕の芸術品レベルの角に汚い血が付いたじゃないかぁ……。まぁ、事故だと思って仕方ないと思っておくよ」
怪我を負い、地面に横たわるヴィヲンの横をガガガが通り「ツイてないんじゃないの。お前」と一言だけかけて通り過ぎて行った。
「チ……チチ……」
よろよろと立ち上がり、ヴィヲンはそれでも前に進もうとするも前足を怪我したらしく上手く走れない。
「チー……チー……!」
切ない鳴き声を上げ、ヴィヲンは遠のいてゆくパブたちを見詰めた。
彼がこの時、何を想ったのかはわからない。だが、この大レースにカーバンクルが出るというのはこういうことなのだ。
ちなみに今レースは、プレイヤー同士を妨害し合うのは認められている。物理的な攻撃や妨害を認められているものの、やはり最終的にはスピードが求められてきたキメラダービーでは、こういった妨害に出るケースは意外に少ないのだ。
だからヴィヲンに行った攻撃は違反ではない。
それを知っているからこそ、カボッタやパブたちはヴィヲンにこのような仕打ちを行ったのだ。
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