第21話
「う~~なんだぁあ~~ヴィヲンじゃないかああ~~」
間延びしたゆっくりとした口調に聞き覚えのあるこの声は、ズブロッカのものであった。サンドウォームに阻まれていたカボッタらはここに辿り着くまでに、また巨大キメラに襲われるのではないかと注意を払いやってきた。
その注意力は普段の走行速度を落とし、8位を行っていたズブロッカの追随をここまで許してしまったのである。
「チ……チ……」
怪我を負い弱ったヴィヲンを見たズブロッカは、その姿に狼狽えヴィヲンに近寄った。
「わああ~~~! ヴィヲン~~どうしたんだぁあ~~! ドラゴンと一緒にいたんじゃなかったの~~か~~あ~」
「チチ……チチ……」
今大会で唯一ヴィヲンと会話の出来るズブロッカはヴィヲンの話を聞き、憤った。まだ尻が見えるカボッタらに対し、強烈な敵意を抱いた。
「なんて奴らだぁああ~~! ぐぅうう~~……わての足じゃあ追いつけないぃい~~ヴィヲンを置いて行けないのにぃい~~!」
カボッタらに報復してやりたいと願うズブロッカだったが、それをする手段がない。ふぅふぅ、とか弱い呼吸をしているヴィヲンを見ながら奴らを野放しにするしかない自分を憂いた。
「うう~~! 許せない……許せないぞお~~! くっそぉお~~!」
「チ……チチ」
ヴィヲンがなにかを話すと、ズブロッカは首元に下げたアイテムを見る。
「うん? これぇ~~? ああ、アイテムだよぉお~~、なにに使うかわからない…………ああ~~!」
ズブロッカはカボッタたちに向けてアイテムを向け、“フェニックスポッド”を向けるとスイッチを押した。
「…………なんだあ、攻撃アイテムじゃないのかあ~~。結局ぅう~~なんのアイテムかわかんなかったなああ~~」
Θ地点に近づいてきたカボッタたちは、ドラゴに遅れて【∞のゲート】まで辿り着いた。カボッタは煙草の煙をくゆらせながら、ははは、と笑う。
「まいったね、どーも。赤と白だけしか書いてないなんて不親切極まりないうえに、……なんだね、この中央の数字は」
「【3】? どういう意味かな。赤か白でいうのなら、赤の方がモテそうだ。なあ、君もそう思うだろう、ガガガ」
パブの質問に無言を貫くガガガは、パブの顔を見ることもしない。
「やれやれ……、まだ昨日の事を気にしているのかい? 君も強情だね、もうあんなことはしないと言ってるじゃないか。それよりもチームプレイを大事にだね……」
「おたくとはチーム解消するじゃないの。チームってのは信用第一じゃないの」
パブの話している最中に被せてくるようにガガガは言った。明らかに怒気を孕んだ口調である。
「信用しているさ! あの時、僕は僕で策があったのさ、ドラゴが来なくたって君は助かっていたさ? どんな作戦だったか教えてあげよう」
ガガガは「もういい」と一言言うと、ゲートに向かってゆく。
「おいおいスタンドプレーはいただけないねぇ、こういうのは相談してから入るものだぜ?」
カボッタが煙を吐きかけるようにガガガに呼びかける。この男は、口を開く度にその性根の悪さがぼろぼろとこぼれてくるようだ。
「そもそもあの数字がなんなのか分かってない状態で、よくなんも考えずに入ろうと思うねぇ。もうちょっとさぁ、慎重にいこうや」
「わからないけどゴールにたどり着くにはどっちにせよここを通らなきゃいけないんじゃないの。おたく、いちいち絡んでくるけどボクとは関係ないじゃないの」
ひゅー、と口笛のような音を口元から漏らすとカボッタは前足を広げ、首をかしげる。
「それが生憎にもオオアリなんだよねぇ。この数字は【3】、そんでもって俺達も3体。……まぁ、あそこにいるノロマ君がきたら4になるけど、これを偶然の一致だととるかね」
「待ってくれたまえよ。単純にあれは、『三体ゲートをくぐった』という意味じゃないのかな? ビーとリンドウ、ドラゴがここを抜けて行った。だったら、誰かがくぐれば数が増えるだけ……」
「それならわざわざカウントする意味ないんじゃないの。大体先に進んだ数を知ったからってなんの材料にもならないし、それならせめて赤と白どちらにもカウントがついているべきじゃないの? これだから天馬種は……」
カボッタとパブがほぼ同時に「なにか言ったか」と尖った言葉を投げるが、ガガガはとにかく無視を決め込む。
「どちらにせよ、ボクは入っちゃうじゃないの。ここでおたくらと話し込んでいたって時間の無駄じゃないの」
ガガガ、出来るだけ関わりたくないと言ったようにゲートに向かったその時だった。
「おい、ありゃなんだ!」
カボッタが騒ぎ立てパブが叫んでいるが、ガガガは自分の興味を引かせようとしているのだと、反応せずにゲートへ向かう。だがそれはすぐに謝りだと気付いた。
「な、なんじゃないの!?」
真っ赤な光が辺りを照らし、ガガガの正面に影を作る。
突然の赤の閃光に驚いたガガガが振り返ると、巨大な黒い影が赤い閃光を放ちながらこちらへ向かってくるではないか。
「は?! あれは……」
パブとカボッタは叫んだ。そこに現れたモノが、自分たちの知っている『ソレ』ではなかったからだ。
『ソレ』とは……
「アンダーク!!」
そう、ガーゴイルのアンダークである。アンダークは、彼らが知っている姿ではあったが、余りにも巨大化しすぎていて何者か分からなかった。
しかも、身体中がひび割れており、至る所から赤い光を放っている。
「な、なにが起こってるんじゃないの!?」
彼らの中で最もゲートに近い場にいたガガガが叫んだ直後、アンダークのひび割れた身体がボロボロと剥がれてゆき、姿そのものを変貌させてゆく。
「も……もしか……して」
赤い光を纏った炎の化身。その姿は誰でも知っている姿だった。
今レースに何故かエントリーされていない超有名キメラが二体、いることを文明人・キメラ含めて誰もが知っていた。
そして、それはどこかのタイミングで現れるであろう……とも。
「だけど、このタイミングとかありえないじゃないの!」
カボッタ、パブ、ガガガがその姿に釘づけになっている最中、レースプレイヤー全員に届くアナウンスが流れた。
『ゴッデスカップ本選プレイヤーに名称の変更があります。ゴッデスカップ本選プレイヤーに名称の変更があります。リザードマン種ガーゴイル属アンダーク、改め……フェニックス種フェニックス属ファンタ!』
「ケェエエーーー!」
アンダークの姿は巨大な炎の鳥になり、周囲を震わすような咆哮で登場したのだ。
「まずい! これだけ炎の強いフェニックスの近くにいると巻き添えを……」
カボッタがパブらに忠告している最中、フェニックスの翼がカボッタを焼いた。
「ぎゃあああああーーー!」
「ケェエエーー!」
カボッタは狂ったようにその場で踊り、彼を撫でたフェニックスは次にパブを狙って突進してくる。
「うわああっっ!」
パブの背後には∞ゲート。そんなパブの正面にフェニックスが襲ってくる。完全不可避の状態である。
「あああーー!」
咄嗟にパブは構え、同時にフェニックスがパブを飲み込む。
「パ……パブぅーー!」
ガガガが叫ぶが、他のキメラの心配をしている場合ではない。
「くそ! さっきボクを見殺しにしようとしたバチがあたったんじゃないの!」
ガガガは選んでいる余裕などなく、最も近い白のゲートをくぐった。
「ケェエエーーー!」
パブを襲った勢いのままでフェニックスは赤のゲートを行った。
「うう……くそぉ……パブとカボッタが殺されたぁ……うう、次はボクかも……こんなレース早く終わればいいんじゃないの!」
泣きべそをかきながらガガガは白の道を進む。
~赤・ビー~
ビーが選んだ赤の道は、崖に面した狭い道であった。幸い現段階ではこの道を選択したのはビーのみであったため、道を巡る攻防戦とは無関係であったが、ビーは警戒を怠らなかった。
「静か過ぎるな……。他に赤を選ばなかったか、だとすればラッキーだが……」
『ゴッデスカップ本選プレイヤーに名称の変更があります。ゴッデスカップ本選プレイヤーに名称の変更があります。リザードマン種ガーゴイル属アンダーク、改め……フェニックス種フェニックス属ファンタ!』
アナウンスは静けさに警戒しているビーにも届いた。そして、そのアナウンスを聞き、ビーは冷や汗を流しながら一人、納得したように少し笑む。
「なるほど……そういうことか。あとからエントリーするわけでなく、最初から俺達プレイヤーの中に紛れていたというわけか。だとすれば、赤と白……あれは」
そこまで考えたビーは、そこから先を考えるのをやめた。考えの結論が出る前に、それが現れたからである。
「『赤』は、フェニックスの赤というわけか! 『ワイルド・ホロウ』!」
ビーは奥歯をガリ、と噛み締めるとロケットのような加速を見せた。そして、彼が光を纏って残像を置き去りにした後ろに、フェニックスの姿が見える。
フェニックスは、先ほどのサンドウォームとは違い、コースの障害ではなくれっきとしたプレイヤーである。つまり、当然のことながらフェニックスに抜かれれば順位は入れ替わる。
「文明王グラント! 性根の悪いことをしてくれるじゃないか!」
ドラゴのセブンス・ソニックほどの速度ではないが、ビーの『ワイルド・ホロウ』は柔軟性のある走りが特徴である。
直線で、しかも準備(ギアを6まであげてから)を経ないと発動できないドラゴのセブンス・ソニックと違い、ビーのワイルド・ホロウは悪路に於いても対応が出来る。さらに柔軟な走行はその速度から残像を残すことも可能で、後続のプレイヤーを攪乱することも出来るのだ。
だが、弱点もあった。
「ぐぅ……もう来たか……!」
それは視界の悪さ。フェンリルの持つオーラは特殊で、走るために必要な部位に強く働くもののそれ以外の部分にはほぼ働かない。
そのため目や耳などの強度がワイルド・ホロウ中は弱まってしまう。性能そのものは強力であるが、五感を鈍化させるため諸刃の剣とも言える技なのである。
悪路でも発動できる反面、悪路であればあるほど発動している時のダメージが大きくなる。
ドラゴのようにゴーグルを装着するという手もあるが、肉眼がもっとも鮮明にものを視認できるため、ゴーグルのレンズですら煩わしい。そのためビーはゴーグルを嫌った。
そして、ワイルド・ホロウはその性質上、多用することはない。一瞬のものだという意図でこれまで使用してきた。
だが今は、フェニックスと一対一で追いかけっこをしている状況。短い発動ではたちまちあの炎に焼かれるであろう。
「耐えるしか……ないか!」
目と耳に掛かる負担のため、無意識に若干の速度が落ちる。耳は我慢出来ても目を我慢することは、至難の業であった。
「ぐ……まだまだ……まだまだ、だぁ!」
~白・ドラゴ、リンドウ、ガガガ~
「くっそぉ! やっぱりハズレだったかよ!」
リンドウが叫び、その声に反応した白く長い巨大な触手が彼を襲う。
「ドラゴ、右だ!」
「わあっ!」
リンドウとほぼ同じところを飛んでいたドラゴにも同様に触手が襲う。
間一髪、ライドの指示で会費することは出来たがすぐに二体のキメラに追撃の触手が襲った。
「リ、リンドウ! 正面!」
「ああ!? ぅおおっと!」
「お前はお前で後ろだよドラゴ!」
「わあっ!」
ここは白のコース。空のコースだとビーは予測していたが確かに地上ではない。地上ではないが、海と空のコースであった。
リンドウに続いてこのコースに入ったドラゴは、すぐにリンドウと共にこの巨大海洋キメラに襲われたのだ。
そのキメラとは、クラーケン種キャロルである。全長、100メートルを超すサンドウォームよりも巨大な海洋キメラは容赦なく二体を襲い続ける。
「おいドラゴ! アイツとは会話できねぇのかよ!」
ライドがしびれを切らしたように尋ねると、ドラゴは答えた。
「言語型は僕らみたいなサイズのキメラだけなんだよ! 僕たちがキメラって呼ばれているからついでに巨大な彼らもキメラって言われているけど、そもそもが違うんだ! 僕らは文明人に造られたけど、巨大キメラたちはそういうものじゃなく純粋な幻獣や神獣の類……だから、人間もキメラも関係なく襲ってくる!」
「つまり、バケモノってことね……」
「うん……。わああ、墨だああ!」
クラーケンの攻撃に悪戦苦闘しているリンドウとドラゴを余所に、クラーケンと距離をとりつつ様子を伺う影があった。
――ガガガである。
「うう、折角ボクの真骨頂なのにクラーケンとは……本当、ツイてないことづくしじゃないの……」
シーサーペントであるガガガは、水場でこそ本領を発揮する。それが海であるのならばなおのことである。
図らずも海のコースを選んだ彼は、無条件に喜んだがしばらく進んだところでクラーケンに襲われる二体を見て考えを改めざるを得なかった。
「空から行っても地獄、海から行っても地獄……どうしたもんか……」
リンドウとドラゴに注意がいっているとはいえ、海の棲みかとするキメラである。ガガガが近づけばすぐに気づかれてしまうであろう。それを考えるとガガガは、不用意に近づくことができないでいた。
「う~~……あ、そうだ……」
ガガガは考えあぐねいた挙句、一つの活路を見い出した。
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