第7話
ドラゴは少年から発せられた【ドラゴンライダー】という単語に思わず反応してしまい、口を押えた。
「ほらな。俺の目はごまかされねーぞ。お前はドラゴンライダーとして生きることを宿命づけられたドラゴンだ。一人で飛ぶことなんざ本能的に許されてるはずがねぇって」
「ど、どういうこと……?」
人間と話してはいけないという掟は、少年の話す内容が興味深すぎてドラゴの中からすっかり吹き飛んでいた。
今はただ、ドラゴンライダーというものを知っている風なこの少年の話をもっと深く聞きたいと思うばかりであった。
少年は飛行機乗りのようなパイロット帽にゴーグル、それに同じく空軍服のようなジャケットとハーフパンツにブーツを履いた青い目に赤毛が印象的だった。
「どういうこともなにも言った通りだって。お前はドラゴンライダーに操縦されるべく生まれたドラゴン。誰よりも早く、誰よりも誇り高い飛行を出来る反面、単体で飛ぶことを許されない特別なドラゴンさ。んなことも知らねえのかって」
「僕が……ドラゴンライダーの!?」
「そうだって!」
得意げに腕組みをしてそう語る少年は、ニッカリと満面の笑みを浮かべるとドラゴに近寄った。
「かぁ~! 勿体ねぇな、こんなに鍛えてるのにパイロットがいないなんて。あの姫様しかお前を操縦してねぇって感じか。どうだお前、俺を乗せてみないかって」
「君を? 一体、君は……」
「俺か? 俺はライド。ドラゴンライダーさ」
「ドラゴンライダー!? ドラゴンライダーってもういないって、ライドするドラゴンが絶滅したからもういないって教えてもらったよ!」
「ライドするドラゴンがいない? おかしなこと言ってんじゃん。ライドするドラゴンならここにいるって」
ライドと名乗った少年は、楽しそうに、嬉しそうに満面の笑みでドラゴを指差した。
ドラゴはというと、指を指された先に誰がいるのかと思い自分の背後を左右きょろきょろと見渡した後に、間を置いて自分の顔を指す。
ライドは丸い瞳で自分自身を指差しているドラゴに向けてうんうんと頷いた。
「ぇ……ええええええーーーー!!」
「どんなリアクションするんだって! ドラゴンが至近距離で叫んだら死ぬだろうがって!」
「あ、あわわ、ごめーん……」
ふぅ、とため息を吐いたライドは、ドラゴに近寄り翼や身体に触れると満足気に頷き、ドラゴの腹を拳で軽く叩いた。
「うん、バッチリだ。なんの問題も無い、むしろよくここまで仕上げてあんな」
ライドがそのように言うと、ドラゴは照れ臭そうに「いつも、飛ぶ特訓してるから。身体を鍛えれば飛べるのかなって」そうモジモジと身をよじった。
「わ。でっかい図体してモジモジすんなって、気持ち悪い!」
ドラゴは端っこの方で落ち込んだ。
「あ、嘘……嘘だからこっちこいって……戻ってこいよーおーい」
ドラゴは人間と接触してはいけないという掟をすっかり忘れ、ライドに自分の境遇を話した。父親がライド用のドラゴンだったこと。ターロ姫との出会い。そして、自分が飛べないこと。
そして、なによりも【ゴッデスカップ】が近く、その賞品がターロ姫であるということ……。
ドラゴの本心は自分が一番になってターロ姫を救うことだったが、自力で飛ぶことも出来ない自分では到底不可能なことだと、ドラゴは諦めていた。
「ふーん……なるほどって。けど、お前さ……全然諦めきれてないだろ」
「へっ」
見透かすようなライドの一言に、ドラゴは間抜けな声で返事をしたまま固まってしまった。
「お前さ、あーだこーだって言い訳してるけど、結局飛びたいんだろ。一番になって姫を奪い去りたいんだろうがって。飛べないのを理由にしときゃ納得できるってか? かぁー情けないねえって!」
「ラ、ライドになにがわかるんだよっ!」
「はあ? わかんねーな、わかんねーって! お前みたいなバケモンがなに頑張って人間の姫娶って幸せになろうとか思っちゃってんの? そんなの出来るって本気で思ってんのかよって」
「そ、そんな……本気でなんか……」
そこまで言うと、ドラゴはまた俯いてしまった。ライドに捲し立てられ一瞬アツくはなったものの、「本気で思ってるのか」と問われれば返す言葉はなかった。
「おい、言えよ。言ってみろよ」
急にガラが悪くなったライドは追い詰めるよう、更にドラゴの顔を覗き込んだ。
「な……なんだよぅ……なにを言えって……」
「分かってんだろ馬鹿ドラゴン! 言えよって!」
ずんずんと詰め寄るライドに押され、ドラゴは後ずさりしてゆく。それでも構わずライドはドラゴに詰め寄った。
「も、もういいよぅ! 僕のことなんかその、放っておいて……」
「いいや! 放っておかないね! 俺はドラゴンライダーだ、ドラゴンを目の前にして諦めきれるほどヤワじゃねぇんだ!」
「諦めきれ……って」
「お前の気持ちだよ。その情熱と闘争心! さあ、吐き出せ!!」
「そ、そんなの……」
それでもずいずいと距離を詰め、さらに離れようとするドラゴは後ずさりする。
「ほら、言え! 言えっての!」
「やめ……ッ、しつこいってばぁ!」
「言えェエエ!」
「僕はッ……!!」
ドラゴなにかを言おうとしたその瞬間だった。ドラゴは足を踏み外しライドの前から姿を消したのだ。
「わッアッ、ああっ!」
ここはパレストイの谷。ドラゴらが押し問答をしていた林のすぐ外は崖だった。
ドラゴは押し問答の末、崖に転落してしまったのだ。
「う……わああああああっっ!!」
真っ逆さまにドラゴは崖から落ちてゆき、必死に翼を羽ばたかせ飛ぼうとするが叶わない。
「こんな時でも僕は飛べないのか……ッ、わあああ!」
景色が逆さまになりギュルギュルと回転する。ドラゴはドラゴンなのに飛べない自分を呪いながら死を覚悟した。
「ターロ姫……ごめん、僕……僕は……」
「勝手に死のうとしてんじゃねぇって」
「えっ!?」
落下するドラゴの足先にライドが追いかけていた。――つまり、落ちたドラゴを追って自分も落下している。
「な、なにを……ライドぉ!」
「いいからじっとしとけ! 乗れねーだろって!」
そういってライドは腕をピント真っ直ぐ気を付けの格好にし、ロケットのように落下スピードを加速させた。
「今からお前の背に乗るからな!」
「そ、そんな無茶なぁああ!」
地上まで後100メートルを切った。あと数秒もすれば地上に激突し確実に命を落とす。……二人とも、だ。
「そうなりたくなけりゃじっとしろ!」
「だ、ダメだよ! もう間に合わない……!!」
「ドラゴッッ!」
ひと際大きな声でドラゴの名を呼んだライドと反射的に目を合わせた。その力強い一喝に、ドラゴはこの危機を一瞬忘れ黙ってしまった。
空中で二人の中の時間が止まる。
止まった時間を再び動かすきっかけになったのは、ライドだった。
「俺を信じろ!」
「……うん!」
――初めて二人の気持ちが一致した瞬間。
そこからは流れるような一連の動きだった。まるでずっと苦楽を共にしてきたパートナーの如く、ドラゴの尾を掴み三手で首まで辿り着くと体が降られないようがっちりと抱き付き、足をドラゴの腰ベルトに固定すると翼の付け根……『グリップ』を握ると、力強く持ち上げた。
「ぬぉおおーー!」
次の瞬間、間近まで迫っていた地面は空のオレンジに変わり、ついさっき味わったことの再現のような感覚を覚えた。
たださきほどのターロ姫の一件と違うのは、立場が逆なことだ。
さきほどは落ちたターロ姫を空中で旋回したドラゴが救い、今度は落ちたドラゴをライドが救ったのだ。
「ぷはあっ!」
ライドと意思を合わせてからここまで息を止めていたドラゴは、広がる空に思わず息を吐いた。
「そ、空だ……。飛んでる……僕、飛んでる!」
「なんだよ初めてじゃねぇだろって」
「ターロ姫以外の人が僕を飛ばせるなんて……!」
「うっしっしっ! すっげぇーだろ!」
自慢げに笑うライドの言葉に、ドラゴは「うん……」と興奮を抑えきれないように一言返事をした。
「……で? どうなんだ。言ってみろよ、お前の気持ち」
ドラゴが崖から落ちる前の質問をさらに繰り返すライドに、ドラゴはこの茜色の大空に染まるような大きな声で、……生まれて初めて出すような大きな声で叫んだ。
「キメラダービーに勝って、ターロ姫を助けたいっっ!!」
「うっしっしっ! 言えるじゃねぇかって、ドラゴ!」
笑いながらライドは飛び続けるドラゴの頭を軽く叩く。
「いてっ! ……っていうか、僕が崖から落ちたのはライドが詰め寄ったからじゃん!」
「たりめーだろって。わざとお前を落としたんだからなって!」
「えええええーーー!」
ライドは大げさに笑いながら盛大に背を叩き、「いいだろーって! これでお前と俺が最高のペアだって分かったんだからなって!」とはしゃいだ。
「そ、そんなぁ~!」
泣きべそをかきながらドラゴは、ライドを背に乗せたまま夜の藍色に変わってゆく空を往った。
「けどさ、キメラダービーって人間を背に乗せて出てもいいのかな……」
「そんなのいいに決まってんだろ。俺たちゃドラゴンライダーだぜって!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます