第8話

■ゴッデスカップ 本戦 1日目




 文明王グラントが統治する国ヴィラゴシス。


 ここに住むのは大きく分けて3つの分類分けされた人間である。


 今ではキメラの登場によりほぼ無くなった人間の奴隷制度の名残を残し、主に工場や肉体労働を生業とする貧民『隷属』と、物の売買や流通などを生業とした『中属』、そして娯楽施設や高級品などの取引を生業とした上層国民『賽属』である。


 さらに彼ら3つの頂点として財を管理し、キメラダービーの主催権を持つのが『王族』である。この王族は元々血筋のみとされていたが、グラントの代からは民間から見染められたものも少数ではあるが王族に属することが出来る。



 それが彼の3人の王女である。第一王女ハリョンは病弱で一日のほとんどの時間をベッドの上で過ごしている。第二王女ヨーリは気性が荒く、王族と下層の国民を差別している。そして第三王女ターロは最も貧しい村から連れてこられた王女。


 ハリョンとヨーリの王女入りはどこからもさほど苦情は来なかったが、ターロの王女入りは各方面から大々的なブーイング舞い起こった。


 王女たる品格を問われたのだ。だが文明王グラントは最も可能性が光るのはターロだと踏んでいた。彼女の持つポテンシャルは、ほかの二人にはない物だと思ったのだ。



 そもそも、ハリョンが最も王女として相応しく、他の王族を次期国王として迎え入れた際、その全てをグラントから譲る予定であった。


 だが彼女の病弱さは王族に入ってから発症したものである。彼女の気品と気高さ、振舞いは王女として完璧なものだったが、この身体の弱さだけは誤算だった。


 そうなるとヨーリとターロに注目が映る。

 適正としては若干ターロがヨーリよりも上回っていたといえる。


 だがターロのピッポロイ仕込みの口の悪さと、キメラと仲良くしているという素行が彼女の未来を阻んだのだ。


 ターロはドラゴと親しい。だが、ターロが親しくしていたのはドラゴだけではなかった。ユニコーンやバジリスク、ベヒモスにスライムと、彼女がこっそりと仲良くしていたキメラ達……。


 そう、ターロ姫はほかの人間が持つ『人間とキメラが交流してはいけない』という掟をことごとく破っていたのだ。


 これでは下層の国民に示しがつかない。というわけで文明王グラントは彼女をキメラダービーの賞品にすることでそれを丸く収めようとしたのだ。



 結果、キメラダービー史上最も大きな、最も盛り上がる規模の賞レースとなった。


 賭ける側の人間はもちろんのこと、キメラサイドとしても願ってもない話だ。人間の持つ文明を自分たちも手にするチャンス。ひいては王族に属することも夢ではないとなると、やる気が出ない訳はない。



 全てのキメラ達が待ち望んだキメラダービー【ゴッデスカップ】の予選フロントレースAはドラゴン属のドラゴが初陣を飾り、グリフォン属のリンドウ、リンドウの息子でヒポグリフ属のジャックが通過した。


 フロントレースBではフェンリル属のビー、シーサーペント属ガガガ、ユニコーン属パブ。


 フロントレースCは、スレイプニル属のカボッタ、ベヒモス属ズブロッカ、カーバンクル属ヴィヲンが通過。


 フロントレースDではガーゴイル属アンダークただ一人が突破した。

 さらにスペシャルシード枠として二つの枠が本戦に設けられているが、この二つの枠に入るキメラは今のところ伏せられている。


 だが国民たちは大方の予想はついていた。いや、国民たちのみならず、ほかのキメラ達も、だ。


 フェニックスとペガサス。


 数々のキメラダービーで無敗の記録を樹立し続け、殿堂入りキメラとしてダービーのエントリーそのものを凍結されたキメラだ。


 要は強すぎて賭け成り立たないのである。


 今回のゴッデスカップにはこの二種キメラの出場も噂されていた。


 強すぎてエントリー権を凍結されているこの二種がなぜ今回に限ってエントリーが噂されているのか?



 それは今回のゴッデスカップのレースルールによるところが大きい。


 普通のキメラダービーはほんの数分で勝敗が喫するものもあれば数時間を勝負に要するレースもある。だがそのどれもが《その日一日で終わる》ほどの規模。


 だがこの【ゴッデスカップ】はそんな従来のレース内容とは一線を画しており、常識が通用しない形式をとっていたのだ。


 それは【5日間耐久レース】なのだ。


 ある程度の頭脳と技術。そして圧倒的なスピードが要求された従来のレースと同じやり方では、問うて勝てるはずのないレース内容。


 持久力と忍耐、そして戦略がモノを言うレースといえるのではないだろうか。

 このレース内容がアナウンスされた際、人間・キメラ双方に衝撃が走った。


 スピードやテクニックが武器だったキメラたちは脅威と危機を感じ、これまでそれら能力でたちうちの出来なかった重量系キメラたちも俄然勝ち目が出た。


 さらに、5日間のレースなのにゴールに向かっていい時間の制限が設けられており、一日中ゴールを向かうことは禁じられた。それに重ねて【プレイヤーに攻撃可】、【アイテムボックスの開放】という前代未聞のルールも追加されたのだ。



 歓喜に沸くもの、危機を感じ顔色を変えるもの。


 当然こうなってくれば、これまでキメラダービーにエントリーしてこなかったキメラも出場を表明した。



――それが


「ガーゴイル属? なんのキメラ種だって」


「それが……リザードマン種ってなってるんだよね」


 本戦出場者が集う選手村に設置された食堂で、聞き慣れない『ガーゴイル』という種属についてライドがドラゴに尋ねた。


 ドラゴはリザードマン種と答えてはみるが、彼自身それに関して違和感を覚え首をかしげる。


「おっかしーな。俺が知らないキメラ種なんてないと思うんだけどなって」


「え、ライドってそんなにキメラに詳しいの?」


「あ……ああ、大体知ってる」


 すこし気まずそうな表情で歯切れ悪くライドはそう答えた。

「とにかく……だ。あれこれ算段を立ててもしゃーねぇって感じだって。今回ほどの大きいレースになれば、難関コースでレシピを立てるだろうからとりあえず体力をつけるべきだな」


 ライドがテーブルに並んだキメラフードを指し、「ってことでガンガン食えって」とドラゴの食事を促す。言われるがままにガツガツと食べるドラゴは、翼足虫の串焼きを頬張りつつライドに切り出した。


「あのさ、ライド」


「あん? なんだよ」


「僕、食べ終わったら特訓しようと思ってるんだ」


 ドラゴの言ったことは、実にドラゴらしいとライドは思った。思ったが、ライドはそれに対し首を縦には振らない。


「え、ダメなの!?」


「やってもしゃーねーだろって。お前は俺に操縦されるんだから、お前が飛ぶ練習したって関係ねぇよ。それとも明日本戦開始だってのに、今日特訓したからって体力が上がるのか? 翼力は? それとも高度を安定できるのかよって」


「ううん……そうかもしれないけど」


 ふぅ、とライドは大きく息を吐くと呆れたように笑った。そんなライドの顔を見てドラゴは不思議そうにしている。


「まあ、お前の気持ちは分かるって。……いてもたってもいられないんだろ?」


「うん……」


 俯くドラゴの頭をぐしゃぐしゃと撫で、ライドは「わかったよ!」と声を上げる。


「じゃあ、お前に特別メニューをやる。これが出来るまで寝るなよ――」

◇◇◇本戦一日目◇◇◇



『さあっ! ついに始まります前人未踏、5日間の大レース! キメラダービーゴッデスカップ1日目! 司会・実況は私ルチャド・マッハが担当しまぁす! また、解説は日によってお呼びするゲストが変わり、本日のゲストはキメラ合成の第一人者リクアントに着てもらっちゃいましたー!』


『リクアントだイェア』


『思ったよりリリック利いた感じの人で安心しましたよぉ! では、張り切って参りましょう! まずはプレイヤーの紹介! 耳の穴かっぽじってよく聞きましょう~! これが今後のオッズを左右しますからね!

 今回のゴッデスカップ5日間のレース。よって、ベットも特別なルールを敷いています! 日ごとの順位を追うデイリー、数日間……最大三日の連続順位を予想するデイズ、そして5日間全ての一着・二着を予想するフルコース。今回の配当金は従来のキメラダービーの数十倍集まっているため、フルコースでの的中はとんでもないことになるぞぉ~~! 一攫千金で人生をリセットするチャァ~ンスだ! わかぁりますよねぇ!?』



 うわああああっっっ! とうい轟音は天井に吊るしたモニュメントを震わせ、地鳴りを起こす。この五日間は国を挙げてのレースである、この5日間は仕事を休んでもよいというグラント直々の言葉もあり、普段のキメラレースとは比べ物にならないほどの人間がこのレースを楽しんでいる。


『フロントレース予選Aを一着通過した大番狂わせ・ドラゴン種ドラゴン属……ドラゴォオオ!』


 猛烈な歓声が上がり、観客の中からはドラゴコールさえも巻き起こる。それほどにドラゴの価値抜けは衝撃的だったというわけだ。


『フロントレース予選A二着はキメラ一の暴れん坊、グリフォン種グリフォン属……リンドォオオオウ!』


『さらにさらにぃ~そのリンドウを追いかけるは彼の息子にして最大のライバル、グリフォン種ヒポグリフ属のジャァアアックゥウ!』



 ルチャド・マッハのアナウンスと共にフロントレース予選Aを勝ち抜いたドラゴ・リンドウ・ジャックが画面に映し出された。


 それと同時に観客は歓声の渦に巻かれ、興奮が熱風となって場内を焦がしてゆく。その熱風の中心に配置された超巨大モニターに映し出されたドラゴは、緊張した面持ちでどうやら落ち着かないようだ。


「ラ、ライド……大丈夫かなぁ。ぼ、ぼく場違いじゃないかなぁ」


「はぁ? 場違いに決まってるだろって」


「そ、そんなぁ……」


「お前だけ群を抜いて速いから場違いだって言ってんだって。もっとシャンとしろよ!」


 自信なさげに頷くドラゴを見て一段下のジャックが鼻を鳴らし、不機嫌そうにじろじろとドラゴの爪先から頭まで見回す。


「レース開始前からお喋りたぁ随分ヨユーってやつじゃん。ドラゴォ」


「ジャ、ジャック……ご、ごめん……」


「言っとくがな、俺はお前の一位突破は納得してねぇんだからな。それをこの本戦で思い知らせてやる!」


 威圧的な物言いで脅かすジャックに怯えるドラゴは、木の実キャラメルの箱ほどに小さくなった。


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