第9話


「やめろやめろジャック。べらべら喋る野郎は馬鹿馬鹿だぜ、まぐれドラゴン野郎になんざ関わるな! 体力の無駄無駄だ!」


 鋭いクチバシで悪態を吐くリンドウは、ジャックの言葉をそのように締めくくると、スタートラインの先を真っ直ぐ睨んだ。


(まぐれ……ねぇ。自分で言っておいてなんだが、あの時のこいつが見せたラストスパートは明らかに切り札を取ってやがった感じだった。ジャックは馬鹿馬鹿だから放っておきゃいいが、もしかすっとこのドラゴン野郎……早めに潰しておいたほうがいいかもな)



『続いてェ! フロントレース予選Bを勝ち抜いたのはフェンリル種フェンリル属ビィイイ!』


 沸き続ける歓声のトーンが一段階上がり、モニターの画像が切り替わる。ごつごつと切り立った岩山の頂上で精悍な顔つきの銀毛の大型狼が静かにカメラを見つめていた。


 金色と青色のオッドアイと、尖った毛先が勇猛さを全身から放ちながらドラゴたちとはまた違う空気を漂わしていて、右前脚につけたバンドが特徴的だ。


『二着突破を果たしたのは、ドラゴン種シーサーペント属のガガガァア~!』


 へこへこと頭を振っている透明な青色の体色が特徴的な、赤いひれを8本広げた蛇のような竜がうねうねと光沢でつややかな身体で、光を反射させていた。レインコートのような服を羽織っている。


『三位通過は天馬種ユニコーン属パァブゥウウ!』


 ストールのようなスパンコール地の布を首に巻いた一角獣のパブが、長いまつ毛を細めてふふんと口元を釣る。三位通過だというのに、やけに余裕の様子だ。



『フロントレース予選Cからは天馬種スレイプニル属カボッタァ!』


 大きなヘッドフォンと、キャップを逆さに被った八本足の馬、カボッタはリズミカルなダンスでカメラに向かってサービスし、景気よくシャウトする。


「アォーン! YA!」


『二位通過は巨獣種ベヒモス属ズブロッカ!』


 体毛を纏い、鼻から角を生やしたカバのような容姿のズブロッカは、『WE LOVE』と印字された黄色いTシャツで着こんだ格好で、ぶひぶひと嬉しそうに笑い、観客にマイペースさを振りまく。


『三位通過は……んんっ!? カ、カーバンクル属? え、マジかこれ……ええ……と、スモゥルキマイラ種カーバンクル属ヴィラン!』


 カメラがヴィランを捉えようとレンズを動かすが、ヴィランは見当たらない。それもそのはずほかのキメラたちと比べて彼は小さすぎるからだ。



 当然、コロッセオの観客たちはざわつき、文明人の中ではカーバンクルをペットにしたりする者もいるようなキメラの本選出場に動揺が走った。


「カーバンクルって……そもそもあれをキメラに数えていいのかよ」

「レースになんてならないだろ、誰だあれを通した運営はよ」


 様々な不満が飛び交う中で、ルチャドのマイクが割って入る。それはカーバンクルがエントリーしたことなどよりも、更に耳を疑う内容。



『そ、そして……フロントレース予選Dを突破したキメラは、たった一名……』


 観客たちは騒然となる。誰もがルチャドの言った意味を聞かずとも理解していたからだ。


 その意味とは、つまり3人ずつ予選から上がってこなければならないものが1名だけしか上がってこなかったという理由である。


 なにがあったのかはわからないが、フロントレース予選Dではなにかとんでもないことが起こった、ということだ。それだけは誰しも理解していた。



『フロントレース予選Dを突破したのは……リザードマン種ガーゴイル属……アンダーク!』


 画面が切り替わり、暗闇の峠に立つコウモリの翼を持ち、石像のような堅い皮膚を持つ、丸い目玉と鋭い牙が禍々しさを発するガーゴイル……アンダークのシルエットが浮かんだ。



『本戦のスタート地点は、フロントレースそれぞれの会場からスタートします! そして、α地点で合流し、そこから同じゴールを目指して5日間を競いまっす!』


 無理に調子を元に戻したルチャドは、最初のテンションと同じテンションでマイクを持ち帰る。


『α地点からβ地点へ、Θ地点でΔ1かΔ2の進路を任意で選び、最終ゴールのφに最も早く辿り着いたプレイヤーが優勝となります! どのキメラも死ぬ気で勝ち取れェエエエエエエエ!』


 カーバンクルとガーゴイルの一件でやや会場の空気が曇ったが、それはそれとしてルチャドが一気にお祭りムードへと押し戻す。


 会場中はそれに同調し、さらに大きなうねりを産み、歓声は天才の如く轟いた。



『うおおおおおおっっ! はやく始めろォオオオオ!! わああああああ!』

『落ち着きまっしょー! 今世紀最大のキメラダービー、開始の狼煙を上げるのは我が文明都ヴィラゴシスきっての錬金術師シャーメットの炎術だァアアアア!』



 コロッセオの中央に現れたのは生身の人間。初老の紳士で、目深にフードを被り、鋼鉄のガントレットを両手に装着して、その手で大きな月を模した球体を持っていた。



「バルバトス・エメゾーラ……我が文明の都ヴィラゴシスの星よ。キメラ達の頭上を照らす永遠の火となれぇい!」


 シャーメットのガントレットに覆われた両手から、すぅっと垂直に浮いた月はみるみる内に彼の頭上を通り越し、さらに高く高く浮き上がってゆく。


 コロッセオ中央の巨大モニターよりも高く上がったところで、シャーメットはコロッセオ中に響き渡る澄んだ美声で命じた。



「弾けよ!」



 バァァアンッ! という激しい炸裂音と共に爆発と見間違うほどの形状変化を遂げる月。


 変化したその姿、月ではなくまるで太陽そのものであった。



「この太陽は今より5日間光り輝く! 即ちゴッデスカップ中、これが道しるべとなるだろう! そう! 最後にキメラがたった一名辿り着くゴールとはこのコロッセオである!」



 炸裂音と同時に各キメラ達は、飛び出した。自分こそが、文明を手にする。ターロ姫を貰うと。


『……3日目からはちょぉ~っとしたサプライズもあるんでお楽しみにねぇ~』

~予選A組スタート地点~



 レースのスタートを告げる炸裂音と同時に、一番先に飛び出したのはジャックだ。ジャックは予選の最終直線をぶち抜いたドラゴを警戒していただけに、自分が先頭であることに肩透かしを食らった。


「おいおいマジかよ! やっぱマグレだったってかぁ!?」


 怒っているのか喜んでいるのかよくわからない声色でジャックは翼を全開にして更に加速した。


 それを追う形でリンドウがジャックの尾の余韻を辿ってゆくが、その矢先ですれ違うドラゴをじろじろと見詰める。



「けっ、ただのスピード自慢のクソガキかと思ってたが……俺が思ってたよりも頭がキレるみたいじゃねぇか。うちのクソ息子にも言ってやりたいぜ。なぁ、ドラゴ」


 急に話し掛けられたドラゴはなんと返せばいいのか咄嗟に言葉出てこずに「あ……え、その」としどろもどろになった。



「ふん、わからねぇもんだな。どこからどうみてもクソザコのタイプなのに、レースの配分はいっちょまえと来てる。……そうさ、このレースは5日間のレース。スピードじゃなく持久力と忍耐力が試される。だがドラゴ、お前は知ってるかよ?」


「な、なにが……ですか?」


「このレースで最も重要なのは才能や持久力なんかじゃねぇんだよ。必要なのは……精神力だ」


 そこまで話すとリンドウは、不思議そうな顔でリンドウの顔色を伺っているドラゴに構わず抜いていった。

「ここでお前を抜いたからってもう油断はしねぇぞ! お前はなにかを隠し持ってやがる! この先で会おうぜ!」



「おーおー……えらく気に入られてるじゃねーかって。ドラゴ」


 リンドウの姿が見えなくなってライドはドラゴをからかうように話し掛け、ドラゴは困った顔で口を尖らせた。


「なんでライドは僕が他のキメラと話してる時に限って黙ってるんだよ」


「人見知り……あいや、キメラ見知りなんだよ」


「いちいち言い直さなくていいてば……。それよりいいの? 今回も今回で最後尾スタートだけど」


 そう、ドラゴはスタート直後にロケットスタートをするつもりだった。だが、ドラゴの意に反してライドは、ギアを最も低速の1にしてスタートしたのだ。


 その結果、開始早々にリンドウやジャックに抜かれていった……というわけなのである。


「けどおかげであのおっさんキメラに褒められてたじゃねーのって」


「そうだけど、リンドウの言った通りだったの? 体力温存のため?」


 ドラゴの問いにライドは「うっしっし」とずるがしこく笑うと、ドラゴの背を叩きながら続けた。


「まーそうじゃないといえばウソにはなるけど、そういう理由じゃねーって。要は予選のときと同じ……コースの出方を見るにはトップは危険ってこった。あのおっさんキメラも言ってただろ? このレースはスピードを競うもんじゃねーって」


 なんとなく納得できないドラゴは強くない返事をすると、「そうなのー?」と若干疑った口調で返す。

「あほぅ! いいからお前は俺のいうこと聞いてろって! とにかくな、βポイントまでは様子見ってこった!」


「そのままゴール……なんてことにならなきゃいいけど」


 ゴチン、とドラゴの頭に木の実を投げ、ドラゴは痛い! と悲鳴をあげた。


 それにまた「うっしっしっ」と笑ったライドはやはり楽しそうに「言うようになったじゃねーかって。まあ見てろ、会場の連中全員の度肝抜いてやらぁ」と意味深に含み笑いを浮かべるのだった。




~予選B組スタートコース中盤~


 銀色の雄々しくも力強く駆る脚に会わせて揺れる尾を「やぁ」と、軽い言葉をかける声がその先を掴んだ。


 銀色の尾を持つ主は、その声にほんのわずかに目線をやるとすぐに真っ直ぐ先へと視界を戻した。


「つれないねぇ、そんなんじゃ女の子にモテないよ?」


「女……不思議なことを言う。キメラにメスは存在しない」


 全く相手にしていないのかと思えばそうではないらしく、他者とのコミュニケーションに関心があまりないだけのようだ。


 予選B組の先頭を走っていたのはフェンリル属のビー。彼に声をかけて走っているのはユニコーン属のパブだ。


 天馬種である彼はペガサスやスレイプニルなどの馬系キメラで、長く尖端の鋭く尖った立派な角を持つユニコーンである。


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