第6話
基本的に人間の手で人工的に生成されるキメラたちだが、中には例外がいる。本当の神獣や幻獣のDNAから再生したキメラがそれにあたる。
彼らはほかのキメラよりも血が濃いぶん、能力も高めでありより各属性に忠実なのだ。
つまり、元々のベースとなるオリジナルがおり、それのクローンとしてDNAや血を分けたため、それらをキメラたちの間では【親】という言い方をした。
ドラゴも実はオリジナルクローンの個体であり、彼のベースとなった【父親】はドラゴンライダー用のドラゴンだったのだ。オリジナルの実際のサイズよりもより人間のサイズに近く改良されたキメラであるがそれでもドラゴン属は大きい。
「お父さん、会ってみたいな。生きてるのかなぁ、ドラゴンライダーって……かっこいいよね」
「ドラゴには誰かが乗らなきゃ勿体ねぇですわ! そうしないと……」
その時ターロ姫の胸元で琴の調べのような音色が響き、ターロ姫はそれを取った。
「お前ですか、ミュウ。父様が私を? 分かりましたわ……」
小さな長方形型の電子端末を仕舞い、ターロ姫は寂し気な表情を橙の光に染めながらドラゴに話し掛けた。
「……ドラゴ。とにかくお前にはどうにか頑張ってくれって感じなのですわ。所詮わたくしは民間から拾われた哀れな第三王女。知っての通り、キメラの賞品程度の存在です。ですがわたくしはキメラの連中はまあまあ好きですし、それはそれでいい感じなのですが。問題はお前たちキメラの待遇……余りにも人間に好き勝手されていて」
「ターロ姫。僕たちキメラには文明こそが憧れなんだ。そのホーヴィー(スマホ)だって、料理を温める箱だって、全てキメラにはないもの。だから、ターロ姫。貴方は賞品ではなく僕たちキメラの希望なんだ」
「ふふ、たかが賞品なのにえらく買いかぶられたものですわ。ですが、悪い気はしませんこと……」
ターロ姫が笑うとドラゴも釣られて笑った。ターロ姫が寂しそうだとドラゴも寂しくなった。
人間とキメラ。たかだか文明を持つか持たないかほどの違いしかないというのに、なぜに共存が出来ないのか。キメラたちは誰もがそう思っていた。
かのロボット三原則のように、いまや人工的に造られたキメラたちは人間に敵意を向くことは禁じられている。まるでおもちゃのように扱われるだけのキメラは、それでも人間に憧れるのだ。
「パレストイの谷まで送ってくださる? ドラゴ」
「うん。送るよ……文明王が呼んでいるんだろ」
「ふふ、無理にブサメンと結婚とかさせられて無理無理ガキ孕ませられるよかマシですわ」
「口悪いなぁ……」
パレストイの谷より数百メートルに位置する場所に、ピッポロイの村があった。
ターロ姫は、この村で生まれこの村で幼き日を過ごした。そして、文明王グラントに養女としてもらわれたのが8歳の誕生月のある日のこと。
その日からターロ姫の日々は一変したのだ。
数十年前に流行った疫病のせいで、子種を失った文明王グラントは養子として3人の少女をもらう。第一王女ハリョンは西の村から、第二王女ヨーリは泉の町から、そして第三王女のターロはピッポロイの村からである。
文明王グラントが王子を取らず、婚姻もしなかったのはもはや不能となった自分自身に絶望していたからだと言われている。
真実のほどは分かっていないが、跡取りのことはあまり考えておらず三人の姫が結婚をし子を産んだ時に検討するつもりであったらしい。
キメラダービーを自ら率先して盛り上げているのも、文明王の孤独を表していたのだ。
その犠牲になったのがターロであり、キメラであり、そして……国民であった。このキメラダービーはいわば狂ったレースとも言えた。
人間の……それも養子とはいえ自らの娘であるターロを賞品に、王族の資格すらも与えると言う。まともな人間の所業とは思えないが、反して国民たちは一大ムーブメントが巻き起こっていたのである。
再びターロ姫のピッポロイの村に戻すが、この村にはターロ姫の幼馴染や兄弟がいた。基本的に王女が生まれの地へ赴くのは禁じられているが、奔放なターロ姫はそんなことには構わずこうしてやってきている。
ピッポロイの村から比較的近いところにドラゴン種の村があり、些細なきっかけでターロ姫とドラゴは顔見知りとなった。だが、人間は村や街を問わずどこでもキメラを下等なものだと見下しており、ドラゴとターロ姫が親しくしているところを見られるわけにはいかないのだ。
だから、村よりも数百メートルも離れた場所でターロ姫は降りた。そしていつも彼女は寂しそうな顔で一度ドラゴを振り返ると、二度と振り返らずに村へと戻る。
村から文明王グラントが統べる国家マーリンへ帰るため。
「お待ちしていニャした。ターロ姫、文明王がお怒りになっておりニャすので早々と帰国いたしニャしょう」
「はいはい、わかったわかったですわ」
「あっれぇ、ターロもう帰っちまうのかよ!」
「全然遊んでくんなかったじゃんか! ふっざけんなよカスが!」
「マーリンみたいなスカした連中が居る街でお前までアバズレになったのかよブス!」
見送りに来たピッポロイの村の少年少女たちがターロに次々と聞くに堪えない言葉をかけ、わーわーと騒ぎ立てた。
「うっさいですわ! このビチグソ野郎ども! わたくしがアバズレですって?! 残念ながらまだこっちは新品のままですわ! ぺっ!」
(人間もキメラも外見より中身だというニャすが……、かと言ってこの村の口の悪さは特別な気がするニャ)
帰りの三輪駆動車の運転をしながら、ミュウは口に出さずに心で呆れて言った。文明王グラントがターロ姫の妙な言葉遣いを注意する際に毎回言い放つ「あんな奴らと話しているからだ」というのはこのピッポロイの村人のことを言っているのだ。
「……ターロ姫。生まれ育ったこの村が恋しいのは理解しニャすが、そろそろ控えたほうがいいのではニャいかと思うニャすが」
「分かってるっていうのですわ」
「貴方は王女ニャのにキメラダービーの賞品ニャのです。ニャぜそんなことにニャったのか、心当たりがあるでしょう。もう《例の少年》を探すのはやめたほうがいいニャす」
「ミュウ。そういうのを余計なお世話ってゆーんです。そんな言わなくていいようなことばっか聞いちまうから、ヨーリたちに蔑まれるんですよ」
「これは手痛いニャす」
湿った風に頬を撫でられながら、ターロ姫はマーリンへと帰っていくのだった。
ドラゴとターロ姫との出会いは他愛のない、些細なことからだった。
ドラゴン種の村と距離的に近いピッポロイの村。村人たちはドラゴンと出会うことを警戒し、出来るだけ接近しないようにと努めていたが、それはキメラを人間よりも下等なものと取り決めたせいで危険だという理由からではなかった。
どんなに貧しい村でも、『人としての尊厳を持つこと』だけは徹底されており、キメラとわざわざ関わる人間などおりはしないのだ。
そんな中でひとり、ターロ姫は全く異質な考えと価値観を持っていた。
ターロ姫の異質な価値観を最初に知ったのは、ドラゴである。
ターロ姫とドラゴが出会った頃からドラゴは自力飛行に悩んでいた。
キメラのいかなる種も、自ら人間に接触することはしない。キメラが人間に劣等感を抱いている……というのも確かにあるのかもしれない。だが、それよりも大きく締める理由が【人間になにをされるかわからない】からである。
なんと皮肉なことであろうか。人間はキメラを危険視しないのに、キメラは自分たちより単体の能力で劣る人間を恐れている。危険な生物として見ているのだ。
繰り返し言うが、キメラは文明を恐れている。文明を持つ人間に怯えている。
それもそのはずだった。人間より生み出されたキメラには予め人間に逆らわないよう遺伝子が組み込まれているからだ。
些か脱線したが、そういったことで人間とキメラは触れ合うことはない。同じ世界に住む生物同士だが、目に視えない明確な隔たりがあった。
その二つの世界を、少なくともドラゴの中で繋げたターロ姫が初めてドラゴにかけた言葉が次の言葉だ。
「もしかして自力で飛べねぇの? ダッセぇドラゴンですわ!」
…………おや? もっと印象的な言葉かと思っていたがそうではないようだ。
「飛べないドラゴンなんて、クソの役にも立たないのは火を見るよりも明白ですわ。貴方は悔しくありませんの?」
「……」
ドラゴは村から離れたパレストイの谷で飛行練習をしていたところを、王族にもらわれることが決まったばかりのターロ姫に見つかったのだ。
ターロ姫は不可思議そうな顔で眉を歪めてドラゴを見詰めた。
「……? あら、不思議ですわね。確かキメラは人語を離せるはずですわ。貴方、もしかして炎しか吹けない落ちこぼれ?」
ドラゴもキメラである。人間と接触をしない暗黙の掟を知っている。人間と接触した場合は、速やかにその場から離れ人間とは必要以上のコミュニケーションをとらないこと。これが鉄則なのだ。
だからこそ、ターロ姫の話し掛けにも黙り、そこから逃げる隙を伺っていた。
――ただ、ドラゴは自分の力で飛べない。
普通のドラゴン種なら、有無を言わせず飛び去ってしまえば事なきを得るがドラゴはそういうわけにはいかなかった。
そのため、必要以上の時間をターロ姫に許してしまったのである。
「ふぅ。ここまで言われて黙っているなんて、やっぱり貴方は腰抜けドラゴンのようですわね。結構ですわ、目を瞑っておいてあげるからとっととトンズラぶっこけばよろしいですわ」
元々言葉遣いの悪さが特徴なピッポロイの村で生まれたターロ姫は、王族に行くということで王女としての振舞いを学んでいる最中だったが、今とさほど口ぶりは変わっていないようである。文明王グラントが溜息を吐くのも納得できる。
「……あぅ」
言葉を発するわけではなかったが、短く呻いたドラゴの声にターロ姫がよくよく見て見ると、ドラゴは目に涙を浮かべている。気の弱いドラゴが、ここまで辛辣なことを言われ精神的に弱ってしまったのだろう。
「うるうるしてるーーー!」
「し、してないやい!」
「わー喋ったー! 散々蔑んでもしゃべんなかったのに泣いてること突っ込んだら急に喋ったー! かわゆすー!」
ターロ姫の表情はパァッと明るくなり、そこから離れようとしていたのに突然ドラゴに駆け寄ると抱き締めた。
「わ、わああああ!」
「ええー! パニくってんの? なにこの生き物超カワイイんですけど!」
余程ツボにハマったのかターロ姫はすっかり口調も変わり、ドラゴにくっついた。
「すごいですわすごいですわ! 超ウロコ硬いのに温かい……すごくカッケーですわ」
ドラゴはターロ姫のいうように、生まれて初めての人間との接触と予想外の密着にパニックになり、飛べもしないのに飛び立とうとした。
「え、え? 飛べんのって感じですの?!」
飛べるはずはなかった。だがドラゴにはどうにかしてこの場を離れなければならない危機感だけが、彼をその行為に及ばせたのだ。
だからドラゴは失念していた。ここがパレストイの谷であるということを。切り立った崖のある谷だということを!
「……ッ!? わ、わあああ!」
「きゃああああーー!」
頑丈なドラゴン種といえど、この高さから墜ちれば無傷では済まない。(それでも致命傷には程遠いであろうが)
更に言えば、飛ぶことに慣れていないドラゴにとっては400メートルほどあるこの崖は充分恐怖に値するものだ。
だが問題はそこだけではなかった。彼の背中に最大にして最重要的な問題が乗っかかっていた。
「と、飛ばなきゃこの人が死なせてしまうッ! ぐぐぐ……クソォ! 飛べぇええ!」
人間を死なしてしまうということはキメラ界では最もあってはならないことだ。だが、ドラゴはそんな理由でターロ姫を死なせたくなかったのではない。
心優しい彼は、人間であってもキメラであっても死があってはならないことなのだということを潜在的に知っていた。それは父の影を追う彼だからこその、ドラゴンライダーのドラゴンの血を引いた彼だからこそのも想いだ。
びゅうびゅうと真っ逆さまに風を斬り裂き、景色がストライプ柄に歪んでいく。飛べないドラゴン種ドラゴは、必死に翼を羽ばたかせるが上手くいかない。
「こんなところで……こんなところでわたくしは……」
ドラゴの背にしがみついていたターロ姫は、無我夢中でドラゴの翼の付け根のひっかかりを掴み、重力に逆らうように引き上げた。
「死ぬわけにはいかねぇーんですわぁああ!!」
ターロ姫とドラゴの共有していた視界がぐるんと廻り、目の前に迫っていた木々の緑と岩石の灰色はどこにも無く、辺り一面に広がる蒼い空とドラゴン種の村付近である目印の尖った岩山、千年樹と金の大樹が見えた。
「……は?!」
「……は?!」
思わず二人の飛び出た声が重なる。数十秒間、いや数分間、起こった出来事を理解するのに時間がかかったが、視界に広がる景色の意味を知った時……再び二人の声が重なった。
「飛んでるー!」
「飛んでるー!」
――ドラゴが、誰かの操縦があれば飛べるということが初めて発覚した瞬間であった。
ターロ姫とはそれからの付き合いがあり、ターロ姫のコントロールで何度も空を飛んだドラゴだったが、相変わらず自分の力では空を飛ぶことは全く叶わない。
それどころかターロ姫と出会った頃から全く進歩も成長もしていないのである。
ドラゴはそんな自分を顧みて熱気のはらんだ溜息を吐いた。溜息のピークで少し炎も出た。
「僕はなにも変わらないな。ターロ姫は王女様になって、それでターロ姫が中心のキメラダービーも……。ターロ姫をどうにか賞品という立場から助けたいけど……僕がダービーに出られるわけないし」
飛べないドラゴは、ここまでくるのにターロ姫の操縦で飛んで来れたが、帰りは足で歩いて帰らねばならない。その情けなさが毎回、彼のただでさえ少ない自信を削いでゆくのだ。
「おお、お前はドラゴンかよって」
トボトボと帰り路を往くドラゴに話し掛ける声。少年の声であり、ターロ姫でないことは聞くからに明らかだった。
ターロ姫とは仲良くしているものの、他の人間に対してはやはり警戒しているドラゴは歩む足を速めた。
(なんだよぅ……。頼むからそれ以上話し掛けないでよぅ……)
「あんだよつれねぇな。聞こえてんだろ? 無視すんなって」
少年の声は更にドラゴに話し掛けるが、ドラゴは忍耐強くそれに反応せずに耐えた。
「……まぁいいや。さっき見たぜ、お前がお姫様乗せて飛んでるのをよ」
「……!」
ドラゴは動揺した。飛んでるところを見られるのは問題ない。だが、ターロ姫を背に乗せているところを見られたとあらば話は別だ。
「それにしてもここまで飛んできたのになんで帰りは飛んで帰らねぇーんだって?」
(どうしよう……ここで僕が変な態度を取ったらターロ姫に迷惑かかっちゃうよ……)
その後もいくつか話し掛けられたものの、ドラゴはそれどころではなくこの場をどう納めるかという思考ばかりがぐるぐると回る。だが、一向に解決の糸口になりそうな妙案は出てこなかった。
「――なんてな。お前、ドラゴンライダー専用のドラゴンだろ? 自力で飛べるはずがねぇって」
「えっ、ドラゴンライダー!?」
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