第24話

「こんな状況だけどよ、言いたいことがあるんだって」


「なんだよ! ライドが何者だって話はゴールしてからだって……」


「いや、ダメだ。お前はもう気付き始めてるんだろ? 俺は最初からいないって」


「いないなんて、そんな! みんなライドが見えないって嘘を吐いてるんだ!」


「違うって。俺は最初からいない……これは、お前が“覚えている俺”なんだって」


「覚えているだって!? わからない、わからないよぅ!」


「あほぅ! だから黙って聞けよ! 俺はここまでだって。ゴールまではあと数キロ。トップのフェンリルとフェニックスはもうそこに見えてる。お前がセブンス・ソニックを最高出力でぶっ飛ばせば、戦局はひっくりかえるかもしれねぇって。だからな、もう大丈夫だと思うから俺の頼みを聞け」


「やめてよぅ! やめて、ライドぉ! ここまでってどういう意味だよ!」


「うっせ!! ほんとうるせえのな、お前! いいか、一度だけしか言わねぇから絶対に聞け!」


「うう……ライドぉ……」


「ターロを、……俺の娘を頼むぜ。ドラゴ」



 その言葉を最後に、ドラゴの背中からライドの気配が消えた。飛べないドラゴンを飛ばせる、ライダーが消えた。


「そんな、そんなぁ……僕がひとりで飛べるわけ……ないじゃないか」


 目の前が滲み、すぐそこに見えているビーとフェニックスがぼやけて見える。

……ドラゴは、本当は薄々気付いていた。ライドが何者なのか。


 ライドは、この世にはもう存在しない。


 自分の中の、わずかな記憶の中にいる存在なのだと。そしてそれは、かつて自分を駆っていたドラゴンライダーだったのだと。


 ターロ姫との出会いも、偶然ではなく……必然だったのだと。



「僕が……ターロ姫を絶対に救いたい……いや、守りたい理由……!」


 全ては思い出さない。思い出せない。思い出す必要がない。なぜなら、ドラゴはライドの言葉だけを信じたからだ。


「ライドの大切な人! そしてボクの……っ!」



 ペガサスは横に並ぶドラゴのただならぬ威圧感を感じ、生まれて初めての恐怖にも似た感覚を覚えた。


「な、なにをっ……!?」



――ペガサスがドリフトウィングが無効になるほどの加速でドラゴに引き離される瞬間、彼は確かに見た。


 ドラゴの背に乗る少年の姿を――。



「に、人間……!?」


『ドラゴ、知ってるか。お前が俺と一緒にドラゴンライダーとして飛んでいた頃。お前の切り札はセブンス・ソニックじゃなかったんだぜ。それよりももう一段階、とっておきの切り札があったんだ。だけど、あの頃よりもサイズダウンしたお前がそれを使えるとは思わなかった。でもやってやれよ、そこまでのスピードが乗ってるならきっと突き抜けるはずだ』



 時間にすれば一秒すらも経たない刹那の時。時間と思考の矛盾が生まれた。人が死の瞬間に垣間見ると言われる走馬燈と似たものだろう。


 だがこの短い刹那の時間に様々なことを思い出した。


 自分が飛べなかった理由。ライドが託したもの。自分が何者であるか。


 しかしそれらは今必要なものではない。むしろ邪魔なものだといっていい。ただ、誰よりも早くゴールをぶち抜くためにたったひとつ、必要なもの。それは……



『∞(ムゲン)ズ・ドライブ!』



【8】つめのギアである――。



 前を行くフェニックスを貫き、不死の鳥は瞬時に灰となった。置き去りにされたペガサスは、絶対だった能力を強制的に解除されるという体験したことのない事象に唖然とし、そしてそれはビーの横に並ぶ。



「ドラゴ……!?」



 目が合った瞬間、ビーは理解した。今の自分は、【今のドラゴ】には絶対に勝てないのだと。

 全てを置き去りにしたドラゴが去った後には、異様な静寂があった。


 その静寂が全てを物語っていたのだ。



――ゴッデスカップが、たった今終わったのだと。




~コロッセオ~



 ビーらが静寂の中で全ての結末を悟った時。時を同じくしてコロッセオも静寂に包まれていた。


 まるで全ての時が止まってしまったかのように。



 サプライズルールで5日間が3日間に短縮され、フェニックス、ペガサスの登場でボルテージが最高潮に上がった会場。


 怒涛の展開にグラント王を始め誰もが胸をアツくした。だが誰が予想できたであろうか。



――ドラゴの優勝を。



「いやったぁああああ! やりましたわ、やりやがりましたわちくしょーー!」


 ターロ姫だけが大きくはしゃぎ、グラント王は開口した口が塞がらないといった様子だった。

『い、1着……1着! ドラゴン種ドラゴン属、ドラゴォオオオオオ!!!』


 実況のルチャドのアナウンスで要約会場に熱が戻り、一斉に歓声が上がる。これまで起こったどの歓声よりも凄まじく、強烈な轟音であった。



「大穴だ! 大穴が来たぞ! ドラゴに賭けたやついるか!」


「いるっ! 俺はドラゴを買ったぞ!」


「うわあああああ!」


 混沌とする会場。むせかえる熱気。コロッセオは最高潮に沸き立った。



『おおっとぉ~! ここで順位が確定! 1着ドラゴ! 2着ビー! 3着ヴィヲン改めペガサス属イオルス!』


 予選での大番狂わせでドラゴに賭けていた者はいたものの、3着まで全てを当てたものはいないかと思われた。


 なぜならば1着をドラゴに予想した者のほとんどが2着にビーを賭けていたからである。つまり、3着にはリンドウ、カボッタ……次人気にパブ、ガガガが予想されていたからである。


 3日目終盤まで存在を伏せられていたフェニックスとペガサスは、それぞれガーゴイルとカーバンクルというおよそレースに関わらないと思われていたキメラだったために、3着を予想できた者はいない……と思われたが。



「ええええ~~~! 3着まで当てた奴がまた一人だけいるぞぉお! 誰だーーー!」


 会場はまたいつぞやのように、一人だけ的中させた人物を探すように騒ぎ始める。

『ちょっとみなさん、落ち着いて! リクアントさん、今回の結果についてコメントを……』


『イェア! ドラゴ、ド・ラ・ゴ! ヤーハァー!』


『あんたほんとに役に立たなかったな!』




 来賓席ではカシタ皇太子とヨーリ第2王女が興奮気に言い争っていた。


「なんですの!? ドラゴの優勝は有り得ないと言ったではありませんか! どんな脳みそを持ってらっしゃるの!」


「なにを!? こんな娯楽でいちいちムキになるんじゃない! ふん、王族とは言え所詮民間からのたたき上げ王女といったところか。自分の敗けを他人のせいにするんじゃないよ!」


「言いましたわね! ヴィラゴシスの威光にひざまずき靴を舐めるだけの愚かな皇族のくせに!」


「なんだと! 取り消せっ!」


 歓声と轟音、アナウンスに紛れながら二人は醜い争いをさらに続けた。



 それを横目にミュウは、20年物のワインを開け同じケットシー属のミャオと共に祝杯を上げ、ドラゴの勝利に驚きと喜びを分かち合っていた。


「我らキメラの歴史的快挙に乾杯」


「乾杯ニャス」


 ヨーリ姫のテーブルには3年ものワインが注がれたグラスが揺れ、カシタ皇太子との争いの拍子に落ちて割れたのだった。

~特別観覧室~


 グラント王は拳を握りしめ、会場を見下ろしながら身体を震わしている。その背後にターロ姫が近づいてくる気配を感じたのか、グラント王は一言「なぜだ」と問うた。


「なぜ……とは、なんでしょう」


「とぼけるでない! お前は何故あのドラゴンが勝つと知っていた!」


「グラント王……いえ、“お父様”。それは愚かな質問ってやつですわ。私は知っていたのはなく、『信じていた』のです」


「信じていただと!?」


「ええ、私はただ信じていましたの。『ドラゴが必ず勝つ』と」


「なにを根拠に!」


 ターロ姫は真剣な表情でグラント王を見詰めながら、強い意志を感じる言葉で言う。


「私がドラゴンライダーの村・ピッポロイで生まれ育った“ライドの娘”で、ドラゴが伝説のライダー“ライドの竜”の遺伝子で作られたドラゴンだってこと……。それが根拠に他ならねーですわ」


「ぐぅ……やはり、お前を」


「お父様? 確かお父様がドラゴンライダーを廃止されたのですよね? 全てを知ってるって感じですわよ。貴方もドラゴンライダーの端くれだったと……ね」


 グラント王の顔色が青ざめてゆく。“なぜ、お前がそれを知っているのだ”とでも言いたげな表情であった。弱々しくターロ姫を見詰める瞳が物語っていた。


「ドラゴンライダーの娘が、ドラゴンライダーの竜へ貰われてゆく。些か構図は逆ですが、自然っちゃ自然な姿とは思いませんこと? お父様」

 ターロ姫はグラント王の目の前に1枚のチケットを見せた。


「そ、それは……! 的中、させたのか!」


「ええ。貴方の小細工くらい御見通しですもの。ただ……期間の短縮は読めねーかったですけど。その辺は流石、文明王といったところですわ」



 ターロ姫がそこまで言うと、賞品の贈呈式の為数人の兵士が特別観覧室へとやってくる。


「私を死罪にしますか? キメラダービーでヴィラゴシスを盛り上げるのに一役買った現役の姫を殺せば……王族は失墜するでしょうぜ。それともそれを覚悟で私をぶっ殺しますか?」


 ターロ姫は兵士に連れられ、部屋を出る際最後に怒りに震えるグラント王に告げた。


「ドラゴンが勝つとまずかったのですよね。ドラゴンライダーが復活してしまうかもしれませんもの」



 乾いた音を立て、厚い扉が閉まってゆく隙間に映ったグラント王は、なぜだか小さく見えたのだった――。



「えっと、あなた」


 ターロ姫はステージへ案内する兵士を呼ぶと、「手を出して」といった。


「は。なんでしょうか」


「これ、あげるわ」


 そう言ってターロ姫は、兵士に的中したチケットを渡した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る