第23話
『Θ地点に規定プレイヤーが通過致しましたので、ゴッデスカップ本戦サプライズルールを発動します。繰り返します。Θ地点に規定プレイヤーが通過致しましたので、ゴッデスカップ本戦サプライズルールを発動します』
「サプライズルール……だと?!」
ビーがアナウンスを聞き反応した頃、クラーケン攻略に悪戦苦闘しているドラゴたちはそれどころではなかった。
「おいドラゴ! いい加減にこのクソイカどうにかしろって!」
「簡単に言わないでよぅ! 僕だって頑張ってるんだから!」
ドラゴとライドがそんなやりとりをする中、リンドウがドラゴに話し掛けた。
「それよりもよ、さっきのアイテムは結局なんだったんだ!」
どうやら彼らはクラーケンの猛攻を躱すことに夢中でアナウンスが耳に入っていない様子だった。
つまり、このサプライズルール発動に関しても。そして、ペガサスについても……だ。
「オオオオ……!」
不気味なクラーケンの雄叫び。地響きかと思うような声にクラーケンも怒っているのが分かる。
「勝手にキレてんじゃねぇって! キレてんのはこっちも同じなんだからなちくしょう!」
ライドの触手を避けながら文句を言うが状況はまるで変わらない。それどころかクラーケンの怒りで、より激しくなる触手による攻撃。
「ブシャアアアッッ!」
クラーケンが吐き出したスミは、マグマのように熱く全てを溶かす毒を持っている。これがかかればひとたまりもない。
そのスミを定期的に吐きながら猛攻をやめないクラーケンの触手が、スミを回避したリンドウに直撃する。
「ぐわあっ!」
「リンドウ!」
リンドウに気を取られたドラゴも、その隙に背中に触手の攻撃が命中し空中で自由を奪われた。
「しまっ……!」
ドラゴが再び体勢を立て直そうとするが、クラーケンのスミの追撃が目の前に……。
――真っ黒なスミが白い閃光に覆われ、瞬時に蒸発したかと思うとドラゴの視界はクラーケンから外れ、一面に暗い海が広がった。
何事か分からずふと顔を上げた時、ドラゴは信じられないものをみた。
「ペガ……サス……」
「大丈夫、私に気にせず先を行くのだ」
ペガサスは白い翼を優雅に広げ、キラキラと金色の粒子を放出している。見るからにこのキメラが特別なものなのだと知らしめるように。
「で、でも……なんで僕を助けてくれるの?!」
ペガサスは、ドラゴを振り返ると笑った。
「なんで? 当然だろう、先に汝に助けられたのだ。わざわざ切り札を敵に見せてまで……な」
ドラゴはペガサスの言っていることが理解出来ず「へ?」と間抜けに答えたが、構わずにペガサスはクラーケンの元へと光の放物線を描き戻ってゆく。
「……ちぇ、やっぱり天然の大物かよって。お前は」
「な、なんだよぅ……ライドは訳がわかっているの? だったら教えてよぅ!」
「いいんだよ! 無駄なことは考えるな。それよりも急がないとフェンリル野郎に差をつけられっぞ! 今日のレースも残りわずかだ」
ライドがそういうと二人は同時に空を見上げた。
「そうだね……なんだかわかんないけど、あのペガサスさんにはあとでお礼を言おう」
ドラゴは、危機から脱したこの機を最大限に生かそうと決め、前を睨むとゴーグルの位置を直す。
「いくぞっ! いけるな、ドラゴ!」
「うんっ、いくよ……セブンス・ソニック!」
「おい、ずりぃぞ! なんでドラゴだけ助けるんだよ!」
リンドウだけがクラーケンの猛攻の中取り残され、戻ってきたペガサスに文句を言った。
「汝には借りがないからだ。……日頃から思いやりを持って生きるがよい」
「はあ!? うっとおしいな、どいつもこいつもよォ!」
リンドウが不機嫌そうに叫ぶとペガサスは、ふふん、と鼻を鳴らす。
「だが借りは返したぞ。クラーケンをおとなしくさせたら、次は敵として本気でぶち抜かせてもらう……ドラゴ」
「そっちで勝手に盛り上がってんな! 俺もいるだろ俺も!」
「おおそうか。そうだったな、ではグリフォンの者……クラーケンの動きを1秒、止めて見せよ」
リンドウは「はあ!?」とペガサスを見るが、ペガサスの澄んだ瞳の奥に光る何かを読み取り、不本意そうに口を歪ませた。
「ちっ……分かったよ! 俺を舐めんなァア!」
リンドウは高速でクラーケンに向かって近寄ってゆく。突然の接近にクラーケンの触手がリンドウに追いつかず、クラーケンは近寄らせまいとスミを吐く。
「みえみえだろーがそりゃあ!」
螺旋を描くようにぐるりと空中でスミをすれすれで避けると、クラーケンの巨大な眼球に体当たりをぶちかます。
「オオオオ……!」
衝撃にクラーケンが完全に動きを止め、リンドウは叫ぶ。
「おら、1秒だ! どうだバカヤロー!」
リンドウが叫んだ時にはすでにペガサスは攻撃の体勢に入っていた。
「うむ。確かに見直したぞ、グリフォンの者」
ペガサスの翼に金色の粒子が収束してゆき、キーンと針の先の音を立てた。その間、きっかりと1秒。
ペガサスが翼を一度大きくクラーケンに向かって羽ばたかせた。
「うおっ! マジか!?」
これから起こるなにかを予感し、リンドウはそこから距離を置いた。
『ヴェノム・アーク』
名前はかっこいいが、要は極太で金色のビームである。
ビームをまともに直撃したクラーケンは、これまで猛攻を繰り広げた触手をだらんと垂らし海の底へと沈んでいった。
「これでしばらくは浮いてこないであろう。許せクラーケンよ」
その姿をみてリンドウは不覚にも見蕩れてしまい、なんならかっこいいとまで思ってしまった自分を恥じた。
「くそっ! 俺は孤高のグリフォンなんだよ、ペガサスなんか……」
「さて、義理は果たした。私は先を急ぐ」
リンドウが自分を戒めている中、ペガサスはそう言い残すと光を纏って行ってしまった。
「なっ、おい! なんだよなんてスピードだ! ……っていうかもう追いつけないか。クソッ!」
ペガサスのスピードと、昨日みたドラゴのセブンス・ソニックを思い浮かべ、リンドウは残る2日間に賭けることにした。
サプライズルールの内容が発表されたのは、リンドウが残る2日間に賭けようと決めた直後。
『サプライズルールの内容を発表します。サプライズルールの内容を発表します』
『Θ地点を6名通過し、ペガサスポッド・フェニックスポッドの使用を確認したため、条件達成ということで5日間のゴッデスカップを3日間に短縮いたします』
「なんだと!」
「え、ええっ!!」
「冗談じゃねぇ!」
「うそじゃないの!?」
各地でプレイヤーのキメラ達が様々な反応をする。5日間だったはずのゴッデスカップは、最初から3日間だったのだ。それが発動するのがアナウンスで告げた通り、Θ地点の定員数通過、条件アイテムの使用……。
「トップ集団を絞った状況でフェニックスとペガサスの覚醒。キメラを追い詰めることが目的か……」
ビーは奥歯を噛み締め、フェニックスから逃れながらグラント王の悪意を読み取った。
「さすが文明に魂を引かれた人間だ……。私達は人間には勝てない。いや、勝つのではなく同じ場所に立ってはいけない。それだけはよくわかった」
『レースのゴールはΔ1とΔ2が合流する直線経路! 残るレース時間は10分を切ってます。ゴールまで間に合わなかった場合、優勝者該当なしとさせていただきます』
「勝手なことをしゃあしゃあと言いやがって! あと10分だぁ!? 馬鹿にすんな!」
ライドが叫び、ギアを6に上げる。セブンス・ソニックを発動するつもりで飛行しているが、ギアを6まで順番に上げてゆくという準備動作が必要だ。
アナウンス時はようやく6まで引き上げたところだった。
合流地点の近くまで来ていたガガガは、迫りくるドラゴに気付かなかった。まだクラーケンに掴まっているのだと思っていた。
ガガガの推測では、クラーケン攻略に使う体力と時間。これは今日中に回復できるものではない。仮にクラーケンを倒せたとすれば、もしかすれば自分に追いつかれる可能性はあると思ったが、まずそれはないと踏んだ。
あれだけ巨大なキメラである。簡単に倒せるはずもない。
しかも、あの10本の触手と毒スミの攻撃は中々簡単に突破は出来ないだろう。ストップタイマーを使用し、クラーケンを攻略した時点で3日目は自分のものだとガガガは確信していた。
赤のΔ1コースを裕にビーが攻略したとすれば、もしかすると優勝は無理かもしれないと思ったが、それでも2位。上出来である。
突然降ってわいたサプライズルールは、ガガガにとっては願ってもない幸運だった。4日目5日目、自分の順位を死守することができるか不安だったからである。
それでもパブやカボッタを出し抜いたのだ。彼には本望である。
そこに4日目5日目がなく、この先にあるゴールをくぐれば終了。となれば、もはや自分の勝ちは決まったも同然。
なぜならば目の前に見える合流地点にビーは現れていないからだ。
「しししし……。これはボクの時代が到来したって感じじゃないの? 毎日死にたいって思ってたけど、案外ボクは選ばれし者なのかも。しかも舞台は海……残る10分、僕ならきっとたどり着けるはず」
そのように呟いたガガガの希望はこのレース後、儚く脆いものだったと思い知ることとなる。
全力で泳ぐ体勢に入ろうとしたガガガは、二本光の線を見た。
「あの光……、流れ星じゃないの?」
それを流れ星に見間違えるのは仕方のない事であった。それほどに細い光の針。だがガガガは気付かない。
彼が見た光の針は『今走っている光』ではなく、『通り過ぎた後の余韻』であることに。つまり、彼が見た空はすでにそれらが【通過したあと】なのだ。
それともう一つ。
合流地点にまだビーが来ていないと踏んでいたガガガだが、そうではない。
『ガガガがこの地点に辿り着くよりももっと以前に、ガガガはこの合流地点を通過していた』のだ。
「よし、誰もきてないじゃないの。これはもうボクの優勝は間違いないね!」
↑暫定五位
~一位ビー、二位フェニックス~
合流地点はΔ1から続く陸地と、Δ2から続く谷が行きつく一本道であった。フェニックスに追われる形で速度をあげ続けたビーだったが、一定の距離以上は離せない。
それはスペシャルキメラとも呼ばれるフェニックスの意地でもあったのだ。
「ケェエエ!」
「……絶対にこの俺が勝つ! フェンリルの名に懸けて!」
一位争いをしている彼らに遅れて二本の流星。先にそれに気付いたのはビーだ。
「来たなペガサス! そして……ドラゴ!!」
~ドラゴ・ペガサス~
「わああっっ! ペガサスに追いつかれちゃったよぉお!」
ドラゴは叫び、横に並んだペガサスの姿に動揺する。ペガサスは凛々しく笑みを浮かべた。
「スピードには私も自信があってね。といっても私の場合は特殊だが」
「と、特殊……」
「そう。私単体の速度は天馬種の中でトップクラスではあるが、フェンリルやフェニックスほどではない。もちろん、汝よりも私は遅いのだ」
ペガサスの言葉にクエスチョンマークを漂わせながらもドラゴは「で、でも追いついてるじゃないかぁ」と泣き声で叫んだ。
「私の特殊能力さ。“ドリフトウィング”……私の翼は特定の相手に磁力で引き寄せられるようについてまわることができる。つまり、私のこのスピードは汝のスピードに便乗しているというわけなのだ」
「え、えっと……」
「難しいか。だが理解しろ。敵の能力は理解し、分析するのだ。そうでないと、これから先、一体(ひとり)でやっていくには無理があるぞ」
「僕たちはひとりじゃないからっ!」
ドラゴのひとりじゃないという言葉にペガサスは不思議な目をした。
そしてドラゴを尻尾から頭まで見渡すと、衝撃的な言葉を放った。
「“僕たち”? どこかに誰かいるのか」
ペガサスの一言はほんの一瞬だが、ドラゴの時を奪った。いくら人前ではあまり喋らないとは言え、この距離でライドが見えないはずはない。
「な、なに言ってるんだよ……ライド! なにか言ってよ、ペガサスがライドがいないって……ライド?」
ドラゴにはライドの気配はする。だが、ライドは一切答えない。背中をなんとか見やるが、ライドの姿は見えない。
「ライド! ライドぉ! お、墜ちたのかな……戻らなきゃ!」
「待て、ドラゴンの少年!」
「ごめんなさい、ペガサス……。よくわからないけど、多分ボクと一緒に飛んでるからスピード速いってことだよね? でもボクは戻らなきゃ……ライドが」
ドラゴがセブンス・ソニックを解除してライドを探しに行こうとした時だった。
「ドラゴ」
「ライド! なんだ……よかったぁ、墜ちたのかと思ったじゃないか」
不思議な表情でペガサスはドラゴを見詰める。ペガサスの目から視えているドラゴは……ひとりで話していたのだ。
「……少年」
ペガサスの呟きが聞こえていないのか、ドラゴはライドとの会話を続けた。
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