第25話

■パレードのあと




 ヴィラゴシスのとある病院の一室に彼女はいた。


 第一王女ハリョン。初の民間からの姫として王族についた長女である。



 彼女は生まれつき病弱であり、医療の発展よりも娯楽と経済的発展を優先したヴィラゴシスに於いて不遇と言わざるを得なかった。


 病弱ではあるが、白く美しい肌と絶世の美しさを持つハリョンは、人柄や性格もよく、国民からの人気も厚い。


 だが彼女の病状は芳しくはなく、病室から出られない日々が続いていたのだ。


 誰もが彼女について「神は完璧な人間を作らない」と嘆いた。ハリョンに続いた民間の姫は、次女ヨーリ、三女ターロと、活発で健康的な女性ばかりが選ばれたがやはりハリョンほどの人気を得ることが出来なかったのだ。



 このままではヨーリかターロに王権が渡ることとなるだろう。正確に言えば、ヨーリとターロの婿に……である。だがハリョン自信はそんなことはどうでもよいことで、自分よりもヨーリやターロのほうが適しているとさえ思っている。


 病弱でいつ死ぬかとも分からない自分よりも、皆を元気にするような活発で健康な二人に任せていればいい……のだと。


 そんなハリョンのことを、ターロは慕っていた。


 本当の姉のように慕っていたのだ。

 ターロは解っていた。自分が何故王族に呼ばれたのかを。


 自分は伝説のドラゴンライダー“ライド”の娘である。


 キメラ達に行った記憶と情報操作で、ドラゴンライダーによるキメラダービーが遥か昔のことのように植え付けられているが、実際はほんの数十年も前の話だ。


 ライドはレース中の事故で死んだ。そして、そのレースで二番人気だったのがグラントである。


 二人はドラゴンライダーだったのだ。



 要は、グラント王は最初からターロがライドの娘であり、ドラゴンとの接触と反逆を恐れての王族召喚だった。これをしておけば、事情を知る者からはグラントは人格者として崇められ、更に王としたの格が上がる。


 しかしターロが知っていたのはそれだけではない。



 ライドが死んだ事故は、全てグラントが仕組んだことであるということも……。


 ライドと共に瀕死の重傷を負ったドラゴンの細胞を使い、ドラゴを造り単独で飛べないように操作したのもグラントである。ドラゴが自力で飛べなかったのはそのためだ。



 だから、ターロはドラゴに細胞レベルで思い出してもらえるように接触した。自らがドラゴと親しくなり、ドラゴに乗って飛行するという荒業を。



 王族についた後にドラゴのことを知ったターロは、グラント王に一矢報いるチャンスを虎視眈々と見計らっていた。……だが、ターロにとってハリョンは誤算だった。


 あまりに、優しく美しいハリョンを救いたいと思ったのである。




「だからって言って、ゴッデスカップにまで発展するとは思ってなかったというのが正直なところですわ」


 ドラゴの背に乗ったターロ姫は、ドラゴに事情を話しながら寝そべった。


「じゃあ、ライドは……」


「そ。あんたの潜在意識の中にあった記憶ですわ」


 そう言われてもドラゴは釈然としなかった。いくらそうだと言われても、ライドと過ごした日々と彼と話した沢山の会話が過去の記憶には到底思えなかったからである。



「ドラゴ」


「なに? ターロ」



 釈然としない頭のまま、呼びかけられたターロ姫に返事をする。


「……パパってどんなだった?」


「え……」


「私が超小っせぇ時に死にやがりましたから、覚えてねぇんですの。だから、ドラゴと一緒に居たパパのことを知りたい」


 色々と考え、悩んでいたドラゴは全ての思考を吹き飛ばした。


――なにを悩んでいるんだ。過去のことや真実なんてどうでもいい。僕はターロ姫を護る。それがライドとの約束じゃないか。

「ライドはね! とってもいい加減で乱暴で強引で……でも、すっごく頼りがいのある最高のドラゴンライダーさ! それでね、それでね……」




 冒頭の病室で、ハリョンはホットヨーグルトをゆっくりと飲んでいた。


 彼女はもう何日も、何週間も、外に出ていない。寂し気な横顔と、儚げな表情とは対照的に美しい絹のような金髪が時折吹く風に揺らめいている。


「もうすぐ春かしら……」


 頬を撫でる風の温度が、いつもここにいるハリョンに季節が変わるころだと教えた。



「ハリョン!」


 その時だ。どこからともなくターロ姫の声が聞こえたのは。


「ターロ? ……どこ? どこにいるの」


 ベッドの上であたりを見渡すが、ターロの姿はない。


「ハリョン、こっち! こっちですわ!」


 窓の外から聞こえた気がするものの、ハリョンの病室は王族特別なもの。いや、ハリョン専用の病室である。それゆえ、最上階の特別な場所にあった。


 それは国民が高く高く見上げるほどに、高い場所だ。


 さすがにそこからなどは有り得ないと、ハリョンは再度ターロの名を呼んだ。


「ターロ、どこにいるの? いたずらはやめてねターロ」


 白く透き通る肌が差し込む光を反射させ、ターロの声が彼女をベッドから下ろさせる。


「どこ? ターロ」



「ここよ、ハリョン~!」


 ベッドから立ったところで、窓の外からドラゴに乗ったターロ姫が現れた。


「きゃあっ!」


 初めて目の前で見るドラゴンの姿に思わず尻餅をついてしまったハリョンの元に、ターロ姫が窓から入ると、手を伸ばす。


「ハリョン。いつか元気になったら一緒に空を飛ぼうって約束しましたわよね!? 迎えに来ましたわ!」


「へっ!? ど、どういうこと? ターロ」


「どういうこともそういうこともねぇーですわ! さ、乗ってください! 新しい【キメラの王族】ドラゴですわ」


 ターロ姫がそのようにドラゴを紹介すると、窓から覗いたドラゴは苦笑いで「ど、どうも」と挨拶をした。


「このままドラゴに乗って、医療の国フィードアーガスまでひとっ飛び! ヴィラゴシスなんかで療養してていてもいつまで経っても治りませんことよ!」


 なぜか腰に手をあて、偉そうなターロ姫はそういってハリョンの手を取り立ち上がらせた。


「なんだかわからないけど……でも、空を飛べるのは素敵ね」

 ターロ姫の目の前には大好きな姉・ハリョンの笑顔があった。


 ドラゴとハリョン。


 この二人がいれば、世界のなにかが変わるかもしれない。ターロ姫は心のどこかでそんな風に思った。



「ところで……ターロ。そのドラゴンさんは、大丈夫なのですか?」


「なにがですの?」


「ひどく顔色が悪いようですが……」


 ターロ姫が振り返るとドラゴは真っ青な顔色で、脂汗を大量に掻いていた。


「……どうかしました? ドラゴ」


「あ、あのさぁ……信じがたい話だと思うんだけどぉ……」


 ドラゴは力なく笑うと徐々に窓の下へと下がってゆく。


「やっぱり自力じゃ飛べないぃいいい~~!」


「えええええ~~~!!」


 ハリョンとターロ姫が急いで窓の外を覗き込むと、ドラゴはぐるぐると回転しながら墜ちていっている。


「いきますわよ! ハリョン!」


「は、はい??」


 ターロ姫はハリョンの手を掴むと、ハリョンと一緒に窓から飛び降りた。

「きゃあああああああっっ!」


「だいじょーぶ! 私を……ドラゴンライダーの娘を信じろって!」



 ドラゴの背に落ちたターロ姫は、グリップを握るとドラゴを旋回させ大空へと見事に軌道を安定させた。



「す、すごい……」


「へへぇ~、これが私の実力ってやつですわ……」



 ドラゴはドラゴでホッと溜息を吐きながら、「なんか全然ボク成長してない感じする……」と落ち込んで見せ、その様子を見たターロ姫は笑いながら言った。


「大丈夫ですわ! これからは私とずっと一緒ですもの! ねぇ、ハリョン?」


「……素敵な話ね」



 ハリョンは窓から吹く僅かな風でなく、全身で感じる空の風に瞳を閉じた。


「本当に……素敵」


 ハリョンの呟きに、ターロ姫はまるで自分のことのように喜び、満面の笑みでグリップを握る。


「ところでターロ姫……。なんか背中が冷たいんだけど、さ。なんか零した?」


「ああそれですか? それはおしっこですわ!」


「ちょ、なんで怖いのにやるんだよぉ! 僕はドラゴンだから落ちたって死ななないんだから!」

「じゃかましいですわ! さあドラゴ行くのです! いざ、フィードアーガスまで!」


「やだよぅ! 背中をおしっこに濡らしたままなんて!」


「おだまり! 貴方は私のおかげで王族なったんじゃねぇかですわ! 位で言うなら私が上ですのよ! 文明人のルールに従いなさい! ドラゴン風情!」


「わわ! めっちゃくちゃ口悪い! 最悪だ!」


「ふふ……あははっ、あ~おかしい~!」



 ドラゴとターロ姫のやりとりに、ハリョンが笑った。そして、ドラゴとターロ姫は顔を見合わせると、この広い大空の先へ。もっと先へ、目指すのだった。







ドラゴ×ライド fin

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ドラゴ×ライド 巨海えるな @comi_L-7

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画