第3話 小さなため息
ある日の夜。
一日の職務を終えた瞳の巫女が満足そうな顔をしている。
その視線の先には自分の手のひらの上で人が読むサイズの本を声に出して読むハムスターがいた。
「これでいいですか?」
瞳の巫女がもう片方の手でハムスターを撫でる。
その手つきの良さにハムスターも嬉しそうにしている。
「うん。流石影ね。よくできました」
ハムスターは本を読んでいて疑問に思った事があった。
「これ声に出して読む必要あったんですか?」
「あったわよ。影が私を守ってくれた数少ない日の事ですもん」
とても幸せそうな顔をしている瞳の巫女。
「でもその気になればあれくらい自分で何とか出来ましたよね?」
「…………」
「…………」
「影? 今何か言った?」
この瞬間、瞳の巫女の暖かかった目線が突如冷たくなる。何かを刺激してしまったらしく先ほどまで優しくハムスターを撫でていた手を使い今度は細い人差し指でハムスターの頭を突こうとしてくる。その言葉と指先に恐怖を感じたハムスターは自分の心に嘘をついた。
「な、何も言ってません……」
自分の心に嘘をついたおかげか瞳の巫女の表情がとても幸せそうな顔に戻り、又優しく撫でてくれる。
しかし優しく撫でられいるハムスターにとって本来は気持ちいいはずなのに今は何も感じなかった。さっきのを見て何処か生きた心地がしなかったからだ。
ここで二人のやり取りを見ていた勇者の女性が瞳の巫女に質問する。
「ところでそのハムスターの正体をもうそろそろ私達にも教えていただけないでしょうか?」
その言葉に瞳の巫女が手を止め考える素振りを見せる。本人からしたら別に話さなくてもいい事だと思っていたのだが、この一週間隙あらば何度も同じ事を聞いてくる女性の勇者に少し疲れていた。勿論この事をハムスターの姿をした影は全て知っている。ここ一週間瞳の巫女とずっと一緒にいて全てを見ていた。
だけど今日は瞳の巫女がいつもと違う反応を見せる。
いつもなら「もう少ししたら話すわ」と一言で終わらせるのに今日は違った。
「知りたいの?」
「知りたいも何も村の人間、全員がそこのハムスターが味方なのか敵なのか不信がっております。いい加減説明していただきたいのが本音です」
影は勇者が言いたい事をよく理解していた。今まで二年間、影は瞳の巫女と一緒に過ごして来てお互いの事をある程度知っている。しかし村の人間からしたら今まで瞳の巫女のペット程度にしか思っていなかったハムスターが実は人間の男でありながら巫女以上の龍脈の力を扱えるとなればこれ以上不気味な存在は中々いない。
しかし瞳の巫女は建前上、ただ単に説明が面倒なので今まで適当に勇者の言葉を聞き流していた。瞳の巫女の中では皆すぐに影に対する興味が皆なくなるだろうといった考えだったが、瞳の巫女の心とは裏腹に時間が経てば経つほど皆の疑心は高まっていくばかりだった。
それなら素直に話せばいいのではと思うが、瞳の巫女は中々真実を話そうとはしない。これにも一応ちゃんとした重大な秘密と理由があってのことだ。だからこそ今まで影の正体を敵はおろか味方すら知らなかった。影としては別に自分の生活が出来ればそこら辺は基本どうでも良かったので対応はいつも瞳の巫女に任せている。巫女は小さくため息をついた。どうやら隠し通すのを諦めたみたいだ。
「はぁ……分かりました。雛の質問に答えるわ」
雛と呼ばれた女性の勇者が瞳の巫女に頭を下げる。雛は一週間前、影が初めて人前に人間の姿を見せた時に守護者三人から傷つきながらも瞳の巫女を守っていた女性――勇者だ。
「ありがとうございます」
「とりあえず皆知りたいみたいだから今から村の皆を巫女の間の集会所に集めてちょうだい」
「かしこまりました」
雛は早速村の皆を集会所に集めるべく部下を引き連れ巫女の間を後にする。瞳の巫女であるもペットのハムスターを手に乗せ一緒に巫女の間から移動する。
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