第10話 寝起き


 神に朝の祈りを捧げる為、朝日が昇りだす前に目を覚ます。するといつもはない感覚が身体にある。試しに目を向けて確認すると影が詩織に抱き着いている。


「こら……影! 何処触っているのよ……起きて」


 詩織は気持ちよく寝ている影をそっとしたまま起きたかったが影の手は最近お肉が付いて気にしている腰回りに置いてある事に気づく。ただ置いてあるだけなら、そっとどかせばいいのだが手に力が入っており少しお肉をつまんでいたので仕方なく身体を優しく揺すり起こす事にする。


 そんな詩織を無視して影は気持ちよさそうに詩織に甘えるように抱き着いて寝ている。その寝顔を見た詩織は影の事がとても可愛いく見えて自分が何かしてはいけないような罪悪感にかられていた。


「ふにやぁ~、むぅ~あぅ」


 影が良く分からない寝言を言う。詩織はそれを聞いてクスクスと笑ってしまう。影は最強の転生者で巫女五人より強い力を持っている。その癖、頑固ですぐに嘘を付き、嫌われ役を何も言わずにするような男だ。簡単に言えば全部一人で抱え込む。そんな最強の転生者がここまで甘えん坊で無防備に寝ている事が可笑しくてしょうがなかった。


「かげ、かわいい」


 すると「う~ん」と返事が返ってくる。しかしそれは完全に寝言だ。

 昨日影から全てを聞いた詩織はこの事を今日の夜、巫女達に全て話す予定でいる。自分だけの秘密にするにはあまりにも大きい話しであり、召喚者である五人の巫女は影の事を口以上に裏では皆心配していた。だからこそ伝えようと思っている。例え影が反対してもこれ以上影に無理をして欲しくない詩織としては話すつもりだ。例えそれで影に嫌われる事になっても今後ちょっとでも影の救いになるのであれば詩織としては本望だ。


 本来であればもうそろそろ起きて、巫女装束に着替え例えどんな理由があっても神に朝の祈りを捧げにいく。今まで詩織が巫女になって一回も行かなかった日はない。しかし今日だけは行かない事にした。これは巫女としてとてもまずいかもしれない。でも影が昨日初めてこの世界に来て素の自分になれようやく羽を休める場所を作れた。その甲斐あって今影はとても気持ちよさそうに詩織に抱き着いて寝ている。無理に影を引き離そうとして起こしてはいけない気がしたのだ。そして詩織がこの日、神に祈りを捧げに行くのを中止した理由はもう一つある。それは詩織が起きる前、とても短かったが不思議な夢を見たからだ。


 夢の中で突如詩織の前に姿を見せた髪の長い女性が詩織にこう言った。


「村の危機を助けるのは私達神ではありません。それは人類の希望である転生者です。この意味を考えなさい。そうすれば奇跡はおきます」


 とても短い言葉だったが詩織は神からのお告げだと直感で確信していた。現状五つの村の危機は本当で転生者である影を中心に仲違いをしてしまった巫女が一つになろうとしている。巫女は時折神のお告げを夢で聞くと先代から聞いていたが詩織にはそう言った経験が今までなかった。しかし今日先代が言っていた意味がようやく分かった気がした。だから神ではなく今日から村の危機が回避されるまでは神ではなく影を信じてみようと思った。それが巫女だけでなく神すらも望んでいるのならそうするのが一番だと考える。朝一で起きて日の出と同時に護衛の勇者と一緒に村を出て瞳の村に行く予定だったが、影が起きるまで一緒に添い寝をして起きたらそこから支度をして行く事に予定を変更する。詩織より一つ年下の男の子は無邪気にまだ寝ている。詩織は影の顔を見て頭を撫でてみる。そうすると影の顔が少し笑った顔になる。


 詩織は静かな部屋で独り言を呟く。


「影は甘えん坊さんだね」


 勿論返事は返ってこない。

 だって詩織は寝ている影を見て思った事を口に出しただけだったから。


「それにしても無防備過ぎだよ」


「はむゅ~」


 さっきから影が良く分からい事を寝言で言っている。詩織からしたらそれがたまらなく可愛くていつまでも見ていられる。これが本来の影の姿で詩織達五人の巫女が今まで見てきた影とは別人にしか思えない。しかしこれが現実で夢でない事は事実。

 詩織が気持ち良く寝ている影の頭を撫でて一時間程すると目を開けゴシゴシしながら上半身起き上がらせる。寝ぼけているせいか腰を曲げ起き上がってゆらゆらする影の身体を心配して詩織が両手をお腹と腰に当て支える。


「……詩織……」


「はい?」


「…………おはよう」


 詩織が笑いながら影に挨拶をする。


「影、おはよう」


 影は隣にいる詩織を見て挨拶をするが朝が弱い影にとっては挨拶も一苦労だった。名前を呼び挨拶するまでに普通なら考えられない程の間が空き、あくびをしながらの挨拶となる。勿論影としてはいつも通り挨拶をしているつもりだが周りから見たら生きている時間の流れが違うのではないかと言ったぐらいに影の世界は時間が遅れていた。


「……詩織……」


「………………」


 影が再び詩織の名前を呼ぶ。詩織は先ほどの挨拶から影が寝起きはとても弱い事が分かったので次の言葉を待つが影から次の言葉が中々出てこない。


「………………」


「………………」


「…お腹…………」


「お腹?」


「……空いた」


「ちょっと待って。すぐに用意するから」


 普段ならすぐに終わる会話が成り立つまでに数十秒かかる。詩織は影に言われた通りすぐに勇者を自分の部屋に呼び朝ご飯の準備をする。呼ばれた勇者が部屋に来ると詩織が意識のはっきりしない影を介抱している姿が目に入る。詩織に言われた通りにすぐに朝ご飯の準備に入る為部屋を出ていくが、部屋を入ってから出ていくまで勇者の目は影を睨んでいた。その目は何でお前がそこにいて巫女に介抱までされていると言った感じだ。もっと言えば何故お前の朝ご飯の準備をしなくてはならないと言いたそうだったが寝ぼけて意識がとしている影にそれが伝わる事はなかった。

 詩織は朝ご飯が出来る前に影を連れ洗面所に向かう。そして手早く洗顔と歯磨き、髪の手入れと全てを終わらせていく。そして全てを終わらせ影を見てみると立って寝ていた。

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