第11話 よく食べる子


 詩織は小さくため息をつく。


「はぁ……本当の影はここまで何も出来ないのね」


 ため息と一緒に詩織は本音がつい出てしまった。いつも自分達以上にしっかりしていた影を知っているからこそギャップが凄すぎて怒りを通り越して呆れてしまった。だからと言って詩織の影に対する好感度が下がったかと言うとむしろ上がっていた。口では影に自分の本心を知られるのが恥ずかしくて意地悪を言っていたが内心は「もうわたしがいないとかげはダメね」とデレデレ状態だった。これは詩織の母性本能を影が刺激してのことだ。やはり恋愛とは難しい。


「影、我慢してね」


 詩織の言葉に影がゆっくりと首を縦に動かし返事をする。そして詩織の手が手際よく動いていく。そして洗顔、歯磨き、そこら辺の女の子以上に長い髪の手入れと全てを終わらせ最後に着替えを手伝って終わらせる。


 すると洗顔をして影の意識がはっきりとしてきたのか詩織がやっと終わったと思う頃にはいつもの影になる。


「詩織ありがとう。詩織は優しい女の子だね」


 笑顔で影は詩織にお礼を言う。普段巫女として扱われる詩織にとっては好きな人からのお礼だけでも胸が一杯になるのに、一人の女の子として見てくれた事による喜びで胸の中が嬉しい気持ちで溢れかえる。


「うん。影のお世話だったらいつでもしてあげるよ」


 詩織は影の言葉に少し顔を赤くしてモジモジしながら答えた。そして影の手を掴み自分の部屋に連れて行く。まだ朝で寝起きなのに何故か影の手を掴む詩織の手はいつも以上に暖かかった。


 詩織の部屋に行くと朝ご飯が用意されていた。詩織は影を朝食が用意されているテーブルの前にある椅子まで手を掴んだまま案内する。すると勇者の一人が申し訳なさそうに二人に向かって謝りだす。


「申し訳ありません……人間の料理は用意出来たのですがヒマワリの種を先日必要ないだろうと思い別の勇者の一人が捨ててしまっていたみたいで用意できませんでした」


 影は自分を睨んでくる勇者でも人の心はあるのだと思う。それに今までこの世界に来てご飯はヒマワリの種と水で時折リンゴ等の果実を未來に貰い食べていた。その影にとって食べなれたヒマワリの種がないのは残念だが別にないからと言って怒るつもりはない。この身体になって影はどちらのご飯でも人で食べるかハムスターの姿で食べるかな違いなだけで問題なく生活できる事に気づいていた。しかし勇者の言葉を聞いた詩織の表情からは先ほどまでの笑顔が消える。


「あれほど捨てるなと言いましたよね?」


 詩織が怒っている。影にとってはご飯さえあれば怒らなくてもいい事なのでとりあえずテーブルの前にある椅子に腰かけ二人のやり取りを見る事にする。


「……はい」


「ちなみに捨てたのは誰ですか?」


 勇者が沈黙する。


「…………」


「答えなさい」


 優莉と言うのは昨日詩織の護衛で一緒にいた勇者の一人で恐らく勇者の中でも詩織にとても近い地位にある存在である。女性にしては背が高く髪は影と違い短髪で真面目そうな感じがする。


 詩織は優莉の目をじっと冷たい目で見ている。観念したのかここで優莉が口を割る。


「……えっと……です」


 優莉が口にした者の名は昨日詩織の護衛で優莉と一緒にいたもう一人の女性である。影はこの村の勇者と民から嫌われている事を最初から分かっていたが、少し心が痛くなってくる。とは言っても影にはどうしようもないのでとりあえずいつも通りマイペースにご飯を食べる事にする。影はまだまだ続くであろう巫女と勇者の言い合いをよそに美味しい朝ご飯を次々と口に運び食べる。


「うん、美味しい」


 影は満足そうに呟き己の食欲を満たしていく。そんな影はお構いなしにすぐ近くではまだ優莉が話合いと言う名のお叱りを詩織から小言のように色々と言われていた。影が用意されたご飯を食べ終わり、オシャレな容器に入った紅茶を飲む。ここでようやく詩織は影が満足そうな顔をして自分達を静かに見ている事に気づく。詩織はそんな影を見て安心したのか自分の席に着き朝ご飯を食べる事にする。すると詩織はすぐ近くから視線を感じることになる。朝ご飯を口に運んでから感じる視線の正体は影である。影が普段ハムスターの姿でよくヒマワリの種を食べているのは龍脈の力を常に使っているせいかよくお腹が空く為だ。勿論用意された一人分の朝ご飯で満腹にはならない。そこで詩織が食べている美味しそうなご飯につい目がいってしまう。


「もしかしてまだお腹が空いてるの?」


 詩織は『今食べたよね?』と言いたげな顔で影に質問をする。


「空いてる……」


 影は正直に自分の気持ちを詩織に伝える。詩織は少し考え優莉に朝食とは別に何かを作るように指示をする。それは今から食べるのでなく長距離移動中にも食べられるような物と言っていた。長距離移動と言っても十キロちょっとなので人間の足で、二時間程歩けばつく距離である。そして詩織は自分の朝ご飯を影に食べていいよと言うと嬉しそうに影が口を開けて来たので自分が使っている箸を使い食べさせてあげる。朝が弱いくせに朝からよく食べる影はちょっと不思議だったが、龍脈の力を常に村の結解維持に使っている詩織には何となく影の気持ちが分かる。だから我慢しなさいとは絶対に言わない。よくよく思い出してみると定例巫女会議に未來のペットとして付いてくるハムスターがいつもヒマワリの種を会議中食べていた事を思い出す。そして思い出す。未來の護衛は必ず人の姿をした影か、勇者の雛とペットのハムスターのどっちかだった事を。


「美味しい?」


 幸せそうにご飯を食べる影に詩織が質問をする。


「うん」


 その返事は詩織が思っていた以上に嬉しそうに返ってくる。影は無邪気な性格で母性本能をくすぐるのが上手な事を詩織は知る。影の新しい一面を見る度に心がドキドキして身体は正直ですぐに顔にも出てしまう。


「詩織? 顔赤いけど大丈夫?」


 影の一言に詩織は動揺するが今できる精一杯の演技で冷静を装い返事をする。


「だいじょぶ……よ?」


 影は詩織が明らかに動揺している事が分かったが気づかない振りをして詩織から朝ご飯を食べさせてもらう。詩織は影にご飯を食べさせながら何とか誤魔化せたと思い安堵のため息を吐く。

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