第12話 忘れられぬ相手


 未來は急遽他の村の巫女が瞳の村に来ることになり慌てていた。勇者の雛を中心に巫女五人が寝る場所の建物建設、作戦会議室、村と森を仕切る木でできた防壁の強化と増設とやる事が多く頑張っていた。昨日の夜遅くに祈りの村の勇者が詩織の使者として瞳の村に訪れた。そして瞳の村の危機に勇者の護衛ではなく巫女が直接集結することにすると。護衛すら断られるだろうと考えていた未來にとっては信じられない光景であった。しかし使者の一人が未來にこう言った。


「これは詩織様の決定ですが、影の意志を尊重してとの事です。だから各村の巫女は今回重い腰を上げる事に文句は言わないでしょう」


 これを聞いた未來は村の結解の強度を一気に一番下の強度まで落とす。そして龍脈の力の回復に専念しながらも自ら現場に立ち勇者と一緒に全ての準備をしている。影が明日の夜と言ったのならそれは間違いないと未來は信じることにした。村の民はそれに抗議してきたが勇者が事情を上手く伝えてくれて一応納得してくれている。それに未來は今朝目覚める前に不思議な夢を見ている。それはとても短い夢だったが不思議な夢だった。だから今まで巫女となって一度もかかさなかった朝の神に祈りを捧げる時間を無視して村の為に朝早くから働いている。巫女と言う立場であり本来直接現場に出て指示を出すことがない未來がこうして現場にいる。


 夢の中で突如未來の前に姿を見せた髪の長い女性が未來にこう言った。


「村の危機を助けるのは私達神ではありません。それは人類の希望である転生者です。この意味を考えなさい。そうすれば奇跡はおきます」


 とても短い言葉だったが未來は神からのお告げだと直感で確信していた。現状五つの村の危機は本当で転生者である影を中心に仲違いをしてしまった巫女が一つになろうとしている。瞳の村が滅びれば残りの四つの村が次々に狙われ滅びる事になる。巫女は時折神のお告げを夢で聞くと先代から聞いていたが未來にはそう言った経験が今までなかった。しかし今日先代が言っていた意味がようやく分かった気がした。だから神ではなく今日から村の危機が回避されるまでは神ではなく影を信じてみようと思った。それが巫女だけでなく神すらも望んでいるのならそうするのが一番だと考える。


 影が今どこにいて何をしているか分からないが未來は影が祈りの村に行ったという事は無事に生きていると言う事実に安心していた。影が村を出て行って一番心配していた事は食料問題だ。影は昔からよく食べるので未來は常にヒマワリの種を持ち歩いていた。その食べる物がなくなればいくら最強の転生者と言っても死んでしまう。だから会えないのは残念だが心の中の重荷の一つが消えた。しかし未來は恐らく影の事だから今宵の巫女会議でも顔を見せてくれないと言うか村にすら来てくれないだろうと思っている。村を出ていく前に勇者と村の民からあそこまで罵倒されてはもう来たくないと思われても仕方がない。もし未來が影の立場だったらそんな村に二度と顔を出そうとは思わない。影の場所が分かれば今すぐに会いに行きたい未來だったが今はその手掛かりすらない。あるのは祈りの村で詩織に会い、瞳の村の危機を教えてくれた事だけ。仮に今も影が祈りの村にいたとして会いに行っても今更どんな顔をして会えばいいか分からない。影の事が好きだからこそ嫌われたくないと言った感情が出てきて自分を臆病にする。


「影、会いたいよ」


 未來は雲一つない青空を見上げ一人呟く。勇者達はここ数日未來がこのように空を眺め独り言を言っている時は見て見ぬ振りを続けた。普段涙を流さない未來が、あの日影がいなくなってから夜な夜な一人で泣いているのを毎日聞いていたからだ。これ以上辛い思いをさせたくないと言えば聞こえはいいがせめてもの償いとして黙って見守る事にしている。実際に影が村からいなくなってからも守護者達は攻めて来ないがお腹を空かせ狂暴化した野生の動物の襲撃を何度も受けていた。今までは一ヶ月に一回、多くても二回程度だった。


 しかし影がいなくなってからは一日三回から多い時は十回程度の襲撃を受けている。守護者達が徐々に瞳の村に近づいてくる度に逃げ場をなくした狂暴化した野生動物が生き残る為に瞳の村の民を狙い集団で襲撃してくる。認めたくはなかったが勇者と村の民達はここ数日影の存在に大きく救われていた事を実感している。


 出来る事なら村に戻ってきてくれなくてもいいから一言謝りたいと思っていた。


 全長四メートルのクマが普通の人間の目に見えない速度で高速移動して口から火を吐いて攻撃してくるのがこの世界では当たり前だ。龍脈の力はそれだけ強力な力として神聖視されている。しかし瞳の村に影が来てからの二年間はそんな事は一度もなかった。襲撃があっても二匹、三匹程度の群れだった。しかしここ数日襲撃してくる動物はクマだけでなくヒョウや鷹等が数十匹近くの群れで襲ってきていた。それも今までより龍脈の力を使い狂暴化していた。勇者達は交代制で村を守っていたがこのままではいずれジリ貧になると危機感を感じていた。


 それは勇者に守ってもらっている村の民達も同じであった。だからこそ最後に頭の一つでも下げて今までの感謝の気持ちを伝えたいと思っていた。だからこの緊急時において村の民達も未來の指揮の元一生懸命皆一丸となって働いている。それが影の意志と未來から聞いた皆は自分達がどうするか迷う事はなかった。そして昨日の夜から急遽始めた作業は皆が協力し交代で作業を続けているおかげで何とか他の村の巫女が来るお昼前に終わる。


 しかし村の民達に休んでいる暇はない。急ピッチで作った為、見落としがないかの最終確認と巫女達と護衛の勇者達を向か入れる為の準備をすぐにする。未來は後の事を勇者に任せ少し仮眠をする。この後の作戦会議がどれほどかかるか分からない以上休める時に休んでおかなければならない。


 勇者は村の結解が弱いので七瀬と奈緒以外の八人は四人チームに分かれ交代で村の警戒にあたる。七瀬と奈緒も未來が目を覚ました時に困らぬように交代で見守る事にする。予定ではお昼過ぎから夕方の日没までの間に順次来ると聞いている。なので他の村の巫女の案内も七瀬と奈緒の仕事となる。巫女がくれば二人は休んでいられなくなるので今の内に休憩をする。それぞれが自分の役割をしっかりと全うする。


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