第8話 興味


 詩織が部屋に着くと付き添いの勇者二人が何処かに行く。

 胸に挟んだ影を座布団の上に優しく下ろす。

 それから詩織自身は近くの椅子に座る。


「それで今日ここに来た理由を聞いてもいいかしら。私の予想が当たっていれば生活の保護が目的じゃないんでしょ?」


 詩織は巫女の中でも頭が良く勘がいい。

 だから影も祈りの村を目指してここまでやって来た。


「まだはっきりとした時刻は分からないが恐らく二日後の夜に守護神を中心とした守護者達が瞳の村を襲う」


 影は前置きを省き簡潔に自分の知りえる現状を伝える。

 それを聞いた詩織は少し考える素振りを見せる。


「それは本当なの?」


「あぁ」


「情報源は?」


「俺が瞳の村を出た時に龍脈の力を使って新たに使役した使い魔達を使って実際に見た」


「なら間違いなさそうね」


 詩織が足を組み、手を口に当て真剣に考える。

 詩織の頭の中では今日までの全ての情報が整理されていく。

 未來から聞いた現状の瞳の村の状態、今日来た瞳の村の勇者の護衛依頼、影がわざわざここまできた理由の全ての点と点が一本の線となって繋がっていく。


「ちなみにこの事を未來は当然知ってるのよね?」


 影は首を横に振り詩織の言葉を否定する。


「そう……」


「今の俺には未來に伝える術がない。そこで俺は周囲の村の巫女に直接助けを依頼する為に動いてる」


「なんで私達との契約が切れた今そこまでするの?」


 詩織の言葉から影を疑っている事はすぐに分かった。

 今の影にとってはわざわざ周囲の村の巫女達の所まで行き未來の助けを求める理由がない。


「瞳の村で二年間お世話になったのは事実だ。だからその恩返しで一度だけ村を助ける手伝いをすることにした」


 影はハムスターの姿ではあったが真剣に詩織の目を見て話す。

 ここで信じてもらえなければ全てが終わるからだ。


「なら影が直接助けたらいいじゃない? 何でわざわざ面倒な事をするのよ」


 詩織が言っている事は的確に的を射抜いている。巫女以上の力を行使できる影が直接敵を倒す方が手間も時間もかからない。しかし影にはそうしなかった理由があった。


「俺が助けても未來は助からないからだ」


「それはどうゆうこと?」


「未來は今まで俺ありきで村を守って来た事は知っているか?」


「えぇ……勿論」


 詩織が影を見つめる。

 詩織の目を見ると未來の事を心配している様に伺える。

 影は人の姿になり詩織の前まで行き隣の空いている椅子に腰かける。


「村の結解の六割を俺が今まで負担していた。そうしないと村の民の我が儘に未來が無理して答えて倒れていたからだ。そして三日前いきなりその六割がなくった……その後結解を維持しようとしたらどうなるか詩織さんなら分かるだろ」


「…………」


「もっと言うと村の民の我が儘がしだいにエスカレートしていき、ここの結解の三倍の強度を今も維持してる。俺がいる時は四倍だった」


「…………」


 詩織は言葉を失っていた。それもそうだ。巫女と言え神ではない。本当に必要な時以外結解は最低限の強度でしか張らない。でないとすぐにガス欠になるからだ。影ですら巫女より多少龍脈の力がある程度で今の未來と同じように三日間一人で結解を維持した時はかなりきつかった。ハムスターの姿じゃなかったら多分誰がどう見ても色々とヤバかったと思う。


「そして守護者が村に攻めて来たとき、老人達は結解に甘えてゆっくり歩いて避難所に移動する。それが巫女にとってどれほど困る事等考えずに」


 普段あまり感情を表に出さない影であったが詩織には影が怒っている事が分かる。


「しかし未來は優しいから俺を含め誰にも助けや文句すら言わなかった。すると子供達が老人を真似してすぐに逃げない状況が出来た。ここまで言えば後はもう察しがつくだろう……同じ巫女ならば」


 この時、詩織の頭の中は絶望が支配していた。いつも笑顔でいる未來に悩みなんてないと思っていたからだ。そして詩織を含め他の巫女達は影がいるのだから何があっても大丈夫と思っていた。だから今回の救援要請は虫が良すぎると思い断ろうと考えていたのだ。


「それは本当なの?」


 詩織は影に「本当は冗談だ」と言って欲しかった。

 でないと自分の今までの考えが全て間違いだったと気づくからだ。


「残念ながら本当だ。俺が結解に力を貸したのはそんな未來を見てられなかったからだ」


「なら巫女会議の時の未来の顔色が悪かったのは……」


 詩織はあの時未來の顔色が悪く元気がなかった理由がてっきり影がいなくなって会えなくなって寂しいのだろうと思っていた。しかし今の影の言葉を聞く限りそうじゃない。


「結解を二年振りに一人で二年前の三倍の強度で展開して維持していれば俺でも一日でキツイ」


 影がキツイと言う事は他の巫女達からしたらかなりキツイと言う事になる。それをこの三日間未來がしているとなればもうそろそろ身体が限界に来る事が容易に想像できる。


「それで私はどうしたらいいの?」


「巫女が協力して瞳の村を救って欲しいのと村の民達に他の村の巫女から言って欲しい。結解は万能ではなく、避難が遅れれば全てが後手に回り命すら危うくなると」


「確かに未來は優しいからそんな心配になるような事は絶対に言わないわね」


「詩織さん……頼めるか?」


「分かったわ」


「ありがとう。なら俺は他の三つの村にも今から行くよ」


 早速立ち上がり動こうとする影を詩織が慌てて手を握って止める。


「今日は遅いから私の部屋に泊まりなさい。その代わり私から他の巫女にも明日中に瞳の村に行くように使者を送って伝えておくわ」


 早速詩織が勇者の二人を呼び指示をする。

 指示を受けた勇者が二人の前から姿を消す。


「ありがとう」


「私も明日の朝村を出て昼には瞳の村に行く。だから影も一緒に来なさいよ」


 影は詩織の言葉に戸惑う。影としてはもう瞳の村に戻る気はなかったからだ。心配な気持ちはあるが自分が村に行き未來の立場が危なくなる事を何より恐れている。


「俺は……」


「影が行かないなら私も行かないけどいいの?」


 戸惑う影に詩織は追い打ちをかける。詩織は未來と同じく影が人のお願いに弱い事を見抜いていた。その為か今は影の腕に抱き着き自分の胸を押し当てて上目遣いをしている。


「分かった」


「ならそのまま今日は遅いし一緒に寝よっか」


 詩織はそう言うと影の腕を引っ張り強引に寝室へ連れていく。そして影の腕を掴んだまま勢いよくベッドに飛び込む。影も詩織に腕を掴まれていた為一緒にダイブする事になる。


「影逃げたらダメだよ。今日は一緒に寝よ」


 影が逃げる前に詩織が先制攻撃をする。詩織も巫女と言っても十九歳の女の子で恋愛に関しては興味がある年頃である。今年の巫女は奇跡的に先代の巫女達の夫婦の営みが同じ年に行われ皆同い年である。


「ハムスターの姿になったら尻尾斬るから人間のままでいてね」


 影がどうやってこの場を乗り切ろうと考えているうちに詩織の言葉によって添い寝をするしか選択肢がなくなっていく。


「わかった」


 影はこの世界に来て初めて人の姿で寝る事になる。

 未來と一緒にいた時は男と女で問題が起きてからでは遅いのでずっとハムスターとして生活をしていた。


「影ってこう見ると本当に女の子みたいで可愛いね」


 詩織はそう言い影の身体を色々と触りだす。


「でも触ってると容姿は女の子なのにやっぱり男の子の肉付きでちょっと不思議かも。一瞬、胸あるのかなって思ったけどやっぱりないし」


 言いたい放題の詩織に影は抵抗する事なくされるがままになる。


「俺をなんだと思っているんだ?」


「私の将来の旦那さんかしらね?」


 詩織は初めて影と会った日の様に影を容赦なくからかってくる。詩織の言葉が笑っていて冗談にも聞こえたが、聞き取り方によっては本当のようにも聞こえた。影は詩織の事を嫌いではないが、未來の同伴でたまに人の姿で護衛として一緒にいた時も巫女会議で会う度にいつもからかってくるので未だに距離感を掴めずにいた。

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