第19話 いざ攻撃の時


 影の頭の中で仮定であった考えが確信に変わる。影は村に近くなる程、探知結解の精度を上げて展開している。そしてこの瞬間龍脈の力の探知に成功する。そして影の探知結解に引っかかったのに敵が気づく。そして今まで慎重に来ていた敵が進行スピードを一気に上げ村に向かってくる。襲撃推定時間は十五分後の十三時三十七分前後とみる。


 この瞬間敵の正確な数は分からないものの未来も探知結解を無視して敵が近づいてきている事に気づく。


「未來どうしたの?」


「顔色が急に悪くなったけど」


 詩織とえりかが未來の顔色が急に青ざめた事に気づく。


「数は分からないけど凄い勢いで敵がこっちに向かって来ているわ」


 未來は自分が分かった事を正直に伝える。


「到着までどれくらい?」


 詩織が未來に聞く。


「分からない。敵の進行スピードがどんどん速くなっている。早くて十分、遅くて二十分ぐらいだと思うわ」


「見て! 影が長遠距離攻撃をする準備を初めているわ」


 まいの言葉に影の元に向かって走る五人が影を見る。


「こうなったら龍脈の力を使って一気に影の元に行くわよ」


 有香が言葉にすると同時に空を飛び一気に影の元に飛んでいく。

 それに続いて残り四人も空を飛び猛スピードで影の元に行く。


「スペル裁きの矢」


 影を中心に数百本の矢が出現していく。その数僅か数秒でパッと見で三百本以上。


「待って! 何しているの?」


 有香が影に叫ぶ。


「敵の数を減らす」


 影の表情は昨日の無邪気な顔とは違い二年前の有香達を助けた時の表情に戻っていた。そして三百を超える矢が空を切り、速度を上げながら猛スピードで敵に向かって飛んでいく。


「「ありえない………」」


 村の避難所に着き、さりげなく影の遠距離攻撃を見ていたすみれとゆりが目を大きく見開いて呟いていた。二人は昨日狂暴化した鷹に対して二人で最大百本の矢を生成する「スペル裁きの矢」を使った。しかしさりげなくずっと影の姿を見ていた二人からしたらありえない光景がそこにはあった。技の威力、スピード、本数、射程距離、龍脈の力を使ってからのスペルの発動時間の全てが二人とはレベルが違いすぎていたのだ。


 影の元に着いた未來が言葉にする。


「凄い。猛スピードで向かってきていた敵が全員止まって結解を張り防御に集中してる……」


 未來の言葉通り影は敵が動きを止めた事を確認する。


「スペル神の雷」


 影の言葉が聞こえたと巫女の五人が頭で認識すると同時に敵がいるであろう上空付近に黒い雲が出現する。そして遠くからでもはっきり分かるぐらい太い黒紫色のが轟音と共に落ちていく。敵からしたら遠距離攻撃だけでも面倒なのに、矢と雷の同時攻撃これには一旦足を完全に止める事になる。影の思惑通り敵の足が完全に止まる。しかし又いつ動き出すか分からないがとりあえず時間が稼げたので良しとする。影が探知結解の中に敵がいる数を数えてみると攻撃する前と何一つ変わってない。


「これは厄介だな」


 影の冷たい視線の先にはまだ目には見えないが敵がいる。

 影は誰に向かってもなく独り言を続ける。


「やはり守護神が二人もいるとこれくらいの火力じゃ怪我すらしないか」


 影が守護神を警戒しているように守護神も影の実力が未知数であることから必要以上に警戒している。だからこそ遠距離攻撃を受けたからと言ってすぐに攻めて来るのではなく地盤を固めてから攻撃してくる。影が逆の立場だったら間違いなくそうする。それは的中したが巫女の五人は言葉を失っていた。


「どうしたものかな」


 影が悩んでいると未來が口を開く。


「守護神が二人ってどうゆう事?」


 未來の言葉が震えている。影は敵から未來達がいる方向に身体の向きを変える。


「言葉の意味通りだよ。上級守護者の一人がここに来る途中で進化し下級守護神になったみたいだね。でもまぁ多分大丈夫だよ」


 未來に向けられた影の言葉は昨日の影の優しい声に戻っており先ほどまでの怖い顔から優しい顔に戻っていた。そして何故か笑顔だった。未來は知っている。影が笑顔で大丈夫という時は自分が何とかするから大丈夫だと言う意味であることを。


「ねぇ……一人で何とかしようとか思ってないよね?」


 未來は影の顔を見て何処にもいかないって言ったよねと目で訴える。


「うん」


 ここで詩織が口を開く。


「いつから守護神が二人になった事に気づいてたの?」


 詩織の質問はここにいる影以外の五人が一番知りたかった内容であった。


「五分ぐらい前だよ。探知結解に足を踏み入れてくれた瞬間に分かったから、恐らく俺が気づいてすぐに未來の探知結解にも引っかかったと思うけど」


「成程。あの時ね」


 影は詩織の言うあの時が分からなかったがどうやら五人の中では話しがまとまってきているみたいなのなので聞かなかった事にする。本当はもっと前から薄々気づいていた事は内緒だ。


「ところで影から見て、今の敵が再び攻撃してくるのはどれくらい先だと見ているの?」


 えりかが影に聞く。

 これについては影自身もあまり分からなかった。


「もし俺が敵の立場を考えたら移動と立て直し、現状確認……全て込みで一時間後って所だけど正直そこばかりは分からない……ごめん」


 影は考えられる可能性をえりかに伝え謝る。えりかとしては別に影を攻めたくて質問をしたわけではないのでちょっと申し訳なく思ってしまう。


「ううん。ありがとう」


「それでこの後どうするの?」


 未來が皆に対して質問をする。


「このまま敵の体制が整う前にこちらから攻めるが得策かもしれないわね。相手の方が戦力的には有利となるとこちらは無茶してでも相手の状況が少しでも悪い時に攻めた方がいい気がするわ。村で戦えば民達も守りながらになるし」


 有香の言葉に影は納得した。しかしそれは相手が罠を張っているかもしれない敵陣に乗り込む事を意味する。先ほどの影のように遠距離攻撃で反撃してくる可能性があるとなれば一概にそれがいいとは言えない。現状影と巫女達が選べる選択肢は二つ。一つ目は敵を村まで引き付けて向かい討つ、二つ目は有香が言ったようにこちらから奇襲をするかだ。


「でもそれだと敵からの攻撃を受けながら進むことになる。それにもし私達が攻めて後ろに敵が言ったら村が結解頼みになっちゃう」


 未來が攻めた時のリスクを考え皆に伝える。


「だからもし攻めるなら何かあってもいいように村に一人は残るべきだと思うの」


 そして解決策までしっかりと皆に伝える。未來の考えには影も賛成である。現状攻めるにしても防御が全くないと言うのはリスクでしかない。


「ないと思うけど守護神が二手に分かれた厄介じゃない? その場合はどうしよう?」


 まいが心配そうに口にする。確かにこちらから攻めてもし守護神が守りと攻めのグループに分かれたら巫女一人では対抗できない。よくて数分から数十分の時間稼ぎが限度になる。かと言って巫女五人もしくは影が村に残れば守護神が二人で攻めて来たときに対抗できない。攻めるにしろ守るにしろ圧倒的に不利な状況は変わらない。

ここで巫女達の話し合いに影が口を挟む。


「五人の力を合わせてもう一人俺と同じ転生者を召喚することは出来ないかな?」


 影の言葉に五人の口が空いたままになる。

 そしてお互いに顔を見合わせる。

 影としては何かまずい事を聞いた感じがしたが黙って返事を待つ。


「不可能じゃないわ……」


 えりかが目を下に向けながら口を開く。


「ただし影と同じように最強の転生者を召喚するには時間が足りない」


「時間ってどれくらい必要なの?」


「……最低三時間」


 影はここで考える。

 えりかが言っている事が本当だとしたら後三時間何とかすれば戦力差が均衡になる。


「えりか聞くけど時間さえ何とかなれば出来るの?」


「…………」


 影の質問にえりかが沈黙する。

 他の四人も影から目を逸らす。


「えりか?」


「…………」


 えりかは沈黙したまま影の足元付近を見ている。


「…………」


「……仮に時間が稼げても……影が……死ぬことになる」


 影は皆の反応から何か嫌な予感がしていた。

 だからちゃんと理由が知りたいと思った。


「死ぬ理由を聞いてもいいかな?」


「特殊な召喚方法で召喚された転生者をこの世に現存させる為には巫女の龍脈の回路を通常の召喚の何倍も使うわ」


 影はえりかの言葉を黙って聞く。


「強力な力を持つ者の召喚はそれだけの対価が必要となる。だから次に影と同じように特殊な転生者を召喚させようと思ったら私達の転生者用に作られる龍脈の回路は全部影に使ってるからもうない」


 えりかの言葉が周りの空気を重くする。


「だったら何処から補うかって話しよ。仮に私達から少しならまだしも最強の転生者に必要な分の回路を補えば巫女としての力を完全に失う事になる。すると答えは必然とでてくるはずよ」


 影は俯くえりかの側に行き頭を撫でる。

 これで影の頭の中で一つの可能性が見える。


「なら召喚は可能だけど問題があるってことだね」


「……うん」


 えりかは影の確認に対して返事をした。

 頭を撫でられる度に何故か泣きそうになったが必死に我慢した。

 えりかが顔をあげると影の瞳が何処か遠くの何かを見つめていた。

 いや見つめていたと言うよりは何かの覚悟を決めたと言った感じだ。


「詩織悪いけど五人でここに残ってくれないかな?」


 ここで詩織が今までに見た事がない顔で影を見る。


「影どうゆう意味? 理由によっては本気で怒るわよ?」


 詩織が本気で怒っているのが分かる。

 影はため息をつき考えを正直に伝える。


「俺が敵陣に一人で行く。そして守護神の二人を足止めする。後の敵は全部村に行くようにするから五人で倒して欲しい」


 詩織は冷たい視線を影に向けたまま問う。


「もし影が失敗したら?」


「俺が本気で行けば守護神二人の足止めだけならピンポイントで可能だ」


 影は本気の詩織に一歩も引かない。

 いや引いたらいけない事を直観で分かっていた。


「その根拠は?」


「他の村の結解に使ってる力も全て戦闘にまわす。それで守護神以外の敵を倒したら俺の元に来て欲しい。そして巫女五人と俺の力を合わせれば何とかなるはずだ」


 影は詩織の質問に答えながら自分の意見を伝えていく。


「仮に成功しても影の身体は最後まで持つの?」


「あぁ」


 影は小さく返事をする。


「それで作戦の成功率はどれくらいあるの?」


「五十パーセント」


「なら何で昨日それを提案しなかったの?」


 詩織は影の答えに納得するどころか粗を探すように次々と聞いてくる。

 他の巫女達は黙って二人を見守る。


「人間の身でスペルとして一度に使える龍脈の力の消費量は決まってる。それを超える可能性があるスペルを状況によっては限界を超えて使うからだ」


「人を超えた力の副作用は知ってるの?」


「あぁ。龍脈回路の破壊、最悪の場合戦闘後に死ぬ事になる。勿論俺や巫女なら一日回数制限付きでノーリスクで使える事も知ってる」


「そう。それが分かっておきながら私達が許可すると思う?」


「この状況下で自身の感情を優先する指揮官はいないと信じてる」


 影の言葉は詩織にとっては一番言われたくない言葉なのを影は知っている。だけどやはり戦争において皆が安全に助かる道等ない事は過去の歴史から証明されている。

 影の心の中にある感情は自分の主を守る事にある。

 それが召喚された転生者の定め。


「感情を抜きにしても今後影を失う事は私達にとってはリスクよ」


「その時は破壊された龍脈の回路を俺から抜き取り新しい召喚者を転生するときに復元させて再利用すればいい。えりかの説明上は可能に思えた」


「出来るわ。でも影以上の素質を持つ人間を探すのは本当に大変なこと……」


 ここで詩織の言葉が途中で止まる。


「出来ないならどうしようもないが時間があれば出来る。そうだろ? それなら問題ない」


 影は詩織の気持ちが痛い程分かる。影も平和な日本にいた頃大切な人を守れなかった事がある。だからこそ自分が残酷な事を言っている事も分かる。しかし影にとってあの時死ぬほど後悔した思いをもう一度するのは我慢できない。だから状況はかなり違うがあの時出来なかった大切な人を守る事を今しようとしている。この世界に来たときからその思いは心の片隅にずっとあった。そしてそれが今だと心が影の身体に強く訴えてくる。


「詩織ごめん。村の皆の事頼んだよ?」


 影の言葉を聞き詩織はとうとう膝を地面につけ倒れ込んでしまう。

 そんな詩織の頭を影は優しく撫でる。


「絶対無理はしないって約束して……最悪逃げてきて私達の所に戻ってきていいから……」


「ありがとう」


 影は空を見上げる。そして今瞳の村に張ってある探知結解以外を全て解除する。すると今まで結解の維持に使っていた龍脈の力が影の体内に戻ってくる。

 この時、巫女の五人は二年前の影と出会った日を思い出す。影が何も言わずに自分達を助けてくれてその圧倒的な力で生まれて初めて自分達を守ってくれた者の安心感を思い出す。


 避難所にいる村の民、そして勇者、敵である守護神達も影の力を探知する。民達は龍脈の力を探知する事は出来ないが、影のあまりにも大きい力だけは何となく分かる。それだけ周囲の空気がピリ着くと言うか重たくなるからだ。だからあの日影が未來と雛を守った時も村の民達も影の存在だけは何となく分かった。


「未來悪いけど詩織を頼む」


 影は未來に詩織をお願いして凄い勢いで敵がいる場所に向かって飛んでいく。


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