14 男の子は女の子の部屋を想像もできない

 もうひとり女の子の部屋にいて所在ない男子がいた。広田である。

「一体これは……」

 目の前のもうひとりの女子とは花崎であった。気がある女の子の家に唐突に呼び出されたという点で、広田は全く幸視と同一のシチュエーションに置かれていた。

「早速本題に入りましょう。絵梨ちゃんと仲が悪いようね」

「……!」

「絵梨ちゃんから愚痴を聞かされた」

 広田はたじろいだ。絵梨は花崎にどこまで話しているのか。絵梨は性格が歪み捩れている、というのが広田の認識なので、何もかも花崎にぶちまけている可能性があった。そこまで人として歪んでいて欲しいというのは、広田の無意識の願望でしかなかったが、広田自身はそれに気づいてはいなかった。


「田村に近づけないと、そう絵梨ちゃんが。あなたに邪魔されて」

「他には? 何を言ってた?」広田としては、花崎の言いがかりに反論するよりも、情報収集のほうが先決であった。つまり、これは〝どこまで言ってた?〟という意味である。花崎は前世の話まで知っているのか。

「珍獣だと」

「何が」

「田村が」

「意味がわからん」

「たぶん翻訳すると愛玩動物ってところじゃないかしら」


 いやいったい何を言ってるんだろうか……愛玩動物というキーワードと前世というキーワードは全く接点が感じられなかった。


「要するに、絵梨ちゃんは田村が好きなのよ」

 はあ? ありえない。広田はそう思った。逆だろうと。田村が――幸視が絵梨を好きなのであって、その逆ではない。幸いなことに。両思いだったりしたらあの性悪女とくっついてしまうことになる、と広田は心配していた。


 広田にわかったのは、花崎は絵梨の気持ちを何やら誤解しているということだ。

 だとすると、前世のことを絵梨は花崎に何も話していないのか? そう理解したところで広田は少し安堵した。

 だが、それはそれで、花崎が〝幸視を好きな絵梨の恋を応援する女〟というポジションということになり、広田は〝絵梨の恋を妨害する男〟となる。

 つまり、広田自身の恋心はおじゃんになる。花崎にとってはただの悪人だからだ。


「いや、好きとかじゃないと思うけど……」

「いいえ、私にはわかるの」取り付く島もない。「凄く、良くないと思う」


 はあ?


 論理が全く繋がらない。この前学校でも、女子に理屈は通用しないとか偏見だからやめましょう、というのを教えられたばかりなのに、広田は真っ向から全否定したくなった。


「私は絵梨ちゃんと田村がくっつくのは良くないと思う。人にはもっとふさわしい相手というものが」

 こう言われて、広田の頭の中は分裂した。

 まず、親友をけなされるというのは面白くないということ。

 しかしながら、二人がくっつくべきではないという点には賛成であること。

 絵梨にふさわしい相手というものが誰を想定しているのだろうかということ。

 だがふさわしいなどという言葉で表現するほど絵梨は良い女ではないということ。


 これらの考えがいっぺんにやってきて、どれを優先して処理すればいいかわからなくなり広田は混乱してフリーズしてしまった。

 だが、いずれも事実を的確に捉えているとは言いがたかった。


 まず、花崎は幸視をけなしたわけではない。むしろ祝福している。

 しかしながら、絵梨と幸視がくっつくべきではないという点では、花崎と広田は意見の一致をみている。

 そして絵梨にふさわしい相手を想定したのではなく、幸視の相手を想定したこと。

 ふさわしいという言葉で表現した人間は花崎の目の前にいること。


 要するに相変わらず花崎は腐った妄想を抱き続けていた。ということを広田は少しも理解していない。


 だがたまたま、表面的な意見の一致を見たことで、広田は自分が好意を寄せている女の子が、全く物の道理がわかっていない……という考えは捨てることができた。

 そこをいったん捨ててしまうと、親友をけなされた、という考えは消え去ることはないがしぼんでいった。事実を否定しないが無視できるようになった。

 ふさわしい相手うんぬんは、完全に絵梨の問題であって、そんな男子がこの世にいるかどうかはともかくとして絵梨が勝手に探せばよい。白馬に乗った王子様を探し始めてしまったとしても、それがこの世に存在しないことも含めて全て絵梨の責任である。全く広田にも幸視にも累が及ぶことはない。


 というわけで、再び広田の目の前の子は好ましい女の子になったのだ。

 好ましい女の子になったとたん、自分も恋をしていることを広田は思い出した。


 そう、広田は好きな女の子の家に二人きりでいるのだ。花崎の家も絵梨と同じく共稼ぎで兄弟姉妹はいない。

 広田はどぎまぎを取り戻した。再び目が泳ぎ始めた。


 どうして。どうして女の子の部屋はこんなにもファンシーとかいう言い方をするのだったか、男には想像もつかない、不可思議な夢の空間なのだろうか。


「そんなわけで、広田には田村のことをしっかりと繋ぎ止めていてほしいの」

 繋ぎ止める、の意味は全く二人で異なっていた。だが、誤解していても理解はできる。という実例だった。


 通常、好きな女の子に近づくためには、同じ趣味があればその話で盛り上がるし、つまりは共に歩むのが一番である。

 同じ目的があるのであれば、手を組むのが一番である。


 広田は幸視に悪い虫を寄せ付けたくなかったし、花崎は幸視に別の虫を寄せ付けたかった。

 別の虫が、自分に興味があることなど、花崎は夢にも知らない。花崎は夢見る女子であり、そして夢はいつでも自分の外側にあった。

「ああ、わかった。二人を何とか別れさせないとな」

 別に絵梨と幸視は付き合っているわけでもないので、花崎はその表現には違和感を感じた。


 握手でもしようというポーズで、広田は手を突き出した。特に花崎の反応はなかった。

 花崎にしてみれば、広田の、約束を固めたいという表の意図も、手に触れたいという裏の意図も、別に理解できなかったわけではない。

 ただ、裏の意図にしても、それは単に男子という一般に下品な生き物の行為と思っただけで、自分が他の女子と比べて特別な感情を持たれていることに気がついていたわけではなく、ただ何となく男子に手を触れられたくない、というだけだった。


 とにもかくにも、二人は同じ方向を向いたのである。

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