31 選んだものなら文句をつける筋合いはない

 絵梨が花崎にメッセージを送ったのを合図に三人は幸視の自宅に戻った。そして絵梨を拾ってまた家を出る。エスコートは帰宅するところまで続いているのだ。


「どうだったの」

 幸視の言葉の裏に、幸視が何を期待しているのかを絵梨が読み取るのは難しかった。

「懐かしかった」

「それって会う前とおんなじ話じゃ」広田が突っ込みを入れる。

「西沢さんとくっついて欲しいって言ってきたわ」

「そしたら何て?」花崎の目が輝く。

「笑ってた」

「それだけじゃどうにも判断できないね。言われたことを受け入れたのか笑ってごまかしたのか。どういう雰囲気だった?」広田が冷静に分析する。

「どっちとも取れるわね」絵梨の返事は身も蓋もない。

「僕は父さんと宮前がくっつけばいいと思ってるんだけど……」

 さらりと幸視は思いを口にする。本当にさらりとしていたので広田と花崎はちょっと驚いた。

「いやさすがに、大人と子供でそれはまずいんじゃないかな。全然考えてもいなかったし」そう当事者の絵梨は答えた。

「愛があれば年の差なんてって言うじゃない?」妙に幸視も食い下がる。

「愛があったのは前世の話よ。田村のアレだって前世の話でしょう? 関係ない」

 幸視がショックを受けていた、柳川が前世だという話を、これまたさらりと話して、もはや問題ではないという風に振る舞う。広田と花崎は感心して幸視は安心した。

「その点、田村のお父さんと西沢さんはずっと今世を生き続けているのよ。どうしたってこっちのほうに分があるわ」


 話の方向は、幸視と絵梨をくっつける同盟に有利な方向に働いている。幸視の父親と西沢、幸視と絵梨がくっつけばめでたしめでたしというわけだ。

 しかしそう簡単に収まるはずもなく、その日はその程度で解散した。


 その日、寝床で幸視は考えた。幸視の希望は、広田・花崎同盟とは別向きだった。いろいろとふらついた気持ちではあったが、今は圭輔と絵梨をくっつけたいという向きになっている。贖罪かもしれないが、それを望んだ。世間体の問題はあるが、将来的には解決される。

 少なくとも、ストーカーという存在の恥に比べれば、大変に些末な問題と幸視には映った。



 翌日の訪問者は西沢である。圭輔が呼んだ。たとえば絵梨たちが望むように、圭輔と西沢が復縁するのは、幸視の希望とは逆だった。

 だが、少し前の幸視の望みは、全ての選択肢を圭輔の前に並べることだった。

 並べることはできた。今の幸視の望みというのは、せいぜい絵梨を選んでくれたらいいな、という程度のもので、圭輔が選んだものなら幸視が文句をつける筋合いはない。

 圭輔が親として幸視の幸せを望むのと全く同様にして、幸視は父親の幸福を望まなくてはいけない。それが血を分けた家族というものだ。

 そう考えた幸視は、お邪魔だったので西沢が来るなり外出してしまった。


「何というか、不思議なことはこの間で終わりかと思ったら、まだ続きがあったんだ」

 圭輔は幸視がいない居間でそう西沢に話しかけた。

「ふうん?」

「本物の郁の生まれ変わりだという女の子が幸視の同級生で、昨日会った」

「運命なのか何なのか……」

「俺とお前に復縁して欲しいと言われたよ」

「ふうん?」



 外出とはいえ、行った場所は広田の家だ。

「二人にしてきた」

「お前は絵梨と親父さんをくっつける派じゃなかったのか」

「全ての選択肢を与える派だよ」

「ふうん?」

「そうやって何もかも明らかにしてから、各人がベストな選択肢を選べばいいと思う。それが一番幸せになる道だから」

「親父さんの選択肢はそれでいいな」

「うん」

「宮前の選択肢は?」

「えっ?」



「絵梨ちゃん、田村のお父さんを西沢さんとくっつけたいなら、絵梨ちゃん自身は好きな人はいないの?」

 その頃絵梨の家では、絵梨は花崎に問われていた。

 花崎の絵梨に対する方針は何度も変わっていたが、それらは一切絵梨自身には知らされていない。つまりは、〝田村にお熱〟と言われて〝珍獣〟と答えた、その時のイメージのままだ。

 だから、これは〝田村のことどう思っているの?〟と訊かれているようなものだ。というのは絵梨の勝手な解釈だが、花崎の現在のステータスが絵梨と幸視をくっつける同盟であるため、たまたまその勝手な解釈はほぼ正解だった。

 絵梨は、田村のことどう思っているの? と訊かれてはいないが訊かれたのだと考えた。

 そう考えると――わからなくなっていた。


 本当に前世なるキーワードに無意識に惹かれて、珍獣扱いということで興味を持った相手で、その子を宿した、いとおしい記憶がなだれ込んで来て、そしてその前世の人に苦しめられた記憶も一緒になだれ込んで来て……。

 柳川の魂を持っていることは、おそらく、理屈はわかっていても嫌悪しても無理もない。だが、それほど嫌に感じられないのは、息子だということへの母性が補って有り余るからだろう。

 だがそれは、母性でしかない……。

「つうか由香ちゃん、何で私のことなんか? 一番興味がありそうなのは田村のお父さんと西沢さんのことでしょう」

「私はロマンチックなものには何でも興味があるのよ」

 ロマンチック、なのだろうか。そう絵梨は疑問を抱いた。

 確かに前世持ち同士というのはそれだけでロマンチックかもしれないが、燃えるような恋をする余地はあまりなさそうである。

 すると違うのではないか――。などと考える絵梨の〝ロマンチック観〟は年相応のものだった。大人だった頃の記憶があったところで、子供が急に大人になったりはしないのだ。



 その点で言うと、年相応の大人のロマンチック観を持った二人は、今幸視の家にいる。

「復縁って、なあ……」

「たぶん、恋をし合った人間が復縁していないなら絶縁していると思っている」

「実際に会ってるのにな」

「関係をまだ○×でしか捉えられないんだろう」

「まだ子供なんだな」

「しっかりした態度の子ではあったがね。そのへんは大人だと思ったが、そうでないところもある」

「こういう静かな関係もある」

「ああ。今のところはこれが心地いいな」

「そうだな」


 今のところ、という言葉には二人とも気を留めなかった。

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