30 本音という言葉は穏やかではない
広田と花崎は特に関係はない。だがエスコートするようにやってきた。
エスコートしているのは絵梨に限らない。広田など特に、幸視もまたエスコートしなくてはいけない気分になっていた。
「や、君は、病院で」
「はい」
「えっと――」
「宮前絵梨といいます」
「あと広田くんと、もう一人は……」
「絵梨の友達の花崎由香です」
「会わせたい人って三人もいたのか」
「いや、宮前さんひとりだけ」
「俺たちは付き添いです」
「付き添い……それで、どういう」
肝心のひとことは、付き添いではなく、幸視の口から出なくてはならなかった。
「本当の母さんの記憶を持っている人」
この間から、こうやって思い切って言わなくてはいけないことばかりだった。
圭輔は驚いたかというと、それなりに驚いた。だが、近日から今日に至るまでのあいだにショックを受け続けていたので、その続きという感覚だった。
「もしかして他の二人も前世の記憶が?」
「いえ、純粋に付き添いです」
「君たちはそういう悩みを相談しあえる友達なんだね。いい友達だね……」
「それじゃ、ここで俺たちは席を外します」
広田と花崎が立ち上がる。一瞬遅れて幸視も立ち上がった。
「幸視も行くのか」
「夫婦だった人は、二人で話したほうがいいでしょう?」
「夫婦て」
幸視が最後に居間を出たのに追い越して玄関を出たのは一番先だった。二人きりにするのは正直辛かった。二人がもし、好き合うにようなことにでもなったら、好きな人を父親に取られるという笑えない構図と、大人と子供が交際するという笑えない構図が同時にできて、さらに将来二人が結婚でもしてしまったら、元同級生の母親という笑えない構図の三重苦となる。
だが――。
「僕は、父さんと宮前がくっつくのがいいと思う」
「おい、何を言い出すんだ」
「それが一番いい気がしてきた」
「大人と子供はまずいだろう」
「そこは将来とか……」
「いや、田村、絵梨ちゃんのことが好きなんじゃないの?」
「なんで花崎が知ってるの? うん、好きだったよ」
「過去形!?」
「いや正直自分でもよくわかんないんだけど……」
幸視は、自分が絵梨を好きなのは前世からの影響であり、続きというか、因縁というか、そういうものだとわかってきた。だが、幸視は自分が前世から独立した存在であろうとしている。そんなところに、因縁がかかわってくるのは、前世に縛られる証のようなものだった。
相変わらず、好きではある。
だが、因縁を差し引いて考えたほうが良いのではと思い始めた。
そんなことを、時間を潰しながら幸視は二人に説明した。
絵梨は少々緊張していた。
「本当に?」
圭輔もまた緊張していた。非常事態に慣れて、それらのショックの続きとはいえ、それでも驚くものは驚くほかない。
また、幸視に行ったような記憶テストを実施してみて、それに合格したものの、幸視も合格したテストだ。偽物でも答えられたテストを信用していいものかどうか、圭輔はその結果がいまひとつ信じられずにいた。だが、盗撮器まで仕掛けた柳川が知り得ない設問が思いつかなかったのだ。
「信じられないのも無理はないと思います」
そう言う絵梨の態度は凜としていて、内気だった郁とはだいぶ違う。だがその態度を包む空気というのが、圭輔に妙に郁を感じさせた。
性格が違っても、空気が同じということがあるのか。そう圭輔は感じた。
「あの、こういうことを言うのは、すごい自意識過剰って言われそうなんですけど。私は、その、けい……田村君のお父さんと、恋愛したいとは思いません」
「当たり前だろうそれは。僕も君を子供としか見れないよ」
「ただ私は、お父さんと、西沢さんが復縁されたらいいなと思っています」
「……こういうことを、君みたいな齢の子が普通に語ることがいいことなのか悪いことなのか……正直、僕にはよくわからない」
「今は学校でも普通に教育をしてくれます。こういうことが普通だっていいことだと思います」
圭輔は世の中が進歩していることに感謝した。
同性であることが別れた原因ではないにせよ、その頃はずっと今よりも肩身が狭く、ずっと隠れて恋愛をしていた。
郁が関係を知るまで、いや知った後でも郁以外には、延々とゲーマー仲間を装い続けた。
互いの家では、TVゲームに費やす時間はたかが知れていたというのに。
絵梨は、圭輔と西沢のことを知るまでは、花崎の腐女子趣味などは正直閉口していた。
だが、実際に二人の関係を幸視から聞き、その上自分も前世の記憶を取り戻して、顛末を改めて視た今では、二人をくっつけたいと願うようになっていた。
「記憶が流れ込んできたときに、田村くんから聞いていたお二人の情報と答合わせをしたんです」
圭輔は黙って続きを聞いた。
「情報はぴったり同じでした。ただ、欠けていた情報もあった。郁の本音です」
本音、という言葉は、一般には穏やかではない。
「口ではずっと、自分が夫を西沢さんから奪ったか、あるいは夫を愛しているか、両極端に触れていたと思いますが――もうひとつ、決して口に出さなかったことがあった。圭輔さんが、自分と西沢さんの両方を同時に囲ってくれればいいんじゃないかと」
囲って、という表現をあえて選ぶ点も圭輔を仰天させた。
「それは――当時だってできるはずがないね。あまりにも不健全だ」
「だから黙っていたんです。神経を疑われるから。あと西沢さんを侮辱してますね」
「そのとおりだ」
「私が言いたいのは、郁って――けっこう逞しいんです。あんまり、悲劇のヒロインじゃない。死んだ人に、いつまでも操を立てないほうがいいと思います」
圭輔は目を伏せ、しかしピクピクと震え始めた。
やがて笑い声を上げた。
「君、――すごいね」そう言ってくつくつと笑い続けた。「いや、郁が凄かったのか。……ははは……」
つられて絵梨も笑い始めた。
性格は違う子でも、そのコロコロとした笑い声はずいぶんと郁に似ていると圭輔は思った。
「幼馴染とか夫婦って――何にもお互いのこと知らないんだね」
いまだ笑い声の夫婦のような二重奏はやまない。
「人と人がすっかりわかり合うなんてことは、永遠にないのかもしれんよなあ……」
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