25 恋は適度に軽くなくてはいけない

「嘘だ」

「事実だ」

 誰よりも知るべきなのは当事者たる幸視だろうと広田は考えた。

 確かに前世では家族ではなかったかもしれないが、今世では母親と血を分けた親子なのだから、立派な当事者である。

 絵梨も当事者だが全てを知らせるのは後回しにした。嫌うのをやめたとはいえ、やはり広田の一番の友達は幸視なのだ。


「そんなことって……」

「これこそ運命ってやつかもな。えにしともいうか」

「縁はもう……それこそ切らなきゃ」

「そういう後ろ向きな考えこそ断ち切る!」

「そもそもストーカー以前に近親……じゃん」

「もしもし、女側に前世を、男側に今世を求めていませんか? そこはちゃんと揃えて考えようよ。混ぜるな危険」

「でも……やっぱり僕はスト――」

「言っただろう! 幸視は幸視だ。前世なんか関係ない。そして宮前も宮前だ。お前の母ちゃんじゃない」


 いくら広田に言われても、幸視にこれを打破する気力は残っていない。生まれながらにして罪を償い続ける生き方が良いだろうな、と思い始めていた。償うとは言っても、償うべき相手はすでにおらず、その子供は自分自身ではあるけれど……。

 幸視はなぜ自分が絵梨を好きなのかと自問したことがあった。真実を知ればこれはあまりにわかりやすかった。まさに、前世からの因縁というわけだ。


 自分が絵梨をまた好きになったりしたら大変なことになる。好きになるということがあらかじめ罪を背負っている。こんな人生を歩まねばいけないのなら、前世の記憶など取り戻さねばよかった。いや、取り戻して良かったのか。悲劇をあらかじめ避けることができた。そのために思い出したのか。そんな思いが幸視の頭の中をぐるぐるしていた。



「絵梨ちゃんが田村を可愛がっていたのは自分の息子だからなのね」

 花崎の言葉に絵梨の返事はなかった。

 ただ、花崎は素直にロマンチックな現象に素直に感動していたわけではなかった。結局、広田は花崎に幸視の魂の正体を話してしまった。飽くまで魂の正体であり、幸視は幸視で、そいつとは違うんだ、と熱弁する姿に、花崎は広田の幸視への愛情を見て、自分の得意分野の妄想が働いたことも確かだ。

 だが、その正体を知って、さらに込み入って捻れた悲劇だと思った。結局、花崎の頭の中には、

 素直なロマンチックと、

 腐ったロマンチックと、

 捻れたロマンチックとが並んだ。


 三つ目が一番に、花崎の心を動かした。つまり花崎は、捻れてロマンチックな現象に素直に感動していたといえる。

 一番目が事実と言いがたかったのは花崎にとって幸運だった。得意分野の二つ目を捨てるほど三番目に感動していた。


 そこで、広田と同盟を結び直したのだ。

 二人を別れさせる同盟ではなく、くっつける同盟である。

 百八十度の転換はいささか調子が良すぎる、という自覚は花崎にはあったが、花崎は自分のロマンチックを求める欲望に忠実であった。


 だから花崎は、裏の事実を知りながらなお、素直なロマンチックを装って絵梨に話しかけてみていた。裏の事実を安易に伝えては、同盟の目的は失敗するだろう。

「凄く……凄く嬉しかったの。あの子が、お腹にできた時」



「それはちょっと生々しい発言だなぁ」

「うーん、そうよねぇ」

「親子であることをあんまり意識し過ぎるとうまくいかなくなる」

「母性に溢れた絵梨ちゃんも可愛いけどね」

「可愛さの問題ではなくて、幸視からもすでに〝近親〟という単語が飛び出している」

「そっちの方がよっぽど生々しいんじゃ」

「しかし聞いてて、記憶が戻るのが早過ぎないか。幸視に比べて」

「前世持ちの平均値ってどのくらいなのかしら」

「いやそんな統計ないだろ……サンプルを探すだけで奇跡なんだから」

「とはいえサンプル二つでは何ともいえないわ。遅れて目覚めたぶん早いのかも」

「一見もっともらしいが遅れることと早いことの因果関係が全く……」

「ともかく、今二人を出会わせても、感動の親子対面になるだけよ。恋には発展しない」

「それは宮前の側の話。幸視はすっかり自信をなくしているから、それを何とかしないと親子未満だろ」

「そこは彼自身に乗り越えてもらうしかないわよねぇ……」

「そこを何とかできるとしたら……もっと別の……」

「田村のお父さん?」

「そうだな。そして西沢さん」

「西沢さんっていうのは?」


 広田が西沢の解説を始めると、だんだんに花崎の目が輝き始めた。

 再同盟を結んだ時に、花崎の腐女子趣味は広田の知るところとなったが、ああ余計な餌を与えてしまった、と広田は少々後悔した。


「それで田村のお父さんと西沢さんは復縁するの?」

「知るか! 本人に訊いてくれ、と言いたいところだが、訊くなよ! さすがに失礼だから。赤の他人ならほっとくが、幸視の関係者を怒らせたくない」

「まあでも、そういうことなら、確かに有力な候補者ではある……」


 そんな会話をしながら、今度は広田が、なぜ自分は花崎が好きなのだろうと自問していた。

 というか、幸視のことを気にしすぎて自分の恋心のことも忘れていたのだが。


 でも確かに、好きなことに夢中になる人間の姿は美しい。それが好きな人であろうと腐女子妄想であろうと。

 本来、〝好き〟は美しいのだ。柳川のようにこじらせさえしなければ。


「ただ、俺たちがしゃしゃり出て、事情を打ち明けるっていうのも変だ。これを打ち明けるのは幸視でなくてはいけない。幸視自身のことだから」

「まあ、確かにそれはそうね」花崎はいったんは素直に広田の言葉を聞いた。ただ、こう続けた。「ああ、早く田村のお父さんと西沢さんを見てみたい!」


 広田はもう一度自問した。どうして自分は花崎が好きなのだろうと。

 でも、まあ恋ってそういうものだよね。そう思い直した。やはり花崎を見ると、可愛いのだ。


 恋は適度に、軽くなくてはいけない。かつてそれを重くし過ぎて悲劇は起こったのだ。


 今世では、悲劇ではなく、どこかにある、ハッピーエンドを見つける必要がある。二人は認識を新たにした。

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