18 好きを伝えられないなら悲劇しか起こらない

 なぜ自分は絵梨が好きなんだろう。そう幸視は自問した。

 確かに、ものすごく性格が良いわけではない。というのは、広田に言われるまでもなく、盲目になっていても幸視は自覚していた。

 顔ではないか、という説が広田から出された時素直に反発した。

 それは、顔で人を判断する人は良くないという、世間に流布する道徳に影響された考え方だった。それを利用して、広田は二人を遠ざけようとしたのだ。だがそれは、かえって絵梨の良いところ探しという、ますます道徳的な方向に幸視を走らせただけだった。

 声、だろうか。幸視は顔以外の要素を求めた。あるいは匂い。あるいは……。

 そう考えるとあっという間に思考は尽き、〝なんとなくオーラ〟といったわけのわからないもので納得するしかなかった。

 運命とか、そういうロマンチックなものではない。前世からの運命とかだったらロマンチックだけど、前世の問題は目下、恋と全く別のところにある。



 なぜ自分は前世に興味があるのだろう。そう絵梨は自問した。

 そんなにオカルトに興味があるわけではない。TVでスプーンを曲げる人がいて、念力を送ったからTVの前の皆さんも、と言われて、母親はスプーンを持ち出したが絵梨は特に興味を持たなかった。

 だがこの話は違った。とてもロマンチックだと思った。

 ロマンチックなら何でもいいわけではない。話題のテレビドラマで、花崎がぼろぼろ泣いたというのを見てみたのだが、特に感動せず、気がつくと背中を掻いていた。背中のどのエリアにもきちんと爪先が届くことなどを理由に、自分は自立した存在で、男性に頼る必要もない…ぐらいに考えていた。

 だがこの話はどういうわけか、大変に気になった。

 だいたいなぜ、地獄耳と言われるほど、この会話を聞き取ることができたのだろう。

 会話の内容を知っていて、耳をそばだてたわけではない。

 なのに、たまたま耳には入ってしまった。

 運命なのか。絵梨は人に恋するより前に、話題に恋してしまった。

 初恋が一目惚れな人がいるように、初めての話題に一目惚れしてしまったのだ。女の子の恋の対象は、男の子とは限らない。LGBTに関する教育は受けている。花崎などは、このうちGにしか関心が無く視野が狭い。世の中には、自動車などの無機物に恋する人もいるという。

 だったら、〝話題〟という形のないものに恋しても全く不思議はないのではないか。

 花崎が思い込んでいるように、幸視に恋をしているわけでは断じてない。

 少し可愛らしいと思うようにはなった。ただ、その可愛らしさは、犬猫と同種のものだ。

 だから、花崎に〝珍獣〟と表現したのは決して嘘ではない。後半の〝獣〟のあたりが。で、珍しい話題と合わせて珍獣である。全く間違いはない。



「よろしくない」

 広田は自分の部屋で花崎にそう切り出していた。

「そんな感じね」

「俺は幸視の家に二人で入っていくのを見てしまった」

「年頃の男女がねぇ……」

 広田と花崎もまた年頃の男女であり、それが男の部屋に上がり込んでいる事実は意図的に無視された。

「何をやっているかわからない」

「年頃の男女だからね」

 年頃の男女にありがちな、暴走してはいるが範囲の狭い画一的な妄想である。ただその、本当は実現していない行動の主導権は、広田は絵梨に、花崎は幸視にあると考えている。このような好ましくない事象に対して、悪意を片側の性に仮託するする現象は、ひいてはジェンダー戦争にまで発展する萌芽だが、今のところまだその気配はない。

「別れさせ屋の手口っていうのを検索してみたんだけど、まあだいたい色仕掛けで浮気をさせる、みたいなやつだね」

「さすがにそれは難易度が高いわね……」

 何をやっているかわからないことをやっているかどうかわからない状況で、別の人物が同様によろしくない行為を仕掛けるという、大変にわけのわからない状況になってしまう。中学生には荷が重すぎる。

「やはりお互いの悪口を吹き込むか」

「無理よそれは。北風と太陽の話で」

「太陽みたいな方法というと」

「友情で愛情を圧倒するの。あなたが過剰なまでの友情を田村に注ぎ込む」

「それは無理だ」同性に関するデリケートさを広田は知っていて花崎は知らない。

「やってみないとわからないし、友情が友情を超えることも」花崎の不純な発想を花崎は知っていて広田は知らない。


 ただ勢いづいた結果、行動に出たのは花崎だった。花崎が幸視を家に呼び、広田のことを褒め始めたのだ。

「花崎は広田が好きなの?」

 大変な誤解に花崎は混乱してしまった。だが、この時幸視はさらなる混乱の中にあった。

 自分の両親が交際するようになった経緯が記憶として降ってきたばかりだったからだ。

「好きはきちんと伝えないと駄目なんだよ!」


 幸視は誤解をした上に何やら珍しく怒り始めている。好きをため込んで歪ませてしまった人を知ってしまっていたためだった。

 だがこの誤解に花崎は腹を立てた。

「つまりあなたは絵梨に好きを伝えまくったのね」

 この時点で花崎の側も誤解をして、二人は対等に間違っている。

「してない!」

 これはつまり、好きだというのは認めたということだった。

「だったらあなたがまず伝えなさいよ」

 花崎は、腹を立てた勢いで当初の太陽政策も本来の目的も忘れてしまった。結局、二人とも愛ではないがその場の気持ちを伝え合った結果、完全にゴールがおかしくなった。


 好きをきちんと伝える。

 それができなかったことから生まれた悲劇。

 悲劇の結果、幸視は生まれた。果たして、おめでたいのかおめでたくないのかわからない。

 悲劇がなければ、幸視の父親は、子供が生まれない種類の人生を送っていたのかもしれないのだ。悲劇のない、それはそれで、とても幸せな人生を。


 いつの間にか、幸視は、絵梨の家に前にいた。そして呼び鈴を押した。

 絵梨が出てきたが、無邪気に、絵梨は幸視の両親が愛し合ったいきさつを知りたがった。


 まず、好きを伝えるなら、絵梨の機嫌を良くしてから。

 そう考えた幸視は、記憶が流れ込んできたばかりのそのいきさつについて話し始めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る