第10話 新しいスキル

「きゃあっー!」


 自身が上げる悲鳴をどこか他人のもののように聞きながら、ニャウは鐘楼から落ちていった。

 石畳の地面までは、教会四階分の高さに加え、鐘楼の高さまでが加わっている。

 頭から落ちれば確実に死ぬだろう。

 引きのばされた時間の中でニャウは、強く祈った。


(なんでもいいから、この子を助けて!)

 

 死の間際なのに、出会ったばかりのトカゲを心配する。それがニャウという少女だった。

 落下から守るようにトカゲを抱えたニャウを、白い光が包んだ。

 頭を下にして落ちていたニャウの体が、くるりと回転してお腹が下になる。

 一瞬で迫りくる地面。

 ニャウは、右手と曲げた両足でふわりと着地すると、左手でお腹にトカゲを抱えたまま、くるくると転がりながら石畳の上を滑っていく。

 そして、落下の勢いが十分殺せたところで、すたっと両足で着地を決めた。


「「「おおー!」」」


 中央広場に来ていて、たまたま事件を目撃した人々から拍手が上がった。


「じょ、嬢ちゃん、あんた【軽業師】の天職かい? よくあんな高えとこから落ちて平気だな!」


 商人風の男がニャウの肩を叩く。


「あんたが落ちるのを見たときゃ、心臓が停まるかと思ったよ。ほんに無事でよかったねえ」


 背中の曲がった老婆が、ニャウの背中を撫でる。


「凄え技だな! あんた猫人族かい? おいらの知りあいに旅芸人一座の座長がいるんだが、彼に紹介したげるよ」


 遊び人風の若者が、興奮した面持ちでニャウに声を掛ける。


「み、みなさん、ご心配おかけしました。この通り、私は大丈夫です。ありがとう」


 ニャウのそんな言葉を聞いたみんなから、再び拍手が湧きおこった。

 この時、彼女の頭からは、タウネたちのことなどすっかり抜けおちていた。

 そして、人々の視線が自分の頭とお尻に集まっているのにも気づけなかった。

 彼女の頭には三角の獣耳けもみみが二つピンと立ち、腰のところからは衣服を押しのけ、長い尻尾しっぽがにょろりとはみ出していた。


 ◇


「おい、泣くなよ、タウネ……」


「う、ううえええ、ニャウ~ごめん~。わたひが、わたひがたふけられなかったから~……」


「お前のせいじゃない。下で支えていたおいらが倒れたのが原因なんだ。ニャウが死んだのは……おいらのせいだ……」


 幼馴染が死んだと思い号泣しながら、顔を涙と鼻水まみれにした、テトル、タウネ、バックスがよろめきながら教会から出てくる。


「えうっ、えうっ、えうっ」


「タウネ、なんで泣いてるの」


 涙で顔を汚した三人の有様に、どうしたことかと心配したニャウが駆けよってくる。


「にゃ、ニャウ……」


 無事な友人を目にしたタウネは、安心のあまり白目をむいて気を失ってしまった。

 体の力を失って、ぐにゃりと倒れかけたタウネをバックスが受けとめる。


「にゃ、ニャウ……お前、ホントに生きてるのか? お化けじゃないだろうな?」


 テトルが、さも信じられないといった顔でニャウの顔に見入っている。

 そして、その頭とお尻の異物に気づいた。 


「お前、やっぱりニャウじゃないだろ。なんだよ、それは?」


「私がニャウに決まってるじゃない。それより、『それ』ってなに?」 


「それっていうのはそれだよ! お前の頭と尻にはえてるモノだよ!」


「へっ? 頭? お尻?」


 ここに至って、ニャウはやっと自分の頭に手を伸ばした。


「なに、コレ……ふわふわしてる?」


「なにって、耳に決まってるじゃないか」


「だって私、耳はここに……あれ、耳がない」


 いつも耳があった側頭部にはつるつるの皮膚だけがあった。

 そして、頭の上で手に触れたものは、ミャンの三角耳に触れたときと同じ感触だった。


「いつもの耳が消えて、頭の上に獣耳けもみみが生えたの?」


「耳だけじゃないぞ。腰んとこ触ってみろよ」


「腰……な、なにこれ!? 尻尾しっぽじゃない!」


「そうだな、耳の形も尻尾の形も、ミャンのとそっくりだな。色が金色っぽいところと、大きさだけが違うけどな」


「ど、どうしよう、テトル!」


「どうしようっていってもなあ。どうなってるのか、こっちが教えてほしいよ。お前、さっき教会の上から落ちたんだろ?」


「うん、落ちたみたい」


「どうやって助かったんだ」


「どうやって? よくわからないけど、体がくるんとなったのだけは覚えてる」


「それじゃあ、なんのことだかわからねえよ! ったく、どうなってんだか……」

 

「それより、これ見て。トカゲちゃんだよ。この子も無事だったよ」


「じゃあ、依頼は達成か? なんか、スッキリしねえなあ。まあいいや。とにかく、そのトカゲをナディんところへ連れてかないと」


「そうだね、それでようやく依頼達成だね」


「おーい、お二人さん」


「なんだ、バックス」


「タウネが気絶しちまったみたいなんだけど、どうすりゃいい?」


「とりあえず、お前が運んでくれるか? 先に孤児院へ帰ってくれ。依頼の処理は、ボク……じゃなかった、俺がしておくからよ」


「わかった。じゃあ、また後でな」


 タウネをお姫様抱っこしたバックスが、教会前の広場から去っていく。

 

「ステータス」


「おい、ニャウ。こんな人目の多いところで、ステータスなんて見るなよ」


「あっ、そういえばそうだった。次から気をつける」


「で、その耳や尻尾について、なにかわかったか?」


「うん、スキル欄にこんなのがあったよ」

  

******************************

ニャウ Lv3

天職:【猫】

年齢:12

スキル:【猫召喚】【猫変化】Mew!

猫スキル:【ことば】【ねこしらべ】

****************************** 



「だから、ステータスは他人に見せちゃいけねえって聞いただろう。どれどれ、なんだこのステータス?! ずいぶんあっさりしてないか? 俺のには生命力とか細かく書いてあるぞ。

 まあいいや。これがそうか、【猫変化ねこへんか】」


「違うよ、きっとこれって【猫変化ねこへんげ】って読むんだと思う」


「へえ、『ねこへんげ』ねえ……そんなスキルなんて聞いたことないぞ」


「きっと私の天職【猫】と関係あるスキルだと思う。

 それより、早くこの子をナディに会わせてあげなきゃ。もう抱えてる腕が痺れてきた。この子、すっごく重いのよ」


「いや、お前がステータスなんか調べなきゃ、今頃もうナディのとこに戻れてたから」


「じゃあ、早く行きましょ。あ~重い、トカゲちゃんの尻尾が地面につきそう。ねえ、テトル。私のかわりにこの子のこと持ってくれない?」


「そんな大っきなトカゲなんて嫌だよ、ボクは! さ、早くいこう」


「え~、テトル、手伝ってくれないの?」


「手伝わないよ! だって、そのトカゲ、お前にめちゃくちゃ懐いてるじゃん」


「もう仕方ないなあ。じゃあ、一緒にお家に帰ろうね、トカゲちゃん」


「クルルルルル」


 二人は、傾きかけた陽ざしを浴びながら、石畳の道を歩きだした。

 




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る