第32話 魔獣襲来(三)


 ゴブリンの戦士たち、ニャウたち四人と子猫たちは四度よたび、そして、合流したばかりの冒険者たちは初めて、物見櫓から魔獣襲来の合図を聞くことになった。


「チッ! いってえどういうこった? ありゃ、どうみても群れの主力だぜ」


 ひょろりと背の高い冒険者ガラキは目がいいのか、森から湧きだしてきた魔獣の種類まで見えているらしい。


「あれは、まずいですね。フォレストタイガーだけならまだしも……」


 近づいてくる魔獣を見て、ダカットが言いよどむ。

 しかし、今では誰の目にも、小山のように大きな一匹の魔獣が映っていた。


「お、おい! ありゃ、地竜だぜ!」


 冒険者の一人が悲鳴のような声を上げる。

 

「もう、おしめえだ……俺たちじゃ、どうやったってあれにゃ勝てやしねえ」


 別の冒険者はそうつぶやくと、地に膝を着き天を仰いだ。


「どうして諦めるんだ? これだけの人数がいりゃあ、あんなの――」


 反論しかけたバックスの大きな体がいきなりふっ飛び、柵にぶつかった。

 骸骨顔の冒険者ガラキが、少年を殴りとばしたのだ。

 

「なんにも知らねえガキが、いい加減なことほざいてんじゃねえぞ! ありゃあ、地竜つってな、金ランクの魔獣なんだよ」


「き、金ランク……」


 冒険者として一年間の経験があるテトルは、それを聞くと顔がまっ青となり、ぶるぶる震えだした。


「残念ながら、ガラキ先輩の言うとおりです。このままだと、我々は全滅です」


「な、なんで……ですか? 地竜っていうのは、あの大きなトカゲみたいなのでしょ? 一匹くらいなら、なんとかなるんじゃないんですか?」


 全てを諦めたようなダカットの言葉に、タウネが眉を吊りあげ噛みついた。

 それに返すダカットは、こんなときだというのに落ちついていた。 


「タウネさん、金ランクの魔獣ってのは、それこそ金ランクの冒険者が四人いて、やっと相手ができる強さなんですよ。私たちでは、どうやっても勝てません。

 いえ、タイラント中の冒険者で立ちむかったとしても、誰一人として生き残れませんよ」


「そ、そんな……」


 ダカットの説明を聞いたタウネは、先輩冒険者たちが絶望している理由がやっと理解できた。


「しかし、あれはどういうことですかね」


 ダカットが指さしているのは、地響きを上げ近づいてくる地竜だった。


「野生の竜が、人を背に乗せるなんて……」


 ニャウの目にも、近づいてくる地竜の背に人が座っているのがはっきり映った。

 緑色の幅広帽子をかぶったその人物は、顔中を極彩色で塗っていて、上下繋ぎの服装までも同じような色あいで無秩序に染めていた。

 

「あっ、あの背中に乗ってるヤツ、森でおらが見たのはアイツだ! アイツが魔獣を操ってるだよ! 魔獣におらたちの村を襲わせるって言っただ!」


 隣に立つロタが地竜を指さすと、体を躍らせ、ちいさな足で地団太を踏んでいる。

 

「じゃあ、地竜の背に乗ってるアイツをなんとかすれば、魔獣が止められるかもしれないのね」


 ニャウは、なにか考えこむようなそぶりでそうつぶやいた。

 ただ一人、それを聞きとったタウネが、こちらも小声で尋ねた。


「ニャウ、アイツをなんとかするって、なにか方法があるの? 地竜の周りには、虎の魔獣もたくさんいるんだよ」


「森で試したあのスキルを使ってみようと思うんだ」


「あのスキルかあ。だけど、そうしたらあんた動けなくなるでしょ。その辺、ちゃんと考えてるの?」


「うん、とにかくやってみる。ミャン、ナウ、ミイ、ニイ、あなたたちが頼りよ。私に力を貸してちょうだい」


 ニャウは子猫たちと順に目を合わせそうささやくと、柵をくぐり抜け、一人で駆けだした。

 これはいつもは慎重な彼女にしては、絶対に考えられないような大胆な、いや無謀な行動だった。


「あっ、ば、馬鹿野郎! てめえ、なにしてやがる!? そこで止まれ!」


 骸骨顔の冒険者ガラキがニャウに向け叫んだが、ブロンドの髪をふり乱し全力疾走する彼女は振りむきもしなかった。


「ちっ! あの馬鹿が! おい、ダカット、ここは任せたぜ!」

 

「あっ、先輩、待ってください!」


 ガラキがニャウを追って走りだす。ダカットがガラキの背中に声を掛けるが、それはすでに遅すぎた。

 

 ◇


 こちらは、地竜の背に乗り魔獣たちを操る怪人。

 この人物は、自分目がけて突っこんでくる、ニャウと四匹の子猫を見て、驚きが混じった喜びの声を上げた。


「オーホホホ! まさかまさか! タイラントにいるはずの本命と、こんなところで出くわすとは! これは僥倖ぎょうこう! 手間が大いに省けましたよ!

 ゴブリンを食らわせてしもべたちの強化をするまでもない。私がこの手で地獄へつき落としてあげましょう、オーッホホホー!

 でも、その前にまず邪魔者を……」


 怪人はどこからか携帯用の魔法杖ワンドを取りだすと、ちょうどニャウに追いついたガラキ目がけてそれを振る。


「土の精霊よ、我に従え、石弾!」


 怪人の魔術で、握りこぶしほどの石くれが三つ、ガラキへ飛んでいく。

 さすが銀ランク冒険者といったところか、とっさに短剣を抜いたガラキが、石くれのうち二つまでを剣ではじいた。

 しかし、最後の一つが彼の腕をへし折り、腹部に命中する。  

 ガラキはひょろりとした体を折りたたむようにして草地に倒れふした。

 それを見届けた怪人は舌を出し、禍々しくくれないに塗られた唇をぺろりとなめた。


「邪魔者は排除しましたよ。次はあなたの番です」

 

 しかし、怪人が何かする前に、地竜を囲んでいた虎魔獣の一頭が、三日月のような爪が生えた丸太のような右前足を、ニャウの頭めがけて叩きつけた。

 その瞬間、白い子猫ミャンが勢いよく少女の腰に跳びついた。彼女の身体が傾き、虎の鋭い爪に切られた髪の毛がぱっと散った。 

 

「あ、危なかったー! ミャン、ありがとう!」


 働いたのは、ミャンだけではない。

 攻撃がかわされたことで、隙ができた虎魔獣の足元に黒猫ナウが走りこむ。

 跳びあがったナウは両前足の肉球で、虎魔獣の額にトンと触れると、その勢いを活かして前転を決め、次の獲物に跳びかかっていく。

 額をナウに触れられた虎魔獣は、体から黒い虫のようなものをぱっと散らすと、急に足を止めた。

 戸惑った様子で辺りを見回すその様子は、すでに戦う気などないように見えた。

 

 三毛猫のミイと白猫のニイも、それぞれが縦横無尽に走りまわり、前足で虎魔獣の額に触れていく。

 虎魔獣が、次から次へと戦闘から脱落していく。

 とうとうニャウと地竜の間に、魔獣がいない空間がひらけた。


「ちょっと、あなた! この虎さんたちになにかしたんでしょ? すぐにやめてあげて!」


 なんとこの期におよんで、ニャウは怪人の説得を試みた。

 戦場でそのようなお人好しにもたらされるものは、一つしかない。


「風の精霊よ、我に従え。烈風陣!」


 怪人が呪文を口にすると、ニャウを囲むように足元の地面に光る魔法陣が現れた。

 そこから吹きだした突風が渦を巻き、竜巻となってニャウを襲う。

 彼女の体は渦巻く風に飛ばされ、紙人形のように空高くまき上げられた。


「ニャウ―っ!!」


 友人を追いかけ、すぐ近くまで来ていたタウネが、魔術の風に巻きあげられた友人を目にして悲痛な叫びを上げる。


「オホホホホ、一撃でお終いですか。思いのほか歯ごたえがありませんでしたねえ。やはり、天敵といえど、しょせん天職に目覚めたばかりの素人だからでしょうか。私の敵ではありませんでしたねえ」


 天高く吹き飛ばされた少女の体が、速度を増しながら地面めがけ落ちてくる。怪人は地竜の上から、舌なめずりしながらそれを見ていた。

 

(あの高さから落ちれば、小娘はまず間違いなく命を失うでしょう。ああ、この瞬間をどれほど待ったことか……)


 怪人は、すでにそんなことを考える余裕さえあった。

 彼の心は、長年探し求めてきた獲物をやっと仕留められた、かぎりなく深い喜びであふれていた。

 







 



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