第31話 魔獣襲来(二)
ミャンに額を触れられたことで、狼魔獣のボスは怪人にかけられていた呪縛が解けた。
太い首を空へ伸ばすと一つ遠吠えを放つ。
「わおおおおおう!」
遠くまで響いたその声で、他の狼魔獣たちが催眠状態から解放された。
海へ跳びこむもの、やって来た森へ引きかえすもの、柵を潜りぬけ半島の森へ逃げこむもの。狼魔獣の群れは散り散りとなった。
その頃になって、柵を越えて駆けてきたニャウが、ようやく子猫たちに追いついた。
「はあはあ、ミャン、ナウ、ミイ、ニイ、無事なのね? どうして急に跳びだしちゃったの?」
子猫たちは、何事も無かったように前足で自分の顔を拭いている。
ニャウは、そんな子猫たちの頭を撫でていく。
狼魔獣は、周囲に一匹もいなくなっていた。
「狼さんたちはどこにいっちゃったの? いったいどうしちゃたのかしら……」
ミャンたちの活躍をその目で見ていないから、ニャウがそんな疑問を持つのも当然のことだ。
「こら! ニャウ、あんたなんでそんな前に出てるのよ! 死にたいの?!」
ニャウの軽率な行動は、追いかけてきたタウネからそう叱られても仕方ない。
「あ、タウネ、私、どうしてこんなところにいるんだろう? 狼さんたちは、どこにいったの?」
「はあ、もうあんたは! 心配して損したわ。狼はミャンちゃんたちが追っぱらってくれたよ」
「えっ!? どうやって?」
「よくわかんないんだけど、その子たち狼の背中に跳びのったりしてたわね」
「ええっ! ミャンったら、そんな危ないことしたの!?」
「そんなことはいいから、早く柵の後ろまで下がろうよ、ニャウ」
「うん、そうする。来てくれてありがとう、タウネ」
こうして、ゴブリンの戦士とニャウたちは、魔獣の攻撃を三度まで退けることに成功した。
◇
みんな四番目の柵まで下がって小休止となった。
怪我をしたゴブリンたちは、ニャウの周りに集まり、子猫たちに傷をなめてもらっていた。
「おお、みるみる怪我が消えていくぞ!」
「おう、痛みがとれた! ありがとう!」
「血が止まったよ。助かった」
子猫たちがなめると、ゴブリン戦士たちの傷が塞がっていく。どうやら、この小さな生きものは、治癒の力を持っているらしい。
ただ、さすがの子猫たちでも骨折となると治すことができないようで、重い怪我を負ったゴブリンは仲間の力を借りて集落まで引きあげた。
ゴブリンの女性たちが持ってきてくれた、葉っぱで包んだ軽い食事を済ませ、みんな地面に座りこんで休む。
けれど、そんな時間は長く続かなかった。
「カンカンカンカン!」
新たに森から現れたのは、灰色の毛を持つ熊魔獣の群れだった。
普通なら群れで行動しない熊の魔獣だが、今は密集した群れをなし、砂州へとおし寄せた。
サイの魔獣によって壊れかけていた第三の柵が、一瞬で破壊される。
「下がれ! 下がるんだ!」
ゴブリン戦士の誰かがそう叫ぶが、退却が間にあわなかったゴブリンが一人、また一人と熊型魔獣に倒されていく。
そんな状況でも、テトルたち三人は奮闘していた。
熊の突進をバックスが大盾でなんとかくい止め、タウネとテトルが盾の脇から交互に剣を突く。
ところが、灰色の毛皮には、剣をはじく性質があるようで、なかなか剣が通らない。
それでも、三人で熊一匹を相手にすることで、なんとか柵の前でくい止められていた。
「みんな、急いで!」
子猫を連れ、一足先に四番目の柵まで逃れたニャウが、三人を急かせる。
ミャンたちは、なぜか狼魔獣を相手にしたときのような行動はとらなかった。
戦っていた熊魔獣を退けたタウネたちが、やっとのことで柵の後ろまで逃げこんだ。
しかし、熊魔獣の攻撃を受け、頼みの綱である柵がすでにぐらつき始めている。
「ロタ! この柵が壊れたら、村へ走って筏に乗りこむよう伝えてくれ!」
ゴブリン戦士の一人が、ちょうど姿を現したロタに伝言を頼む。
四番目の柵が壊れた時点で、女性や老人、子どもたちが筏に乗りこむ。ゴブリンたちは、あらかじめそう決めてあったのだ。
「まだ、人族の応援は来ないのか?」
「やっぱりありゃ嘘だったんじゃねえか?」
「人族なんて、やっぱり信用ならねえな!」
仲間を失ったゴブリンの戦士たちが騒ぎはじめた時だった。
先ほど魔獣が現れた森の中で、急に
「「「えいえいおー!」」」
冒険者ギルドの援軍が駆けつけたのだ。
◇
ニャウたちから見て左前方の森から現れたのは、革鎧やローブを身につけた、数人の男女だった。
森と砂州との間に散らばる熊魔獣を蹴散らしながら、半島へ向かい駆けてくる。
森の中でも冒険者が戦っているのだろう。木々の向こうで炎が舞いちる。時おり爆発音がすると、魔獣が宙へ飛ばされているのが見える。誰かが火属性の魔術をつかっているのだろう。
砂州に駆けこんできたベテラン冒険者たちが、連携して熊魔獣を倒していく。
「テトル君! みんな無事ですか?」
そう叫びながら、最初に柵の所までたどりついたのは、先輩冒険者ダカットだった。平べったい茶色の帽子をちょこんと頭に載せたベテラン冒険者は、森からここまで駆けどおしだったにもかかわらず息も切らせていない。
「ダカットさん! よかった! ボクたち見捨てられちゃったかと思いましたよ!」
安心から力が抜け膝に手を着いたテトルは、涙を浮かべている。もうダメかと思った時に援軍が来てくれたことで、感極まったのだろう。
「みなさんご無事のようですね。ここへ来る途中で、割と大きな魔獣の群れと出くわしましてね。それで少し到着が遅れたんですよ」
小柄な銀ランク冒険者は、このような時でも丁寧な口調だった。
「まったく、余計な手間かけさせんなよな!」
ダカットの次に柵をくぐったのは、ギルドでの会議でニャウに嚙みついた、長身の冒険者ガラキだった。
「ギルマスも甘えんだよ。こんなやつらなんか放っときゃいいのによ!」
骸骨っぽい顔の男は、相変わらず口をクチャクチャ動かしながら、不満を口にした。
「ガラキ先輩、まあそう言わずに。この件の功労者は、まちがいなく彼らですから」
「ダカットよう。お
そうこうしているうちに、次々と冒険者が到着する。
助っ人は、銀ランク二人、銅ランク八人の全部で十人だった。
「ほ、ホントに人族が助けに来たのか?」
「だけど、人数が少なくないか?」
「まだ後から来るんじゃないのか?」
そんなことを口々にするゴブリンの戦士たちも、表情はぐっと落ちついたものとなっていた。
「ゴブリンのみなさん、我々はタイラントの街から応援に来ました。現在、本隊は森で魔獣の群れと交戦中です。敵、いや、魔獣は、おそらくそちらへ主力を向けると思われますが、油断せず万一に備えてください」
ダカットがゴブリンたちに現状を説明した。
ゴブリンの戦士たちは、それを聞いて安心したのだろう。みんな砂地に座りこんでしまった。命を懸けた戦闘がつづいたのだ。体力が削られていて当然だろう。
ところが、そんな彼らにとって、冷酷ともいえる現実がすぐそこまで迫っていた。
カンカンカンカン! カンカンカンカン!
物見櫓からの音は、再びの魔獣を告げていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます