第30話 魔獣襲来(一)



 怪人がゴブリン集落への魔獣襲撃を予告していた日がやって来た。

 その日、明け方は海からおし寄せた霧が半島を覆っていたが、日が昇ってくるとそれが晴れ、紺碧の海の上にまっ青な空が広がっていた。


 槍を手にしたゴブリンの戦士たちが、五列に並んだ防御柵の手前に並び、砂州の向こうに広がる大陸側の森を警戒していた。

 柵の手前、丘に立てられた、物見櫓ものみやぐらの上には二体のゴブリンがいて、やはり陸地の方を見張っている。

 ニャウたち四人は、少し後ろ、丘の中腹に広がる草地に立ち、やはり西の方角を眺めていた。

 彼らの足元には、四匹の子猫が横一列に並び、行儀よく座っている。子猫たちも、これから何かが起きると感じているのかもしれない。

 

 誰も動かないので、辺りは静かだ。

 潮騒に混じり遠くから海鳥の声が聞こえてくる。

 そんな、平穏がにわかに破れた。


 カンカンカン! カンカンカン! 


「来おったぞーっ! 魔獣だー!」


 突然、物見櫓から叫び声が上がる。

 櫓の上では、小柄なゴブリンがひもで吊るした石板をこん棒のようなものでしきりに叩いていた。

 

 砂州をはさんだ向こう側、大陸の森からにじみ出した茶色の線は、やがて長い帯となってこちらへおし寄せた。

 

 ドドドドドド


 魔獣の足音が砂州を越え、ニャウたちがいる所まで伝わってくる。

 石槍を手にしたゴブリンの戦士たちが、勇敢にも柵に向かって駆けだした。


 ガガガツンッ!


 そんな音がして、先頭を走る四つ足の魔獣たちが最初の防御柵にぶつかる。

 血走らせた目をした猪に似た魔獣は、あっという間に柵を粉々に弾きとばし、二つ目の柵へ突っこんだ。

 

 ところがそこで魔獣の勢いが急にそがれた。

 二つ目の柵は、最初の柵より何倍も頑丈に造ってある。

 しかも、砂地に深く固定された丸太の先端が、鋭く尖らせてあった。

 その上、念のいったことに先端が簡単に折れないよう、表面だけ火であぶり炭化させてある。

 最初の柵をなんなく突破したことで勢いにのった猪魔獣は、丸太の槍に貫かれ、その多くが命を落とした。

 ゴブリンの戦士たちは、柵の背後から槍を突きだし、まだ動ける魔獣にとどめを刺している。

 ここまでは、ゴブリンたちが有利に戦いを進めているように見えたのだが……。


 カンカンカン! カンカンカン! 


「次が来おったぞーっ!」 

 

 最初の猪魔獣を倒しきらないうちに、新しい魔獣の群れが姿を見せた。

 大きな頭から太い角を生やした、サイに似た魔獣の群れだ。

 その魔獣は二番目の柵でまごついてる猪魔獣を跳ねとばすと、太い角を柵にぶつけた。

 何匹かは尖った丸太の餌食となったが、頭部が硬いのか、丸太をへし折り柵を壊す個体が現れた。

 壊れた柵のところから、三列目の柵へと魔獣がなだれ込んでいく。

 

「俺たちの出番だ!」


 そう叫んだテトルが腰の短剣を抜き、防御柵に向かって駆けだした。

 タウネは短剣、バックスは大楯を手にしてテトルに続く。


「み、みんな気をつけて!」


 戦闘力がほとんどないニャウは、みんなの背中に声を掛けることしかできなかった。

 心配顔の主人を心配したのか、子猫たちがその足元にすり寄る。


「みゃん」

「なう」

「みい」

「にい」


 かわいい声に励まされ、ニャウは伏せていた顔を上げた。


「みんなー、がんばってー!」


 彼女は大きな声で、テトルたちの背に応援を投げかけた。

 

 ◇


 三番目の柵は、サイの魔獣からの攻撃にもよく持ちこたえていた。

 

「みんな、新しい槍だよ!」


「おう、ロタ、助かるぜ!」


 後方から駆けつけたロタが四番目の柵をすり抜けると、抱えてきた槍をゴブリンの戦士たちに配る。

 少年は地面に投げ捨てられていた穂先の欠けた槍を拾い集めると、急いで後ろへ下がった。


「この魔獣、あごの横が柔らかいぞ! そこを狙え!」

「わかったぜ、テトル!」

「また来るわよ!」 


 三人が、そしてゴブリンの戦士たちが柵の間から剣や槍を突きだし、まごついている魔獣へ攻撃を加える。

 サイ型魔獣の皮膚はとても硬く、鎧のような皮の隙間を狙う必要があった。


「くう、柵が邪魔だな! だけど、二匹目を倒したぞ!」

「こっちもだ! 油断するなよ、テトル!」

「よし、あたしは三匹倒したわ!」


 テトルたちは順調に魔獣を倒しているように見えたが、残念なことに少しばかり時間を掛けすぎたようだ。


 カンカンカン!    


 物見櫓から合図があった。

 魔獣の第三波が襲ってきたのだ。

 柵の後ろでしゃがみこみ、なんとか呼吸を整えていたテトルたち三人の顔に絶望が浮かぶ。

 今度の敵は狼の魔獣だった。

 柵の隙間をあっさり通り抜けた魔獣が、テトルたちに襲いかかろうとしていた。


 ◇


 ゴブリンの戦士やニルスたちが優位と見えた状況は、狼魔獣が襲ってきたことで、一転、敵味方が入り乱れての混戦となった。

 砂州から少し離れた小さな丘で戦況を見守っていたニャウは、気が気ではない。

 テトル、タウネ、バックスの三人は、狼たちの牙で体のあちこちを傷つけられ、そこから血を流している。

 ポーションを渡しに行きたいのだが、戦闘力のない彼女が乱戦に加わったとしても、あっという間に噛み殺されるのが落ちだろう。


「ああ! タウネ、テトル、バックス……ど、どうすればいいの!?」


 恐怖に身がすくんだニャウの問いに答えたのは、四匹の子猫だった。

 彼女が止める間もなく、矢のように跳びだした子猫たちは、砂州を駆けると五番目、四番目の柵をくぐり抜け、テトルたちが戦っているところさえ通りすぎ、狼が密集しているあたりに跳びこんでいった。


「みんな! やめて! 危ない!」


 ニャウの叫び声は、魔獣の唸り声に消されてミャンたちまでは届かなかった。

 彼女は子猫たちの後を追い、無我夢中で駆けだした。

  

 ◇


 子猫たちは、きちんと陣形を組んで走っていた。

 先頭に白猫ミャン、その斜め後ろを黒猫ナウ、そして、そのまた後ろを三毛猫ミイと尻尾の短い白猫ニイが二匹並んで走っていく。

 小さな、とるに足らない獲物だと見なしたのか、狼魔獣は警戒心なく四匹へ走りよった。

 ミャンの影から跳びだしたナウが、その黒い体をくるくる回転させながら、そんな狼魔獣の背に着地する。

 魔獣がその姿を見失ってキョロキョロしている隙に、ナウは右前足の肉球を魔獣の頭にとんと置いた。

 すると、黒い虫のようなものが魔獣の体からぱっと散り、宙に消えていった。


 ナウに額を触れられた狼は走るのをやめ、しばらく辺りを見回していたが、今自分がいる場所が危険だと感じたのか、ワウと一声吠えると砂州から海に跳びこみ泳ぎだした。

 怪人に操られていた狼は、ナウが触れることでその術が解かれたのだ。

 ミイ、ニイの二匹も、ミャンを狙う魔獣が現れるたび、ナウと同じやり方で追いはらった。

 そして、四匹は、とうとう群れの中心にいた、一際大きな黒い狼魔獣の前までやって来きた。


 その狼は用心深いのか、小さな子猫たちを侮っている様子など全くなかった。

 むしろ、牙をむき頭を低くすると、先頭のミャンを警戒する姿勢をとった。

 だが、なぜかミャンは速度を少し落としただけで、その狼の頭を跳びこえようとした。

 そうなると、子猫は相手にとって恰好の獲物となる。

 狼は反射的に顔を上げ、ミャンに噛みついた。

 

 ガチッ!


 上下の牙が噛みあう、そんな音がした。

 しかし、ミャンの体は牙の間にはなかった。

 ちょうど噛みつかれるタイミングで、駆けつけたナウが宙に踊り、その背をミャンがジャンプ台としたのだ。

 ナウの方も、ミャンの足場となった反動で地面へ落ちていき、狼の牙を逃れることができた。

 二匹の子猫が見せた絶妙のコンビネーションだった。

 

 




 




 

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