第9話 ペット探しと思わぬ危機
ニャウの並外れた嗅覚をもってしても、目当てのトカゲを追跡するのは容易でなかった。
トカゲはお店という限られた空間から解放されたのがよほど嬉しかったのか、広いタイラントの街を縦横無尽に徘徊してるようだった。
匂いの跡を追ったパーティは、しばしば袋小路で引きかえしたり、同じ場所をぐるぐる巡ったりするはめとなった。
「はあはあ、もういいかげんにしてほしいぜ。なあ、ニャウ、まだ見つからねえのか?」
街をあちこち回り、すでに調べた中央広場まで戻ってくると、もともとこの依頼にあまり乗り気でなかったバックスが最初に音をあげた。
金属製の大盾に慣れるため、それを背負たままの彼は、あごの先から汗が滴っている。
「きっと、きっともうすぐよ。もうすぐ見つかるわ」
荒い息を吐きながら、タウネが祈るようにそう言った。
「あっ、トカゲちゃんは、きっとここですよ」
ニャウが指さしたのは、広場に面してそびえ立つ大きな精霊教会だった。屋根の上には、教会を象徴する時告げの鐘楼が天を指している。
この教会は、つい先ごろ、彼女たちが天職を授かった場所だった。
「うわあ、こりゃまた厄介なところへ逃げこんだな」
テトルが思わずため息をつく。
ペット探しのような目的で、冒険者が神聖な建物に踏みこむのを、教会の神父は決して許しはしないだろう。
「まあ、ここは私に任せといて」
自信ありげにそう言ったのはタウネだ。
彼女は、教会の表口から堂々と入っていく。
礼拝堂に入ると、広間に並べられた長椅子は、静かに祈りを捧げる人々で埋まっていた。
「君たち、ここへはいったいどんなご用かな?」
教会に似つかわしくない格好をした四人に、黒いローブをまとった若い神父が、いかにも迷惑千万だとばかりに声を掛けた。
「あっ……」
ニャウの口から小さな声が洩れた。なぜなら、その神父こそ彼女が授かった【猫】を『呪われた天職』などと断罪したその人だからだ。
慌ててタウネの後ろに隠れようとするニャウ。
どうやら、若い神父はそんな彼女に気づかなかったようだが、両手を広げタウネの前に立ちふさがると、なんとしてもそれ以上教会の奥へ入らせないという態度をとった。
「用がないなら、すぐにこの教会から――」
若い神父が、「出ていけ」と続ける寸前、思わぬ声がそれをさえぎった。
「教会は、どんなときにも全ての者に開かれておる。お前にはそう教えたはずだがな、ペスタッチ」
若い神父の後ろから姿を現したのは、この教区の長であり、【覚醒の儀】で天職を読みあげた老神父ロスペナだった。
厳格なことで知られる神父は、少年少女たちに傲慢な態度をとった若い神父を、いかにも苦々しげな顔で見つめていた。
「こんにちは、神父様。今日は、お願いがあってうかがいました」
老神父の登場をまさに神の助けととらえたタウネは、若い神父を押しのけるように前へ出ると、もの怖じすることなく話しかける。
「どんな願いかな? 遠慮せず言ってみなさい」
「とても大事なことです。ことによっては、ここにいらっしゃるみなさんの身に危険がおよぶかもしれません」
ことさら声を大きくしたタウネの言葉に、周囲で祈を捧げていた何人かが、思わず身じろぎした。
老神父の眉がピクリと動いた。
「それは穏やかではないのう。よかろう、こちらへ来なさい」
四人は礼拝堂の奥にあるがらんとした小部屋に通された。窓のない部屋は家具さえ置かれていない。
「信者のみなさんに危険がおよぶとは、どういうことかね? なるべく詳しく話しなさい」
老神父の言葉には、穏やながらうむを言わせぬ力があった。
「この教会に、サラマンダーの子が逃げこんだかもしれないんです」
それを聞いた神父から、冷静さの仮面がはがれた。
「な、なんと?! サラマンダーじゃと! なにゆえそのように危険な魔獣が街中におるのじゃ?」
サラマンダーは炎のブレスを吐く魔獣で、金ランクに分類される。
金ランクの魔獣といえば、小さな町くらいなら一体だけで壊滅してしまうほど危険な存在だ。
「その格好からするに、君たちは冒険者ギルドの依頼でサラマンダーの調査に来たのじゃな?」
目の前にいる、見るからに駆けだし冒険者とわかる少年少女四人が、魔獣の捕獲に来たなどと、神父もさすがに思わなかった。
「私たちは、依頼で来ました」
タウネは、なにかあったときのために後で難癖をつけられないよう言葉を選んでいた。
「なるほど、教会の中を調べたいのじゃな?」
「はい、どうかよろしくお願いします」
「よかろう。そなたらがどこへでも入れるようとりはからおう」
神父は、しごくあっさり許可を出した。
「「「ありがとうございます」」」
ニャウたちは緊張しながらも、なんとかお礼を口にした。
「では、さっそく調べさせていただきます」
「好きにするがよい。サラマンダーといえば、しごく危険な魔獣じゃ。調査といっても十分に気をつけるようにな」
こうして、ニャウたち四人による教会内の捜索が始まった。
先ほど彼らを教会から追いだそうと試みたが果たせなかった若い神父ペスタッチは、そんな彼らを憎悪に燃える目でにらみつけていた。
◇
ニャウがトカゲの匂いをたどると、それは建物の上へと続いていた。
教会の最上階である四階にたどりついた四人は、各部屋を隈なくしらべてみたが、なぜかトカゲは見つからなかった。
そんなとき、ニャウが柱の裏に狭い昇り階段を見つけた。
トカゲの匂いは、その階段にはっきり残されていた。
「まちがいないわ。トカゲはこの上ね。匂いも新しいよ」
四人は互いに顔を見合わせ頷きあうと、音を立てないよう用心しながら、狭い昇り階段へ一人ずつ入っていく。
急な階段は、なかなか終わらなかった。
やっとのことで外へ出た四人の前には、絶景がひろがっていた。
「うわあ、街中の屋根が光ってる! まるで光の海ね! あっ、ここって教会の上に突きだしている塔だったのね」
ニャウは自分が立っている場所が、街のどこからでも見える教会の鐘楼だと気づいた。
「ああ、ここって時の鐘を鳴らしてる塔か。タイラントの街が一望できるな。しかし、またずいぶん高いとこまで登ってきたなあ」
バックスがのんきな口調でそう言った。
「それより、ボク……俺たちは、まずトカゲを見つけないとな」
テトルが、まだ済ませていない仕事へみんなの注意を向けさせた。
「でも、探すっていっても、ここってこんなに狭いのよ。トカゲが隠れる場所なんてどこにもないわ」
タウラが言うとおり、鐘楼は四人が立つだけでぎゅう詰めになるほど狭い。
トカゲがいるなら、すでに見つかっているはずだ。
「クルルルル」
そんな時、頭の上からなにかの鳴き声が聞こえてきた。
上を向いた四人が声を揃えた。
「「「「あっ!」」」」
鐘楼は、彼らが立っている小部屋からさらに上へと伸びている。
これは鐘を吊るための仕組みがあるためだ。
鐘を吊っている太い綱は、十字に渡された太い
その梁の上から赤茶色の
「あのトカゲ、いったいなんであんなところまで上がったんだ?」
テトルが疑問に思うのも当然だ。
鳥を追いかけるのに夢中になっていたとしか考えられない。
「ねえ、あれってどうやって捕まえればいいと思う?」
トカゲがいる梁までは、大人が手を伸ばしても届かない高さだ。
タウネが言いたいのは、そういうことだ。
「おいらが誰かを肩車したら届かないか?」
「バックス、そりゃいい考えだが、それでもまだ届かないと思うぞ」
「そんなの簡単じゃない。バックスがテトルを肩車して、その上にニャウが乗ればいいのよ」
タウネがなぜかひきつった顔でそう言った。
彼女は、実のところ高いところが大の苦手なのだ。
だが、各人の体重差から考えると、タウネの提案が最も理にかなっているのも確かなことだった。
「じゃあ、その作戦でいくぞ。バックス、下は頼んだぞ」
身をかがめたバックスに肩車のかたちでテトルが座る。バックスは、まるで人一人を担いでいるとは感じさせないほど楽々と立ちあがった。
「ニャウ、がんばって!」
「う、うん、がんばるね」
こちらも高いところがあまり得意とはいえないニャウが、顔をひきつらせてバックスの体を登りはじめる。
自力なら難しいだろうが、タウネが手を貸すことで、ニャウはなんとかテトルの肩までたどりついた。
「あとちょっとでトカゲに届きそう。バックス、ちょっとだけ左へ動いてくれる?」
「了解、左だな」
タウネがバックスを支えているとはいえ、上に乗ったニャウがぐらつくのは仕方がないところ。
「こっ、怖い! 動かないで!」
「動けって言ったり動くなって言ったり、注文が多いな、まったく」
ニャウとテトル、二人分の体重を支えているバックスが不満を口にする。
「バックス、後でなにかご馳走したげるから、もうちょっとだけ頑張って」
「ホントか、タウネ! ようし、まかせとけ!」
バックスの踏んばりのおかげで、ニャウの手がやっとトカゲに届いた。
トカゲは飼い主のナディから聞いていたよりずっと大きく。頭から尻尾の先までだと大人の背丈くらいありそうだった。
「ニャウ、早くしてくれ!」
そろそろ体力の限界が近づいたバックスが悲鳴を上げる。
「わかってる! この子、柱にしがみついて離れようとしないのよ。
トカゲちゃん、いい子だからお手々を離してちょうだい」
ニャウのお願いを聞いたわけではあるまいが、トカゲは梁に食いこませていた爪を急にひっこめた。
「は、外れた!」
ニャウが叫ぶのと、バックスが支える三人の「塔」が崩れるのは同時だった。
「「うわっ!」」
「きゃあっ!」
バックスとテトルが、狭い鐘楼の床へと倒れこむ。
一番高いところにいたニャウだけが、鐘楼の外へ投げだされてしまった。
そんなニャウに手を伸ばすタウネ。
だが、彼女の手は、虚しくもニャウの袖をかすめただけだった。
「ニャウーっ!」
タウネの悲鳴を聞きながら、ニャウはトカゲを抱えたまま、石畳の地面めがけ、まっさかさまに落ちていった。
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