第24話 ギルドの決断
ニャウたちがギルマスに案内された部屋は、孤児院の食堂ほどもある広いものだった。部屋には、「ロ」の字型に長テーブルが置かれており、見るからに屈強な冒険者たちがぐるりと席を占めていた。
何度か小休憩をはさんでいるとはいうものの、彼らはすでに街の存亡を賭けた会議を丸一日近くも続けており、疲労でげっそりした顔には不機嫌な表情が浮かんでいた。
入り口から一番遠い長テーブルのまん中にギルマスのクルーザが座る。
先輩冒険者たちが注目する中、ニャウたちも恐る恐る入り口近くに置かれた木の丸椅子に腰を下ろした。
ロタを目にして、何人かの冒険者は眉がぴくりと動いたが、表立ってゴブリンの従魔が同席することをとがめる者などこの場にはいなかった。ただ、何人かは刺すような視線を小柄なゴブリンに向けていた。
「じゃあ、会議を続けるが、まずは貴重な目撃情報を得た者から話をしてもらう。紹介しよう、ゴブリンのロタ君だ」
「ぎゃぎゃう」
「おいおい、ギルマスさんよ。あんた、街が滅びるかもしれねえって現実を前にして、どうかしちまったのかよ。たとえ従魔だとしても、ゴブリンなんかが話せるわけねえじゃねえか。それともなにか? あんたが通訳でもしてくれるってのかよ?」
骸骨のように痩せた男が不機嫌な顔で立ちあがり、芝居がかって仕草で手を広げた。革を赤く染めたベストを着た男は、くちゃくちゃ噛んでいた何かで片側の頬を膨らませると、その長身を前のめりにして、射るような視線をギルマスへ送った。
冒険者として活躍する者には、一癖も二癖もある変わり者が多い。そうしてみれば、彼はいかにも冒険者らしい男だった。
「ガラキ、君の希望通り、通訳を頼もう。ニャウ君、頼めるかな」
「え、ええっ? な、なにをですか?」
ニャウは緊張でかちかちになっていたところ、ギルマスからいきなり声をかけられ、頭の中がまっ白になってしまった。
ギルマスのクルーザが頭の上に両手を立て耳の形を作ったのに、それでもまだ何をすべきか気づけないでいた。
「ニャウ、しっかりして。ミャンちゃんをここへ呼びだすんだよ」
タウネに袖を引かれ、小柄な少女はやっと自分が何を求められているか気づいたようだ。
「み、ミャン、来てくれる?」
ところが、ニャウが動揺しているせいか、白猫は姿を現さなかった。
「ケケケケッ、いったいなんのマネだよ、そりゃ。そんなヘンテコな呪文なんて聞いたことねえぞ。ギルマスに影響されて、その娘っこまでおかしくなっちまったのか?」
くちゃくちゃ口から音を立てながら、骸骨男がやけに長いひとさし指をニャウに向ける。
「よく見りゃ、お
男はニャウが首からぶらさげた冒険者カードを指さすと、いかにも小馬鹿にした口調でたたみかける。
「聞こえねえのか、さっさと――」
ロタは交わされている言葉は理解できないが、ニャウが困らされていると感じたのだろう。
その小さな手で、彼女の手をぎゅっと握った。
それに励まされたのか、やっとのことでニャウの口から力強い言葉が発せられた。
「ミャン、ここに来て!」
テーブルの上に白い光の玉が浮かぶ。
「なっ、なんだ!?」
まぶしさに骸骨男がのけぞり、その長い腕を顔の前にかざした。
「みゃん」
光が消えると、テーブルの上には白い子猫が座っていた。
かわいいピンクの舌で前足をペロリとなめると、首をかしげ顔を拭いている。
「な、なんだそりゃ!」
骸骨男だけでなく、他の冒険者たちも口々に驚きをあらわしている。
今まで様々なスキルを目にしたことがあるベテラン冒険者たちにとっても、ニャウの技は見慣れないものだった。
しかし、彼らが本当に驚くのはこれからだった。
「ニャウねえさん、あいつにいじめられてるのか? そんなこと、おらが許さねえぞ」
ロタが椅子の上に立ちあがり、骸骨男をにらみつける。
「ご、ゴブリンが……」
「「「しゃべったー!?」」」
驚きのあまり、冒険者たちが椅子を鳴らし立ちあがる。
「おい、うるせえぞ、お前ら。さっさと座らねえか」
地の底から響くようなギルマスの声で、棒立ちになっていた冒険者たちが慌てて腰を下ろす。
「ロタ君、君が森で見聞きしたことを、俺たちにも教えてくれるかな?」
先ほどの声とは違い、ロタに話しかけるギルマスの口調はどこまでも優しかった。
ニャウと目を合わせたロタは、彼女がうなずくと口を開いた。
「おら、森の中で魔獣がたくさんいるのを見つけたんだ。そいつらは沼の周りに集まってた。人族に見える変なヤツが現れて、そいつが笛を吹いたら魔獣たちが踊ってた。それから、六日したら、魔獣がおらの村を襲うって言ってた。その次は、人族の街を襲うんだって」
冒険者たちに動揺が広がる。
ゴブリンの少年が言っていることが本当なら、タイラントの街が魔獣に襲われることは確実だからだ。
彼らの多くは、この街に家族が住んでいる
「ダカット、お前、魔獣の数はどのくらいだと見た?」
すでにギルマス自身は答えを知っているのだが、あらためて隣に座る小柄な男に話しかける。
平らな茶色の帽子を頭に載せたその男は【レンジャー】の天職で、森の調査はお手のものだ。先だって、森の魔獣を調査したのも、この男だった。
「少なく見積もって五百。多ければ七百ってとこですかね。魔獣のランクとしては鉄から銅がほとんどで、銀ランクがほんの何匹かといったところですが、とにかく数が問題ですね」
それを聞くと、冒険者たちのざわめきが高くなる。
ギルマスが冷静な声で分析を口にしはじめると、それもすぐにおさまった。
「ウチのギルドで銀ランクはここにいる十二名と他に三名、合わせて十五名。銅ランクまでかき集めても、せいぜい七十ってとこか。こりゃ厳しいことになりそうだな」
「マスタークルーザ、街から撤退することは考えないんですか?」
つば広の黒い三角帽子をかぶり、黒いローブを羽織った、いかにも魔術師といったいで立ちの女性が発言した。
ギルマスはそれには答えず、再びロタに質問を投げかけた。
「ロタ君、東の森で魔獣を見たのはいつのことかな?」
「ええと、今日、昨日、一昨日……二日前だよ」
「ということは、ゴブリンの集落へ寄ってきたとしても、魔獣到着までの猶予は四日か五日。いや、住民の避難を考えた場合、わずか二日か。避難つっても、それじゃとうてい間にあわんな。
戦力を街の東門に集中して魔獣をくいとめたとしても、それだけの数がいれば、場合によっちゃあ街ごと吞みこまれるぞ。北門を開けて住民だけ逃がしたとしても、防壁を回りこんだ魔獣の餌食になるだけだろうな。
これでさっきの質問の答えになってるか、デラボネ?」
魔術師の女性が、真剣な顔でうなずく。
「避難が無理となりますと、こちらから出張って戦うってことになりますね。現場が森となると、私は後詰の方がいいでしょうか?」
デラボネという名の魔術師は、火の魔術が得意だ。扱うのが火に関する魔術なので、森の中では術の行使に様々な制約がある。
「いや、今回はそうも言っておられん。お前には、前線で戦ってもらうぞ」
「あなたの頼みとあらば」
女性魔術師はうっとりとクルーザを見つめ、ぽうと頬を染めている。
ギルマスはそんな様子の彼女を放っておいて、ニャウの二つ隣に座るテトルに話しかけた。
「君は確かテトルだったな。お前のパーティには特別な依頼を出すから、すぐ出られるよう用意しておけ。二日、いや、最低三日分の食料は用意しておけ。ロタ君の分も忘れるんじゃないぞ」
「は、はい! ボク、全力で頑張ります!」
尊敬するギルマスから直接声をかけられ、テトルは完全に舞いあがっている。
「こりゃ、私たちがしっかりしないとね。ニャウ、バックス、気合入れていこう!」
「おう!」
「うん!」
「ロタもよろしくね!」
「もちろんだぜ、タウネねえさん!」
さっきまでクルーザの隣に座っていた、平らな帽子をかぶった小男が話しかけてくる。
カードの色は銀色、ベテラン冒険者だ。
「君らがテトル君のパーティかい?」
「「「はい!」」」
「ぼくが君らの護……案内をすることになった、ダカットだ。ギルドからの依頼は、半島付近にあるゴブリン集落への訪問だよ。詳しい話は道中でするけど、ゴブリンと会話できる君たちにしか頼めないことだよ。
集合は、明日の夜明けに東門のところで。すぐに帰って準備してね。絶対に遅れないようにしてよ」
「「「はい!」」」
こうして、ニャウたち四人とゴブリンのロタは、ベテラン冒険者たちより一足早く、ギルドから帰ることになった。
明日の夜明けを待ってゴブリンの集落へ向かうのだ。
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