第23話 森の異変(四)
テトルとバックスが合流し、ロタを入れると五人となった一行は、人通りの少ない裏路地を縫うようにして、やっと街の北側にある防壁近くの家まで帰ってきた。
なるべく人に見られないよう用心を重ねたので、家に着くころにはみんなクタクタになっていた。
一休みすると、まずタウネが冒険者ギルドへ報告に向かった。
この時点では、まだロタのことはギルドに伏せてある。
ギルドでは、ちょうどベテラン冒険者たちが二階の広間に集まり、魔獣の群れへの対策会議を開いていた。
タウネは会議に引っぱりだされ、全員の前で知っていることを話すよう求められた。
知恵の働く彼女は一度休憩させてもらうよう訴え、なんとか会議場を抜けだした。そしてメイリンだけにロタのこと彼が話したことを伝えた。
それを聞いたメイリンは、やはりギルドマスターだけにそのことを報告した。
そして、今まで知られていなかったゴブリンの集落が、本当に半島にあるかどうか急いで確認することになった。
もし、それが本当なら、タウネの話にぐっと信憑性が出てくる。
銀ランク冒険者だけで編成されたパーティが、その日のうちに半島へと向かった。
◇
外が暗くなるころ、タウネがくたびれ果ててパーティハウスまで帰ってくると、他のみんなはすでに寝ており、怒ったタウネにたたき起こされることになった。
「いかつい先輩方の前に立たされて、あたしがどんな思いをしたと思ってんの! あんたたち、ギルドに行かなかったんだから、せめて起きて待ってなさいよ!」
食事用のテーブルを囲んだ三人が、タウネからこっぴどく叱られる。
「でっかいねえさ……じゃなかった、タウネねえさん、なんで怒ってるのかわかんないけど、そのへんにしといてあげなよ。みんな、おらのせいで疲れてるんだから」
こめかみに青筋を立てているタウネに、ロタが恐る恐る話しかけたが、タウネの機嫌はなおらなかった。
「いいかい? それじゃあ、ギルドからの指示を伝えるよ。今、銀ランクのパーティ『鷹の爪』がロタの話の裏づけを取りに半島に向かってるって。彼らが帰ってきてから、改めて話しあいが持たれるそうよ」
「話しあいだって!? そんなことしてると間にあわないよ! 村が危ないんだよ!」
椅子を倒す勢いで立ちあがったロタだったが、ニャウがその肩に手を置き、座らせた。
「落ちついて、ロタ。今はタウネの話を聞いてね」
タウネは、中断していた話を続けた。
「メイリンさんから、ニャウにこれを渡してくれって」
タウネが懐から取りだしたのは、赤い首輪だった。
「メイリンさんから? これってもしかして?」
「従魔であることを証明する首輪だって。これを着けていれば、街中でもゴブリンがどうどうと歩けるんだって。ロタがなにかすると、全部あんたの責任になるから、そこは注意してって言ってたよ」
「そうか、うんわかった。そういえば、ミャンとナウにも着けたほうがいいって言われたんだけど、二匹とも首輪を嫌がったから着けてないんだ」
「そうだったのね。ああ、それと森の魔獣はもう冒険者の先輩が確認済みなんだって。そうでなきゃあ、あたしの話なんて一言だって聞いてもらえないとこだったよ」
「なんで、みんなタウネねえさんの話を信じないんだ?」
「それはねえ、ロタ。私たちが、まだ冒険者になったばかりだからだよ。冒険者生活が一番長いテトルだって、まだ一年くらいなんだ」
「お、おらの話、信じてもらえなかったのか?」
明らかに腹を立てているロタを、ニャウがなだめる。
「そうじゃないよ。恐らくホントだろうって信じてるけど、確認するために調査してるの。なぜかというとね、このことに関わる人は命の危険があるからだよ」
「でも、できるだけ早く……ううん、おらニャウねえさんを信じるって言ったもんな。その『ぎるど』とかいう人たちのことを待つよ」
あくる日の早朝、ニャウたちの家に若い冒険者がやってきた。
半島へ調査に向かった銀ランク冒険者が帰ってきたので、パーティ揃ってギルドまで来るようにというメイリンからの連絡だった。
「急いで来るようにということだったぞ。くれぐれも、全員で来るようにだとさ」
首から銅ランクの冒険者カードをぶら下げた青年は、それだけ伝えるとすぐ去っていった。
こうして、ニャウたちのパーティにロタを加えた五人は、冒険者ギルドへ向かうことになった。
◇
ニャウたちが冒険者ギルドに着く前から騒ぎは始まっていた。
危険な魔獣だと思われているゴブリンが街中を歩いているのだから、それを目にした人々が騒ぐのも仕方ないだろう。
しかし……
「ねえ、あれ見て、あれってゴブリンじゃない?」
「あっ、ゴブリンだよ、汚らしい!」
「なんであんなのを街中に連れてくるかね」
「石ぶつけてやろうか」
そんな声が聞こえてきて、ニャウはとても悲しくなった。
ゴブリンへの良くない先入観があるにしても、ロタのことをよく知りもしないのに彼を傷つけるようなことを言うのが信じられなかった。
幸いなことに、ミャンはパーティハウスに置いてきたから、ロタには街の人々の声が理解できないはずだ。
ゴブリンの少年は、赤い首輪をつけ彼女と手を繋ぎ、おとなしく歩いている。ニャウは、その頭を撫でてやった。
ギルドに着いてからも、やはりひと騒動あった。
冒険者のほとんどは、ゴブリンを忌むべき魔獣と考えており、ゴブリン相手に戦って自分がケガをしたり、仲間を殺されたりした者もいる。
いくら従魔の赤い首輪を着けていても、ゴブリンに対する風当たりは強かった。
冒険者からひどい言葉を投げかけられるたび、ニャウたち四人がロタの前に壁を作り、彼を守った。
そうこうするうち、頭に血が昇った一人の冒険者が実力行使にでた。
なんと椅子を振りあげ、ロタ目がけて叩きつけようとしたのだ。
ニャウたちは、他の冒険者を警戒していて、それに気づけなかった。
ぶんとうなりを上げて振りおろされた椅子は、ロタに当たる寸前でピタリと停まった。
すらりとした長身の男性が現れ、右手でふわりと椅子を受けとめたのだ。
口髭をはやし、波打つ銀髪を短くまとめた男性は、穏やかな笑みを浮かべていたが、その目は椅子でロタを殴ろうとした男にじっと向けられていた。
「ひいっ、ぎ、ギルマス……」
銀髪の男性からの視線だけで腰が抜けてしまった男は、獣のように手と膝で床をはいずり広間から逃げだした。
「おい、お前ら、一度しか言わねえからよく聞いとけ。この少年を侮辱したやつは、この俺が許さん」
断固たる態度と厳しい言葉に、騒がしかったギルドが急に静かになる。
「ロタっていうのは君だな、少年。俺はここのギルマスでクルーザってんだ。命がけで貴重な情報を届けてくれてありがとうよ」
苦みばしった顔には微笑むだけで男女問わずひきつける魅力があった。
「す、素敵……」
タウネなどは、さっそくその魅力にからめとられてしまったようだ。
「あのう、私の友達を助けてくれてありがとうございます」
男性の前に立ったニャウが、ぺこりと頭を下げる。
「いや、彼は君の従魔だろう? 従魔の扱いは人間のそれと同じなんだよ。冒険者にギルド内の規範を守らせるのも俺の仕事だからね」
「それはそうですが、書類仕事は溜まる一方なんですが?」
どこからか厳しいつっこみがあった。
ニャウを押しのけ、ギルマスの前に立ったのは、受付のメイリンだった。
「め、メイリン、ちっとは俺の身にもなってくれよ。苦手な書類仕事もできるかぎりこなしているだろ。これじゃあ、魔獣の相手をしてる方がよっぽど気が楽だよ、まったく」
「そりゃ、『剣鬼クルーザ』の二つ名を持つあなたにはその方がふさわしいでしょうが、ご自身の立場というものをですねえ、もっと――」
「そうだ! テトル君たちは、すぐ二階の会議室に入ってくれ。君たちも作戦会議に参加してほしい」
「えっ、ですが俺もこいつらも、まだほんの駆けだしですよ」
「それでも構わない、ここは俺を助けると思って――」
「もう! 自分の都合が悪くなったからって、こんな純真な少年少女を巻きこむなんて、この人は何を考えてるんでしょうか!」
メイリンの言葉が、ギルマスの心にぐさぐさつき刺さった。
彼女は、別れた妻と暮らしているクルーザの娘なのだ。
「さっ、早く二階の広間へ行こう!」
渋い大人から、ただのいたずらっ子に変身したギルマスは、先ほどまで見せていた大人の渋さはどこかへいってしまったが、なんだか憎めなかった。
ニャウたち四人とロタは、ギルマスに案内され二階の会議室へと入った。
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